3-9. 理を超える剣閃
――試しの空庭の演習場。
敷き詰められた大理石の床が昼の光を受け、上空の空を模すかのように反射させている。
その円庭をぐるりと囲む観覧席には、騒ぎを聞きつけたリュミエールの魔術師たちが詰めかけていた。
風が吹けば黒いローブの裾や袖が翻り、派閥の色糸が淡く揺れる。腰に吊るした魔術石板がぶつかり、乾いた音を散らすたび、この場所が魔術の最高峰であることを否応なく主張していた。
その一角。
入場口の脇に、セラフィーナらが鎮座していた。
セラフィーナは祈るように胸元で指を組んだまま動かない。眉間には薄い皺が寄り、青いドレスの袖に包まれた手がかすかに震えているのは決して冷気のせいではなかった。
その隣のリアは強く唇を結んでいる。不安げな眼差しは演習場の中央に据えたまま、一言も発しない。
ゲイルは揺れる右袖を握りしめ沈黙を貫き、リスティは身を乗り出し落ち着きなくソワソワしている。
誰も言葉を発さない静寂のなか、リアがぽつりと声を落とした。
「……セラフィーナさん」
しかし、隣から返答はない。
「あの、セラフィーナさん……?」
わずかに眉を動かしたセラフィーナが、漸くはっと目を瞬いた。
「……えっ? あ、申し訳ありませんリア様。わたくし、つい集中し過ぎてしまい……」
「そ、そうですよね……すみません、邪魔してしまって」
言いながらリアは前に向き直す。
「……あの。さっきは、すみませんでした。ちょっとキツい言い方しちゃったかもって……」
「カイウス様を庇われた時の事でしょうか? いえ、謝らないでください。わたくしがカイウス様に危険な役を負わせてしまっているのは、間違いなく事実なのですから」
その言葉にリアは俯き、自分の指先に視線を落とした。
「……わたしも、自分の気持ちがよく分からないんです。カイウスさんのことは、もちろん心から信じてます。カイウスさんの強さも、経験の深さも、少しずつだけど知れてるから」
指先が所在なさげに交差する。
「正直、力はわたしの方が強いですけど。それでも……もしカイウスさんが敵なら、わたしは勝てる気がしません。それぐらい、カイウスさんは"人との戦い"を、よく分かってる気がするんです」
言葉がそこで切れると、膝の上で拳を握りしめる。
「……でも、どうしようもなく不安なんです。もしカイウスさんが帰ってこなかったら、どうしようって。そんな事、考えたくも無いのに……もしそうなったら、きっと……わたし……」
リアが最悪の結末を想像する。
その先の想いは、飲み込まれたまま言葉にはならなかった。
「……ふん。カイウス・ヴァンデルの連れがこんなに軟弱とはな。アイツも苦労するわけだ、このメ、……女が」
吐き捨てるように言ったのはゲイルだった。リアはパッと顔を上げ、切りつけるような三白眼を睨み返す。
「何ですか? あなたには言ってませんけど。そもそもカイウスさんがこんな事になったのは、あなたのせいじゃないですか!」
「さっきも言っただろ。僕は助けてくれなんて一言も頼んでない。アイツが勝手に始めた事だ。僕のせいじゃない」
「……そうですか。わたし、あなた嫌いです」
「知ったことか。それに、『アイツが帰ってくるか不安』だと? あまりバカを言うなよ女。帰ってくるに決まってるだろう。アイツはこの僕を倒したんだからな」
そう言うゲイルの声音はいつになく穏やかだった。
「アイツは僕のこの右腕を切り落とした、この世で最も憎い男だ。しかし……その事実に対し、僕は畏れに近い感情を抱いている。何故だか分かるか、女」
彼はリアを見据えたままゆっくりと語り出す。
「ここへの道中で野宿をした時、アイツは僕に謝罪してきたんだ。あのガキども守るには、こうするしかなかったんだと……『だけど、お前の利き腕は残せて良かったよ』とな」
「……? ど、どういう……?」
首を傾げるリアに、ゲイルが短い溜息を返す。
「僕はアイツに、自分が左利きなんて一言も言ってない。アイツはあの死闘の中で、それを当然のように感じ取ってたのさ。立ち姿や重心、行動パターン……その全てを観察してな」
「……何より、最後の一撃。あの突進の疾さは尋常じゃなかった。あの状況で正確に狙いを絞り、寸分違わず剣を振れる剣士が、一体どれほどいると言うんだ? 僕は下界の事情に詳しくないが、そう多くないとは断言できる」
銀糸のような髪を揺らし、ゲイルは演習場に向き直った。
「……だから、貴様の心配は杞憂と言っているんだ。もう一度だけ言うぞ。アイツは……カイウス・ヴァンデルは、必ず帰ってくる。この僕の"支配の風"を、斬り拓いた男なのだからな」
リアは目を丸く見開くとしばし言葉を失い、それからぽつりと呟いた。
「……あなたに言われたくないです。でも……ありがとうございます。励ましてくれて」
「ふん。見当違いも甚だしい返しだ。礼を言われる筋合いもないんだからな」
僅かに緩んだゲイルの目元に気付く者は居なかった。
***
演習場の中央。そこに、ひとつの影が佇んでいた。
黒の上衣に身を包んだ剣士。背に黒革の鞘を携えた背筋は、弓弦のように真っ直ぐと伸びている。
――カイウス・ヴァンデル。
この魔術都市リュミエールにおいて、魔術を一切使わない剣士。今日、彼はその技術と信念を以て、魔術師の正面に向かい立とうとしていた。
その対角。
雷光をまとって佇むもう一人の男。
肩から溢れた筋線維がローブの上からでさえ浮かび上がり、淡く走る電流が彼を輪郭ごと照らしていた。
――クルド・ヴォルトナー。
フルアグルの中位魔術師にして、ヴェルネの代理決闘者として名乗りを挙げた魔術師、その者であった。
「……よう蛮族。随分遅かったな。尻尾巻いて逃げたのかと思ったぞ」
口角をわずかに持ち上げ、クルドが低く嘲る。
「これから痛めつけられるってのに呑気なツラしてるな。全く、下界人ってのは緊張感ってものが足りねぇんじゃねぇか?」
カイウスは視線を切り返すと一言で返す。
「そっちは眉間が寄り過ぎてシワ凄いことになってんぞ。ただでさえ人相最悪なんだから、少しは自重しろよ」
「うぜぇ……非魔術師の癖に、口だけは一丁前だな。その減らず口もすぐに叩けないようにしてやるよ」
「ふむ。二人ともいい舌戦の応酬だ。だがそろそろ始めようか」
二人の間に歩み寄ったのは、雷の賢者のヴェルネ。
その声音は、相変わらず学者然とした硬質な響きだった。
「ヴォルト君。使用する魔術石板を確認しようか。君は"空描式"は使えるかね?」
「こちらの二枚です、ヴェルネ様! 雷閃術は右腕のタトゥーを通じて発動します! く、"空描式"は……俺には、とても……」
「ふむ、なるほど。問題なさそうだ。――カストルーナ君。一応聞くが、君は魔術は使わないのだね? もし使用をするなら、あらかじめ審査が必要なのだが……」
カイウスは背の鞘を指先で軽く叩く。
「もちろん使わない。俺の獲物は、コイツ一本だ」
「……よろしい。これにて事前審査を終えるとしよう。勝敗はいずれかが続行不能、または降伏と取れる行動を示した時点で決する。禁術の使用、第三者への攻撃は厳禁だ。双方、了承するね?」
「承知しました、ヴェルネ様!」
「あぁ、問題ない。早く始めろよ、丸眼鏡」
「ッ……! 賢者に向かってその口の利き方……! 消し炭にしてやるぞ、この非魔術師が!!!」
「――では」
ヴェルネの手が掲げられ、空庭の風が一瞬静止する。
「裁定決闘、開始を宣言する!!」
その言葉と同時に、張り詰めた空気が弾けた。
カイウスは背から翠風剣を抜き放つ。
翡翠の刀身が陽光を裂き、風が刀身を伝って吹き抜ける。
クルドの右腕も、ローブ越しに見えるほどに金色の輝きを帯びていた。
「行くぞ蛮族――雷閃術!」
その叫びと共に、光の網がクルドの身体を駆け抜ける。
――次の瞬間、その姿が文字通りカイウスの視界から"消えた"。
「……っ!」
カイウスの目が細められる。
視線を掃き敵の位置を即座に索敵。感覚を研ぎ澄まし再補足したクルドの姿は――カイウスの遥か後方に立っていた。
――雷閃術。
身体活動の補助を目的に開発されたこの術式は、神経信号の伝達速度を強制的に加速させ、筋肉の伸縮反応を限界まで高める事ができる。
リュミエールは“人体は脳が発する電気信号で動いている"という理を既に確認していた。
この術はその電気信号を電気に増幅し、それに応じて筋肉を異常な速度で伸縮させる。その結果、常人とは比較にならない速度での反射反応と身体活動を可能とする。
しかし同時に、制御を誤ったり、連続して長期間使用した場合は、神経損傷や筋肉断裂など深刻な副作用を引き起こすリスクもあった。
だが、このクルド・ヴォルトナーの肉体は違った。
彼は長年、雷閃術を自身の鍛錬そのものに応用してきたのだ。
雷による強制的な刺激で極限まで鍛え上げられた彼の筋繊維と神経系の強度は、いまやこの術との比類なき調和を実現するに至っていた。
雷閃術への理解はフルグアルの中でも屈指であり、それが彼を中位魔術師足らしめる理由の一つでもある。
「そこで目ぇ回してろ、下界のゴミが!!」
再びクルドの姿が霧散する。
――直後。黒い帯のような残像が、カイウスの目を以ってしても捉えきれぬ速度で演習場を跳ね回る。
だが、踏み込んではこない。まるでカイウスの出方を伺う様に、周囲を囲み動くだけだった。
(……? なぜ仕掛けてこない?)
カイウスは静かに構えを保ったまま、相手の動きの“本質”を見極めようとしていた。
互いに後の先を取ろうとする、張り詰めた膠着が続く。
だがクルドのこの動きには、明確な別の意図があった。
"速度を活かした撹乱"――否。クルドはすでに、次の一手への布石を仕込んでいたのだ。
リュミエールの研究は、落雷という自然現象の背後に潜む二つの条件すら特定していた。
一つは、ある地点間の極端な電位の差。森羅万象、あらゆるものと同じく、雷もまた高いところから低いところに"落ちる"理を持つ事が確認されている。
そしてもう一つは――雷には通る"道"が必要だと言う事。
(せいぜい惚けてろ蛮族が……自分が焼き焦げになる準備が進んでるとも知らずにな!!)
カイウスに悟られないように、術式石板へ注がれる魔力の揺らぎ。
クルドは今、空気中に"導電粒子"とフルグアルが呼ぶ目に見えぬ粒子を漂わせていた。魔力によって生成さればら撒かれたこの粒子は、やがて一本の道筋となり、雷を引き寄せる誘導路となる。
そこに電位差を加えれば、雷はその最短経路を通り標的に突き刺さる。
――まるで最初から、その道しか存在しなかったかのように。
程なくクルドは、その"下ごしらえ”を完了した。
(……導電粒子の密度が満ちた! 仕掛ける!)
瞬間、カイウスの死角に入ったクルドが叫ぶ。
「消えろ蛮族! 蒼雷ッ!」
石板が閃きクルドの掌から放たれたのは、蒼白の稲妻だった。
――蒼雷。
かつて四賢者体制だった時代、イグニプネに所属していたヴェルネが見つけた稀代の理であり、彼を五人目の雷の賢者として押し上げた、雷系魔術における基本術式の一つである。
蒼雷の最大の特徴は、何と言っても「着弾までの時間がほぼゼロに等しい」という点にある。
一度経路が完成すれば狙われた獲物に逃げ場はなく、反応の余地すらも与えない。
リュミエールでは主に狩猟目的で広く用いられるが、その特徴からこの術は"必中の魔術"と呼ばれていた。
だがそれは、野生の獣に対しての話だ。
カイウスの視線は捉えていた。
高速で動くクルドと、捲れたローブの下で明滅する別の術式石板を。
そして既に気付いていた。
――この大袈裟な瞬間移動は、何かの"準備"をしているのだと。
カイウスは翠風剣を風のように滑らせ一閃する。
雷はセレヴァイト鋼の刃の反りに沿って弾かれ、空を写す床の上に空しく閃光を散らした。
――バァァァアァンッ!!
大気が裂けるような爆音が、一拍遅れて空庭に轟く。
しかし、カイウスの衣は一端すら焼け焦げていなかった。
「……はぁ!?」
クルドが唖然とする。
観客席にもどよめきが湧いていた。
何が起こっているか理解できず、身を乗り出す魔術師も少なくない。
「へぇ。本当に雷を飛ばしてくるんだな。事前にゲイルに聞いといて良かったよ」
カイウスは至って静かに応える。
「……な、な、ななな」
「『何で避けれるんだ?』、だろ?」
セリフを先取りされたクルドが、畳みかける驚愕に顔を顰める。
「お前の視線……それと、強いて言うなら石板の発光だな。雷を捌くのは初めてだが、戦闘慣れしてないお前の所作がタイミングと着弾点ぐらいは教えてくれんだよ」
言いながら翠風剣を軽く振り払う。
「オマケにご丁寧に発動前に叫んでくんだもんなぁ。……これ、戦闘なんだろ? 黙って打ってこいよ。舐めてんのか?」
「っ、ぐおおおお……! こ、このゴミ蛮族が……!!」
クルドは唸り声以外の言葉を失っていた。
リュミエールの中位魔術師は、この都市ではエリートで通っている。その彼が繰り出した渾身の魔術が、非魔術師によって難なく弾かれた。
それがどれほど屈辱的なことか、本人が一番よく分かっていた。舌打ちを噛み殺すと、全身で叫んだ。
「認められるかこんな事おおおぉぉお!! お前は黙って散っとけばいいんだよぉおおぉ!!」
「……はいはい。もっと焦れ焦れ」
クルドの体に、再び雷が奔る。
術式の再起動。金色の奔流が彼の筋肉を締め上げ、爆発的な加速を生む。
またもやクルドの姿が空気ごと消失する。その動きは、先ほどよりもなお速かった。
「クソがぁぁああぁあぁッ!!」
――バァァァアァンッ!!
――バァァァアァンッ!!
二、三度目の蒼雷が放たれる。
しかし、そのいずれもが届かない。
翠風剣の刃が軌道を読み切っていたかのように最適な角度に差し込まれ、いとも簡単に雷を弾き飛ばす。
観覧席の魔術師たちもその様子を言葉もなく見つめていた。
(……な、何故だ?! 何故当たらないッ!?)
這い寄るような敗北の不安が、じわじわとクルドの心を濁らせてゆく。
クルドは魔術師だ。本来なら距離を取り、遠距離で術を重ねるのが敵の制圧への定石だった。
だが必中の筈の魔術が効かぬ相手を前に、焦燥が判断を鈍らせた。
(……作戦変更だ、近づいて直接叩き潰してやる! 雷閃術もある、俺の勝利は揺るがない!)
そう決断したのは、論理というより本能に近かった。
先も述べた通り、クルドは日常的に雷閃術をその身に染み込ませ、肉体の鍛錬にも応用していた。
常時収縮を強制された筋肉は常人を遥かに上回る密度と量を誇り、力だけで言えば優にカイウスを凌いでいた。
故に、勝利に駆られたクルドが近接戦という結論に至るのも道理ではあった。
(こいつが蒼雷を斬れるのは、俺の予備動作が読まれてるからだ! ならば――読ませる間も与えない、高速の近接格闘で仕留めてやる!)
クルドは奥歯を食いしばり、更なる魔力を右腕へ注ぎ込む。
しかし、それは──。
(……そろそろ来るか?)
全て、カイウスの想定内であった。
職業柄、クルドについての洞察は初対面の際に済ましていた。
魔術師らしからぬ鍛え上げられた肉体。戦闘となれば遠距離から魔術を放つだけで相手を蹂躙できる筈の彼が、何故そこまで身体を仕上げていたのか。
(お前は想定してたんだろ、近接格闘戦も!)
プライドが高く、徹底して非魔術師を見下す性格のクルド。
"敢えて相手の土俵に上がり圧倒する事で心を挫く"。自身の力を誇示するような真似も、いかにも好みそうだ。
"自分ならば、接近戦でも下界人に劣るわけがない"。そんな戦闘経験の浅さゆえに来る自負心も、きっと有るだろう。
ならば、導き出される行動パターンは――。
カイウスはわざと視線を滑らせ、構えを明確に崩した。
剣を下げ胸元を露わにする――死角と急所を、大きく晒すように。
一見疲弊からくる油断に見えたそれは、戦場で幾度も使ってきた“撒き餌"の構えだった。
勝利に焦った相手を誘き寄せる、“命のやり取りの中で命を差し出す”、狂気じみた玄人の技術。
(……見えた、勝機!)
クルドがカイウスの死角へと回り込む。
「――終わりだッ!!」
彼の咆哮が空庭に響く。
雷閃の加速を得たその巨体が、一直線にカイウスへと突進する――それが、造られた隙だとも知らずに。
翠風剣の刀身が、小さく鳴いた。
(――いける)
翠風剣が受けた蒼雷三発分の外力。それは心臓部である風導結晶に、微量ながら空渦を生んでいた。
カイウスは柄のトリガーを押し込む。
風導孔が一斉に開き、刀身から高圧の風が噴き出した。
瞬間、カイウスの身体が後方へ滑り出す。
突風の推進力が彼を半身分後方に退かせ――すれ違い様に、剣が逆手に振り抜かれる。
――ドゴムッッ!!!
「――っぐおおッッ!!」
鈍い音が空庭に響いた。
翠風剣の柄が正確に弧を描き、クルドの鳩尾を深く抉る。そこは相手の意識と呼吸を刈り取る、不殺の急所だった。
クルドの目が、ぐるりと裏返る。
身体の芯から崩れ落ち、全身がくしゃりと折れた。
稲妻の輝きが彼の肌から剥がれ落ちるように消え、蒼白い粒が大理石の地に音もなく散ってゆく。
その場に、沈黙が落ちた。
カイウスは一歩後ろに下がり息を一つ吐くと、静かに剣を背にした鞘へと差し込む。
「……終わったか。ゲイルの方がまだ手強かったな」
ガードが鞘に触れる金属音が、空庭の中央に響き渡った。
その瞬間――観覧席が爆発するようなどよめきに包まれた。
***
「や、やったやったぁ!! カイウスさん、お見事です!!」
リアが声を震わせ、大きな身体を小さく跳ねさせる。
「あぁ、カイウス様……っ! 貴方様は、貴方様は本当に……!」
セラフィーナも安堵に胸元を押さえ、涙を堪えながら微笑んでいた。
その隣でゲイルも、ふんと鼻を鳴らす。
「……まぁ、フルグアルなんぞ所詮こんなものか。僕なら間違いなく仕留めていたがな」
そう言いつつも、その口元は大きく綻んでいた。
リスティは、ただ言葉を失っていた。
いつものように飄々とした態度もなく、ただ口元に手をあてカイウスを見つめる。
その頬には、ほんのりと朱が差していた。
「……すっご……」
ようやく漏れた声は、誰の耳にも届かなかった。
その時胸に生まれた温かさが憧れなのか、それとも別の感情なのかは、彼女自身まだ分からなかった。
だがこの日、空庭の中心に佇むカイウスと、その手に収まる翡翠の剣が彼女の心を捕らえて離さなかった。
――カイウス・ヴァンデル。
魔術を尊ぶこの都市で初めて、多くの魔術師が非魔術師の名を記憶に刻んだ瞬間だった。




