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夜道の通せん坊


第四章:夜道の通せん坊


 時は戦国、まだどこにでも妖がいた時代のことだ。幾多の武将の中にあって最強と謳われた武田軍を破り、天下人として名を上げた男がいた。国は燃え盛り来る日も来る日も繰り返される日本まるごと超決戦!……今のは気にしないでくれ、織田が死に光秀が討たれ、国は一つになった。全てが終わったと誰もが思ったそのときに、事態は急変する。織田に取り憑いた何かは死なずいまだ市井をさまよい、増えて膨らみ舌をなめずる。震え上がった秀吉公は打って出ようと人を集めた。それに対するは家康という男、攻めて勝てる相手ではないのであれば国を閉ざそうと考えた。いつかはこじ開けられようとその時に立ち直っていればいい。無論相手は太閤秀吉、多少のことでは敵わない。そこで家康は伝令を飛ばした。この男を味方につければようやく勝ち目が見えてくる、小早川秀秋という者のところだ。一目散に駆けていく伝令隊の前に立ち塞がった男が一人、刀を抜いて振り抜くと馬の頭がごろりと落ちた。何をするかと怒鳴りつけたが目は虚で肌は青く、正気であるとは思えない。男は自分を神だと名乗った。どうせ死ぬのだ、俺が喰らってやる。滅ぼすのは俺の仕事だ。男は伝令隊に迫った。


 この国は滅びるのだ、ここを凌いだとしてせいぜい五百年。栄枯盛衰とはよく言ったもの、笑えるほどに短い栄華は猿の時代から数えてもたかが知れている。神の腹に収まるのであれば似非物に喰われるよりよほど光栄と思えと高笑いを上げた。伝令隊は決死の覚悟で戦ったが刀を弾かれ腕を切り落とされ、まるで敵うものではない。そこに現れたのは正体不明の剣の達人、相手の腕をかっさばき刀を蹴り飛ばして言ってのけた。人が弱いから貴様が喰らうと言うのなら、俺が斬って捨ててくれる。神の男はニヤリと笑って、後悔するぞとこと切れた。滅んでおけばよかったと、子々孫々後悔するがいい。日本中の侍武芸者を巻き込んだ大喧嘩はお上の勝利に終わり、江戸に町が作られた。今でもこの国には、妖どもが闊歩するのであります!


 ちょんちょん、と箸で机を叩いて清六の話は終わった。近所の子供がみんなして聞いていたから私もなんとなく見ていた。清六の振る箸が刀に見えたのだから私もどうかしている。織田に取り憑いてたのは、どうなったの?と子供に聞かれて、「まだその辺にいるから知らない人について行かないように」とお定まりの言葉で話を括り、子供たちは遊びに行ってしまった。こんなくだらないことが上手いのね、と嫌味みたいに言うと、本当は扇子があればちょうどいいと文句を言われた。あんたの話は無茶苦茶よ、剣の達人はどこに行ったのよ。そしたら清六は、達人の曾孫の娘なら今でもいるかもしれない、なんて話を濁した。そんなことはいいから、早く行きなさい。清六はずっと店にいて仕事を身につけたから終わらせるのが早く、やることがないなら何かやらせようと近所の人たちの雑用を集めて片っ端からこなさせるようにした。なんて先進的な雇用形態だろう、きっと四百年後には国中がこうなっているに違いない。




 清六が出ていった後、店に行商が来た。なんだかジャラジャラたくさん金物を身につけていて、バテレンでは高貴な者がつけるのだと自慢する商人はでっぷり太って目が血走ってる。このように指にはめるのですよ、一個どうですかと金物の輪っかを手渡されて、どうしようかと考えていると権兵衛に取られた。必死に首を振って何か伝えようとしているけど、さすがにそこまでわからない。そしたら権兵衛が突然飛び上がった。商人が尻をさすったらしく、権兵衛は真っ赤になって私の後ろに隠れた。商人はニヤニヤと笑って、かわいい娘さんだ、私の宿に来ませんかと隠す風でもない。きっと童女好きの変態だ、私には言わなかったし。叩き出してやる!と思ったら常連に止められた。この商人はとんでもなく金持ちで、奉行所だって迂闊に手が出せない。殴ったりしたら、町ごと店じまいになると言われては何もできない。商人が得意になって笑って、なぜか飛び上がった。後ろにいた男が、何かしたらしい。ボロ切れのような着物を来た、まともな素性とは思えない奴。中指で背筋をなぞったらしく、悪い、通れなくてねととぼけたことを言う。商人は怒っていたけど相手は浮浪者、金の力もどこ吹く風で生きている者であれば何を言ったところで暖簾に腕押し。商人は怒って帰っていった。それを見送った男は、後で何かあるかもしれないけど、初めて来た客だから何も知らないと言えばいいだろうと言って椅子に座った。


「久しぶりだな、権兵衛」


 男は権兵衛を知っているらしい。上方で会ったことがあり、清六に押し付けた。あいつもいるかと思ったが、どうやらいないようだと言っていた。男は江戸に向かうらしいが、会えるようなら会っておこうと考えただけで無理に居座る気はないらしい。これで食える分だけ、と小銭をバラバラと出した。本当は食える額ではないけど、一応助けてもらったから飯に漬物を添えてやった。こりゃありがてえ、と男は飯を食らった。


 さっきみたいな手合いが、増えるかもしれないと男は言っていた。表のうどん屋から怒鳴り声が聞こえて、しばらくは大丈夫かな、と気を抜いたようで、口が軽くなる。人の形だからといって人かどうかはわからない。何?あんたも妖がどうたら言うの?と聞けば、そういことではない。人間は猿とさほども変わらず、猿なのに立って歩いて腕と箸で飯を食う。それは、立って歩いて飯を食わねば仕方がないからだという。仕方ないから食っているのか、旗屋の飯は日本一なのに!と文句を言ったら、もちろん日本一だ、腹減ってるしと言うのでぶん殴った。頭にコブを作って男は話を続けた。


 人は駄目な猿なのだと言う。猿より弱くて馬鹿だからこういうことをしないといけない。生まれながらに壊れた猿は、常々直していないといけない。立って歩いて、腕と箸で飯を食う。話せば笑い怒って泣く。全てが直すのに必要な、まだ賢い猿の部分。釘でも打たれない限り、自然とみんなそうするもの。あの商人のしていた金具は、直らなくして壊し続ける。もうすでにでっぷり太って臓腑も止まりかけとなれば死にかけと同じ、頭は上から下に落ちたようなもの。顔に見えるものは信用ならず、あの大きな腹を頭としたぶよぶよの蛸とでも考えた方がいい。もうまともには何も感じず、男を見れば乱暴し女を見れば欲に駆られる。そんな奴は、案外珍しくない。信じなくてもいいけどな、と話を括った。男の名は、中臣。上方のある町で生まれた、この世で一番低俗な嘘つきの一族だという。


 その昔、都は上方にあった。いくつかの都を点々とし、男の生まれた土地にもあったという。十年ほど。……十年?町を作ったのに?らしいぜ、と男は興味もない。わざわざ町を作り、十年で逃げ出した。祟りだなどと言い張って別の都を作り、二度と戻らなかった。よほど恐ろしかったのだろうと男は言った。蛸どころではない、まるでミミズの棲家。そういう町に、男は生まれた。呪わしい名前と、呪わしい系譜。そして何より、呪わしい身。驚くほどに無能な男は、その名前に沿うこともできず落ちこぼれ、地獄の釜の鼻つまみ者。考えることも感じることも、いつのまにかやめていた。男は漬物をかじると権兵衛を呼んで、これうめえぞと一切れ渡した。胡瓜の古漬けでそんなに美味いならもう少し手の込んだものを食わせたらよかった。口にまで出して美味しいって言う人少ないのよね、噛み締めるから。


 あーあ、話しすぎた、と男は店を出ていった。権兵衛、元気でな。そう言う男は指を二本伸ばした。少しだけ間が開いているけど、清六が作る指に少しだけ似ている。上方では普通のことなのだろうか。権兵衛が見送って、何か言いたげだったけれど男は行ってしまった。




 中臣がいたと知った清六は驚いていた。自分から何かをしたがるのがまず珍しく、江戸まで行こうなんてよほどだという。あれかしら、お犬様に謁見でもするのかしら。ほんの冗談のつもりだったけど、清六が真剣に怒ったから思わず謝った。言ってからでも言い過ぎたと気がついて非を認める私はできた女だ。追った方がいいだろうかと清六が気を揉んでいたが、待ち人がある。ここを離れるわけにはいかないと迷っていると、何かを見つけたようだ。清六が拾ったのは、木の棒みたいな小さなものだった。


「猿笛だ」


上方で中臣が持っていた、お守りのような笛らしい。おそらく中臣が一度帰ってくると踏んだ清六は、猿笛を懐にしまって話を切り上げた。それから二、三日、特に何も起こらなかったんだけど。


 清六を隣町に使いに出して権兵衛は留守番、今日は私に用事がある。清六を隣町に送った「千代紙買ってこい」という言いつけは居候だけ店に残すとまずいというだけで、探せば町内で見つかる。あって困るものではないから店の飾りに何か折ろう。今日は墓参り。父さんのお墓は、町から少し離れた峠にある。子どもの頃はよく父さんと峠まで散歩に行って、日の出や日の入りを見て帰った。臨終の際でもう一度行きたいと言っていた峠にお墓を立てて、私もたまに会いに行く。お陰でお墓は小さな石を積んだだけのものだけど、私は月に一度何かを備えに行く。おむすび二つ持ってって、一個食べて帰るのがいつものこと。今日は、そのお供物がなくなってしまった。


 父さんの墓の前で倒れていた浮浪者がいた。まだ死んではおらず父さんの墓の周りで這いつくばっていたので思わず踏んづけた。何をしとるか、無縁仏にするわよ!よく見るとそれは知っている奴。中臣がどこかで引き返してきたらしく、同時に飯がなくて倒れたらしく、祠のような何かにお供物でも残っていないかと探していたらしい。お供物なんて結構すぐに誰かが食べてしまうご時世なので先月のおむすびなんて残っているはずがなく、今あるのは今月のお供えだけ。父さんの分のおむすびを中臣に恵んで、二人して秋晴れの下で食べた。優しいんだなとわかりきったことを言われたけど、父さんが倒れている人の前で自分の飯を先にするはずがなく、食わせないと顔向けできない。それだけよ、と言っておいた。笛をなくした、吉原ではあったのにと言うので清六が持っていると取り次いでやる。さっさと取りに行こうとする中臣を放っておいて、私は峠で風に吹かれていた。そしたら、峠の向こうから声が聞こえた。中臣の、悲鳴のようだ。その後現れたのは、もう一度会う必要もないくらいの奴で。




 どこかの山肌、ひんやりした風が通る洞穴で私は目を覚ました。隣で中臣がふん縛られていて、私も似たようなもの。手首も足首も縛られて腕の周りもぐーるぐる。さっきの奴は知り合いか、と中臣に聞かれてそんないいものではないと言い返した。火車坊という山賊はこないだ何度か会ったきり、佐山一家ならともかくあいつに何かされる覚えはない。こっそりついて来ていたようだが中臣と出くわしてぶん殴ってついでにここに放り込み、どこかに行ったというのでどうやら誰かの言いつけで私が狙われた。恨みを買うなんて、美人だからいつものことでわからないし。


「轟徒衆は?」


 ……中臣は適当に言ったようだけど、なぜそれが出てくるのだろう。轟徒衆なんてこないだ名前を聞いたばかりで関わったことはない。でも轟徒衆が佐山一家に金を渡して、他にも何かしているようだと清六が言っていた。やっぱりか、と中臣は呆れたようだった。俺もなんだよ、と中臣は言い出した。何が俺もなのかと思えば、中臣の一族らしい。


「俺の一族、轟徒衆なんだ」


 え?なんで今言うの?轟徒衆って何なのよ!私が怒っても、わかんねえと中臣は語った。くだらねえから知りたくねえ。付き合ってらんねえしと無責任なことを言う。そんなんだからあんたの生活そんなんなのよ!でも中臣はさっぱり気にせず、三年前まであの中にいたが馬鹿馬鹿しいばっかりだとそれ以上話そうとしない。背中越しに怒鳴っていると、三年前のことだけ、中臣は語った。


 郷里にいる頃は、特に何も考えず、何も感じなかった。横にいる奴の真似をして、怒鳴られて黙り込み、働く。それ以外のことはなく、その日も同じだった。暗い中一つの声も出さず、皆と同じに歩く。そしたら中臣の前に、現れたのだという。真っ暗な夜道で黙って道を塞ぐ、妖怪。噂に聞く塗り壁という奴だろう、と中臣は言っていた。何も言わず道を塞ぎ、誰もそいつを気にしない。中臣は、そいつの前で立ち止まった。無能が故に、踏み越えること一つできなかった。塗り壁も中臣も、一言も喋らない。自分より小さな塗り壁は喉から血を流して自分を引き止めた。向こうに行けば、きっと帰ってこれなかったと後から気がついたという。妖に助けられて故郷を抜けた中臣は、死んだも同然。だから何も気にしなくなったのだという。そのとき、洞穴の外から声が聞こえた。こっちです皆様!と現金な火車坊の声はわかる。あーあ、ここまでかな、と中臣は何もする気がない。待ちなさいよ、私はどうなるの!何ができるはずもなく、火車坊は駕籠を担いだ男たちを何人か連れてきた。編笠を被って顔が見えないそいつらが、轟徒衆らしい。金を受け取った火車坊は、失せろ小物と言われてかちんと来たようだ。もっといるか?と銀銭を投げつけられて、火車坊が真っ赤になって掴みかかった。馬鹿野郎、と呟く中臣の声が聞こえた。


 火車坊が轟徒衆に掴み掛かろうとしたけど、それを無視した轟徒衆は駕籠の周りに集まってひざまづいた。駕籠から出てきたのは、小さな……人ではない?大きな目、尖った口、つるんとした頭。肌が全身緑色。あれは、河童というものだろうか。初めて見る生き物に、私はもちろん火車坊も驚いていた。でも引っ込みがつかなくて、火車坊が殴りかかる。そしたら緑色の生き物は、火車坊を弾き飛ばした。片手を軽く振っただけで、火車坊は洞穴の反対側までごろごろ転がって頭を打ち、伸びてしまった。私はもう声も出せず、緑色の生き物を震えて見上げるしかなかった。その生き物が近寄ってくる。私を見ている。殺される。本当に自分が殺されるなんて想像したこともなく、股ぐらが熱くなる。足をばたつかせると中臣の背中にぶつかって、中臣も冷たい汗をかいているとわかった。がたがた震えて泣き出しそうになったとき、ぴいっと音がした。緑色の生き物は鳥のような鳴き声をあげて、うずくまった。轟徒衆たちが洞穴の入り口を見て、ようやく私も気がついた。清六が、笛を片手に立っている。その後ろには後から後から猿が集まってきて、まるでたくさんの援軍。清六がもう一度、さっきより強く笛を吹くと洞穴の中で音がこだました。緑色の生き物は鳴き声とともに悶えて、洞穴を飛び出して山に消えた。置いて行かれた轟徒衆はやる気なく駕籠を担いで後を追った。清六が縄を解いて、私と中臣はようやく自由になった。清六が中臣に猿笛を渡すと、私を気にした。かなめさん、どうしました?ずっと座っているから怪我でもしたと思っているらしい。うるさいうるさい、見るんじゃない!中臣は清六に笛を返し、猿たちをどうにかしろと言って送り出した。中臣は後を追うように洞穴を出て、俺も昔はそうだった、ちびるくらいがちょうどいいんだと余計なことを言った。自分が真っ赤になったのがわかったけど返す言葉がなく、多少なりとも目立たないようにして洞穴を出るとき、一番損をしたのは私だとまだ思っていた。


 洞穴を出ると同時に、めきりという音が聞こえた。何の音だろうと思えば、中臣がうずくまって……緑色の生き物が、それを見下ろしていた。遠くから猿笛の音が聞こえて、緑色の生き物は逃げていった。


 夕陽に照らされながら、色づいた紅葉のような手を中臣が眺めていた。あの後すぐに清六が戻ってきて、さっきの生き物がこっちに来たようだが何かされなかったかと血相を変えていた。何かされたのが私ではなく中臣だと気がついて……清六は、何も言えなくなった。指を潰したって死にはせず痛がるだけ、憂さ晴らしならそんなものだろうと中臣は語った。


 あまりにぐしゃぐしゃの両手は、もうまともには動かないだろう。清六が猿笛を手に言葉をなくしていると、それ、やる、と中臣は立ち去ろうとした。中臣、と清六が声を絞り出すと、そいつはやめだと中臣はいやらしく笑った。中臣はやめ。人ももうやめだ。妖にでもなるとしよう。名前は、そうだなあ……と中臣は考えたようだった。


「百害ってのはどうだ。一利もないからな」


 中臣だった何かは、じゃあな、と山道を降りていった。塗り壁によろしく、と言われた清六は、それを追うこともできなかった。



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