辺境伯令息と女性王族護衛騎士の痴話げんか
王城の一角。
騎士団の鍛錬場であるそこに多くの見学者がひしめき合っていた。
「よく来たな。ルージュ・クライン」
辺境伯令息が鍛錬場に響く声で言葉を発する。
「よく来たも何もここはわたしの庭のようなものだけど」
それはこっちのセリフでしょうと三つ編みに束ねた髪を揺らし、木剣を手にして現れるのは女性にしては長身のルージュ・クライン。
以前は高い声でかろうじて女性だと判断されていたが、辺境伯令息と知り合ってから化粧も髪を整えることを覚えて、身だしなみに気を付けるようになった。
「まあ、いいわ。――アーサー・グランドライン。今日の果たし合いを整えてくれて感謝するわ」
貴方とはけりをつけたかったのよね。
男性の入れないところまでしっかり護衛をする女性騎士故に微笑み一つで貴族令息を威圧できる……色気的意味でルージュの武器は見学に来ていた騎士団や貴族たちの心臓を射抜くほどの威力を持っているが、アーサーには通じない。
「そんな人形みたいな顔で騙されるか。――まあ、いい。始めるぞ」
「そうね。わたしも早く勤務に戻りたいわ」
見学に見えている面々の中には護衛対象である王女が楽しそうに微笑んでいて、ルージュの視線に気付くと手を振っている。
そんな結論に達すると面白そ……いや、大事な部下と常に隣国から自国を守っている辺境伯令息の戦いを間近で見たいと審判を名乗り出た騎士団長が手を挙げる。
「始め」
騎士団長の声に二人は構えを取ったまま相手の出方を窺っている。
戦いを全く知らない人々は動かないことに退屈をしているが、剣技に自信があるものは両者に全く隙が無く、攻める手を窺っているのを察して自分ならどう動くだろうかと戦略を立てている。
いつまでもラチがあかないと思った騎士の一人がそっと両者の間に石を投げる。
その石に反応して二人は一瞬で動き間合いを詰めて、木剣がぶつかり合う。
「速すぎてみえない……」
見学に来たけど、あまりにも速くて分からないと呟く文官貴族。
「なんであの角度で反応するんだ……」
「マジかよ。クラインの身体柔らかすぎないか」
「と言うか、グランドライン。柄で攻撃したよな」
「あんな激しい動きで壊れない木剣って丈夫なんだな……」
激しい動きを目で追えないと命とりな騎士団員は型にハマった騎士団の戦いとは違う野蛮と言える辺境伯の実戦さながらの戦いに慄いている。
二人の動きで砂ぼこりが舞い、視界が悪くなるが、その視界の悪さを利用しての戦術に辺境伯騎士団を野蛮だと内心馬鹿にしていた騎士団の顔色が悪くなる。
自分だったらここで負けていると。
女性王族の護衛をしている形だけのものだと内心馬鹿にしていた文官貴族は、あまりにも迫力でルージュ含む女性騎士にセクハラまがいのことをして、無事だった自分を神に感謝して、もう二度としないと心に誓う。
ひたすら激しくて目で追うのがやっとな動き。
雷か爆発音かと常識ではありえない音の連発。
「……………かっ!!」
「なら、お前………!!」
そんな状況下で二人が会話しているのか声を認識できるものがちらほらと現れだす。
「何を言っているんだ?」
「分からん」
「誰か聞き取れるか?」
辛うじて聞き取れた者が他に聞き取れた者がいないかと呼びかける。
だけど、聞き取れる者はいないようで首を傾げるだけ。
「気のせいじゃないのか?」
「あんな状況で話を出来るわけないって……」
全く聞き取れない者はそんな風に聞き取れた者に少し馬鹿にしたように告げる。
「だけど、確かに……」
「だからっ、いい加減に俺のところに嫁に来いっ!!」
聞こえると言い掛けた声が遮られる。
それが果し合い中のアーサーの声だと認識するよりも先に、
「あんたこそ、わたしの所に婿に来なさいっ!!」
ルージュの声もしっかり響く。
木剣が悲鳴を上げる音が響く。
「お前のその戦闘技術は男女関係なく強い戦力が求められる辺境にこそ相応しい!! さっさと俺のところに嫁いで国を守るぞ!!」
「戦場の空気を知らないで、騎士という名前だけで偉そうにしている輩の尻を叩くのにあんたの存在が必要なのよ。わたしの婿としてたるんだ中央を叩き直しなさいっ!!」
両者の言葉に女だからと舐めていた一部の騎士と女騎士など予算ばかり食う飾りだと思っていた文官の心を抉る。と同時に、騎士という名前で胡坐をかいていて、鍛錬ばかりしている輩や辺境伯軍を野蛮だと思っていた者たちの心を抉っていく。
「第一、お前には弟がいるだろうっ!! 入り婿の意味が分からん!!」
見学に来ていたルージュの弟はいきなり自分のことが話題にされて困惑する。ちなみに彼はアーサーの言葉に完全に同意していて、自分が跡取りなのに何で入り婿が必要なのかと反論したかった。
「はっ。自分が跡取りだと胡坐をかいて練習もおざなりなあいつに跡を継がせれるか。騎士として自覚が薄いのなら自領の内政をしっかりやればいいのにそれすらいい加減。部下に丸投げ。そんな奴に任せていられるかっ!!」
ルージュの言葉が弟の心を強く抉る。完全に事実だった。常に姉に劣等感を抱きつつも、所詮姉はどこかに嫁に行くと言うことで心に平穏を持っていたので姉を超えようなどと言う意識は全くと言っていいほど持っていなかったのが、それを見透かされていてダメージを負ったのだ。
ダメージを負うと言うことは自覚があるので成長の兆しはあるのだが……。
「そっちこそ。優秀な弟がいるだろう!!」
「あいつこそ駄目だ。実力があるのに上に立つ者の覚悟がない。命の重みを数字でしか捉えられない。あいつが跡を継いだらおそらく勝利のためならいくらでも犠牲を出してもいいと判断する!! それでいて、武器の装備も育てるための資金も予算の無駄だと切り捨てて犠牲だけ増やす。下から育ててそれを叩きこまないと覚えない」
ルージュの突っ込みにアーサーの即答。先日兵站の必要性を理解せずにその分の兵を別に回すと軍議の訓練中に仕出かして説教を受けたアーサーの弟は中央との確執を勉強しろと無理やり連れてこられてこの場にいるのだが、その時の説教の内容を思い出して胃を押さえる。
自分はせいぜい一軍を指揮することは出来るが、常に戦場を見て情報に耳を傾けて、足りないところを補うような戦略を立てられていない。と自分の覚悟の足りなさを知らされた。
二人の言い争いに多くの見学者は大なり小なりダメージを受ける中。審判の騎士団長はルージュに騎士団長を継がせたいと思っていたが、女性の騎士団長は嫌だという意見が多く。このままでは騎士団は立ち行かないのから諦めたのだが、やはり彼女は向いているだろうなと悔しく思った。
そんな二人の戦いは二人の木剣が壊れたことで、
「これまで!!」
騎士団長の声が響いた。
戦っていた二人は嘆いた。
「今日こそは……」
「今回こそ……」
「嫁として」
「婿として」
「「結婚出来ると思ったのに!!!」」
二人の嘆く声は訓練場に響く。
どちらかが妥協すればいつでも結婚出来る。だが、互いに妥協できないからの果し合い。これが1011回目で1011回引き分けの結果だった。




