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とある傭兵の放浪譚 ー流離の傭兵、寂しがり家な少女と共に世界を巡るー  作者: フルツ好き男
第三章 浮遊都市と禁忌の魔女

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3-1. 傭兵と浮遊都市

 車輪が土を踏む音が、緩やかで規則的なリズムを刻んでいた。


 水上の国、ナヴィレザを発ってしばらく、四人を乗せたヴァルシェ家の馬車は北東へと進む。

 朝の陽光はまだ柔らかく、薄青い空には細く伸びる白雲が漂っている。風には秋の匂いが混ざり、遠くの山の気配すら澄んで感じられた。


 カイウスは窓辺に肘を預け、流れていく大地をぼんやりと眺めていた。


 向かいの席ではセラフィーナが書簡の束を整え、蒼い視線を忙しなく行き来させている。

 共和国独立に向けた課題は山積みのはず。それでもこの旅を決断したのは、彼女なりの“覚悟”と“賭け”があるからだと、カイウスは既に知っていた。

 ナヴィレザの外だからか、今日はヴィーザを付けていない。「郷に入れば郷に従え」。それもまた、彼女の指針の一つだった。


 カイウスの隣ではリアが窓から身を乗り出し、見慣れない景色に目を輝かせている。何かを見つけるたび嬉しそうに跳ねる赤髪の無邪気さが、馬車の中に和やかな空気をもたらしていた。

 

 そして――最後のひとり。


 風の魔術師、ゲイル・ヴェロキス。

 拘束具こそ外されたが、隻腕となった左肩を小さく揺らしつつ、片膝に肘を乗せて外を退屈そうに眺めている。その心境は、カイウスを以てしても読みきれない。

 

「……しかしさ。殺し合いをした二人がこうして向かい合って座ってるのは、少し妙な気分だな。お前もそう思うだろ? "蒼穹の律者"さんよ」


 皮肉を滲ませて切り出したカイウスの声に、ゲイルは短く舌打ちを落とし、三白眼を細める。


「……相変わらず癪に障るヤツだな、カイウス・ヴァンデル。それはこの馬車が狭いって愚痴か? なら僕のせいじゃない。隣にいる"お姫様"にでも言ってやるんだな」


 言葉の端々に棘のような攻撃性が滲む。セラフィーナが書簡を閉じ、言葉を差し挟んだ。


「お二人とも、無意味な衝突はお控えください。カイウス様? 死闘を交えた相手とは言え、相手の誇りを揶揄するような挑発は少々行き過ぎではありませんか?」


「……へいへい」


 今度はゲイルに向かって言う。


「それと、ゲイル。徐々にですが"雑種"や"雌"など、他人を獣扱いする蔑みが減ってきていますね。身を預かる者として、大変嬉しく思います。この調子ですよ?」


「……ッ! は、ハァッ?! 別にお前に言われた止めた訳じゃないんだがッ?! 魔術も奪われたんだし、捕虜の間は大人しくしてる方が賢明だと、僕がそう判断したんだ! 変な勘違いをするなよ、この、め……オンナ!」


「くすっ……そうですか。それは失礼致しました」


 セラフィーナが柔らかい笑みを浮かべる。その余裕がゲイルには余計に腹立たしく映っただろう。左肩が小刻みに揺れ始める。

 カイウスは堪えきれず、また茶々を入れ始めた。


「なぁ。そう言えば思い出したんだが、お前、やたらと難しい言葉を選ぶ節があったよな? ほら……"蒼穹の律者"もそうだけど、何でもかんでも無理やり風に例えたりとか」


「あっ、それ、わたしも思ってました!」


 リアの顔がひょいと馬車の中に戻ってくる。


「最初なんて、わたしのこと"赤風"って呼んでましたよね? あと、自分のこと"我"って言ってる時もありました。あの時は正直、難しくて何を言ってるのか全然分からなかったです」


「やっぱりそうだよなぁ。もしかして、アレか? "蒼穹の律者"は、お前の中に潜む二重人格のもう一方……的な設定だったりするのか?」

 

「……ッ! き、貴様らぁ……!」


「カ、カイウス様っ、リア様っ! もう、言った側から……!」


 セラフィーナが慌てて身を乗り出したその隣で、ゲイルが肩を怒らせ震わせる。俯いた顔は銀色の髪に隠れて窺えない。

 数瞬の沈黙ののち、彼がぽつりと言葉を溢す。

 

「そ……が、つ……いだろ……」


「……うん? 何だって?」

 

「……だから!」


 ゲイルがついに顔を真っ赤にして叫ぶ。


「そっちの方が、強そうでカッコいいだろ、って言ったんだよ!!」


「……へっ?」


 予想外の理由に、リアが目を丸くして固まる。カイウスは呆れを隠さずに溜息を吐いた。


「……お前、それ本気か? 子供じゃないんだから……」


「はぁ?! 僕はまだ十六だが?! 子供みたいなもんだろ!」


「いや、大人に片足は突っ込んでるって……まぁ、普通に会話できる方が俺たちはまだ助かるから、今後はその口調で頼むぞ」


「……ッ! チッ、お前に指図されずとも、最初からそうしようと思ってたさ……!」


 どさりと音を立て、ゲイルが背もたれに身を叩きつける。その様子を、セラフィーナはどこか微笑ましげに眺めていた。


 少しの緊張と安堵、そして不調律な可笑しさが入り混じる、そんな“奇妙な旅路”。

 カイウスはふと息を吐き、窓の外へ視線を戻した。


 ――そういえば、この旅が始まったのは。

 彼はゆっくりと瞼を伏せ、記憶を辿るようにその始まりを回想してゆく。


***


「――ですから、国としての独立は決して夢物語ではなかったのです。評議院セナートでは、ナヴィレザが鋳造するドゥカート通貨とサンクリューフェイン王国のセリオン通貨との為替交換率が毎月報告されますが、近年はドゥカートの価値が一方的に高まり続けています」


「あぁ、それは正直、俺も感じてた。ヴェルディ広場でセリオン金貨をドゥカート金貨に換金した時なんて、ぼったくられたのかと思ったぐらいだ」


「…………。」


「カイウス様はナヴィレザは初めてですからね……そう思われるのも、無理はございません。そして、為替とは即ち、通貨発行元への"信用"の証でもあります。言い換えると……"ナヴィレザの経済はそれ程までに王国内でも群を抜いている"という、明確な証左でもあるのです」


「なるほどなぁ……ナヴィレザは他国との海外交易も盛んだから、リューフェイン王国の直轄に戻されて、余計な干渉が入るのを嫌う国や街も少なくさなそうだ。もしかしたら諸外国の支援を受けられるかも、という算段もあったのか?」


「………………。」


「くすっ……慧眼、改めて感服致しますわ、カイウス様。ナヴィレザは王国有数の海軍を有しますが、王国そのものを相手取るとなれば話は別。今後は、ナヴィレザの独立に賛同する国や街との同調が鍵となるでしょう。最近の評議院セナートも、この方針をどうするかで議題は持ちきりです」


「内政も問題は山積みだが、外交にも気が抜けない、か……相変わらず忙しそうだな、"お姫様"は」


「……………………。」


「そう、ですね。最近は少し、気疲れを感じる事もございます。ですから……"だから"、こうしてカイウス様と過ごせる時間は、わたくしにとっては心休まる、大切なひと時なのです。……わたくしの屋敷(ヴァルシェ本邸)にも、もっと顔を出してくだされば良いのに。ルカ達も喜びます。……もちろん、セラフィも、です」


「はは……どうしても、セバスとの稽古以外には 星々の街区(セレスティーク)に行く用事がなかなか無くてね。あとは、マルチェロのおっさんに茶会に誘われるぐらいか。まぁ、でもそうだな。もう少し顔を出しても――」


「……あ、あのっ! ちょ、ちょっと良いですか!?」


 ヴァルシェ旧邸、その一階。

 木製の卓を挟むカイウスとセラフィーナの二人の会話に、堪らずリアの声が割り込んだ。


「うおっ……! ど、どうしたリア。……あっ。すまん、タオラのお代わりはもう無いぞ……?」


「そ、そうじゃなくて……っ! な、なんかセラフィーナさん、ほぼ毎日ここに来てませんかっ?! ここ、カイウスさんとわたしの"棲家"のはずなのにっ!」


「い、いや、"棲家"ってお前な……」


 リアが卓を叩いて身を乗り出す。力加減はしたのだろうが、怪力を受けた卓がミシッと軋んだ。

 セラフィーナは白いレースのヴィーザを整えつつ、涼やかに言葉を返す。


「……そうですね。ここはヴェルディ広場から近い立地ですから。評議院セナート後の休憩に、ついつい立ち寄ってしまう事は多かったかも知れません」


「えっ、でもでも! なんか最近、セラフィーナさんの私物が段々と増えてる気がします! 空き部屋に、紅茶の茶葉とか茶器セットとか、ナイトローブも持ち込んでるの、わたし気付いてますからね!」


「……え。そうなのか、セラフィーナ?」


 カイウスが蒼い目に向き直る。セラフィーナはカップを優雅に持ち上げると、一口啜った。


「…………気のせい、ですわ」


「えっ」


「気のせい。ですわ、お二人とも。もともとここは、ヴァルシェの倉庫としても活用してましたから。わたくしの私物も保管されているのです。リア様が見たのは、きっとその一部でしょう。えぇ、そうに違いありませんわ」


 言いながらカップを卓に戻す。

 その口元は何かを誤魔化すような笑みが浮かび、視線も彼女には珍しく所在なさげに定まらない。明らかに嘘をつき慣れない者の動作――


(……あ。これ嘘だ)


 カイウスは既にこの顔を見たことがあった。

 マルチェロ・ルザニアに独立基本憲章どくりつきほんけんしょうの貸与を交渉しに向かう前。恋人が集う昼間の 星々の街区(セレスティーク)に連れ立ったのことがばれた時、彼女は全く同じように取り乱していた。


(つくづく、嘘を付くのは下手なんだな……)


 普段は十九という歳を感じさせぬ凛然とした少女の、分かりやすい弱点。だがそれは、逆に愛らしさと親しみやすさを感じさせる、彼女のチャームポイントでもあった。

 カイウスは短く息を吐くと、助け舟を出してやる。


「……まぁでも、取り敢えず今日は特別な用件があったんだろ? 俺たち二人が揃う時間帯を、わざわざ聞いてきたんだから」


「……っ! そ、そうです! ご賢察ありがとうございます、カイウス様! 今日はお二人に、とても大事なご相談があって参ったのです」


 セラフィーナはぱっと顔を上げ、姿勢を正すように身じろぎすると、言葉を続けた。


「……先ほど申し上げた通り。ナヴィレザが抱える課題は多々ありますが、その一つが“外交の安定”です。ナヴィレザの独立に同調する国や街と連携すること……あるいは、それを“脅かし得る要因”を、早期に潰しておくことが肝要となります」


「ナヴィレザはその交易経済圏を軸に、近隣諸国とは友好な関係を築けております。王国の横槍が入ったとしても、即時に敵対勢力に転じることは無いでしょう。ですから、いま最も懸念すべきは、ナヴィレザ海軍ですら太刀打ちできない"圧倒的な武力"でねじ伏せられる事。そしてその最たる例が――」


「……魔術師。リュミエールか」


 カイウスが低く応じる。セラフィーナは蒼い目を僅かに見開き、やがて小さく頷いた。


「……そうです。今回の襲撃はゲイル・ヴェロキスによる単独の犯行でした。しかし、彼一人でも街を破壊し尽くせたという実例が、魔術師という恐怖の象徴を、市民の心に深く植え付けることになったのです。事実、もしリュミエールが何かの拍子でナヴィレザの敵となった場合……恐らく数日と保たず、生まれたばかりのこの国は歴史から姿を消すのでしょう」


 卓上で組んだ両手に、彼女の蒼い視線が落ちる。


「リュミエールは王都カリオーネから自治の認可を受けていませんが、その支配を一切容認せず、実質的には独立を果たしています。その気になれば全てを破壊できる彼らにとって、王国内のいざこざは取るに足らない些末事なのかも知れません。ナヴィレザのことなど、気にも留めていないでしょう。謁見訪問など、まともに取り合っては頂けません」


 不安気な声に一転、徐々に力がこもり始める。


「しかし幸運にもわたくしは、リュミエールに繋がるカードを手に入れたのです。それが、件の魔術師――ゲイル・ヴェロキスです」


「彼は自身をリュミエールから追放された身と主張しておりましたが……先日、ここナヴィレザでの彼の所業とその顛末についてリュミエールへ伝書鳩を遣わせたところ、彼の身柄を引き渡すよう要求が届きました。わたくしはこの要請を、快諾したのです」


「正直、どのような交渉になるかは、まったくの未知数です。しかしお気付きの通り、ゲイルを引き渡すというのはあくまで“建前”となります。本当の目的は……ナヴィレザとリュミエールとの間に、"相互の不可侵条約"を結ぶこと。これを成し遂げれば、最大の懸念は払拭されたと言って良いでしょう」


 カイウスとリアは互いに顔を見合わせた。

 立ち会った二人だからこそ知っている、“魔術師の恐怖”。それが一人ではない。何百、何千と巣食う魔術師の巣窟に、身ひとつで足を踏み入れる。その危険がどれほどのものか、本能が告げていた。


「……何かの罠だったらどうするんだ? 相手は魔術師だ。数人ですら囲まれたら、ひとたまりも無いんだぞ」


「その場合は、全力で逃げるほかありませんね。かと言って、大規模の軍隊を率いていけば、それこそ最初から宣戦布告と見なされてしまうでしょう。ですから、わたくしに同行できるのは……使者と説明が付く範囲、多くて数名。それも魔術師を相手取れる"とびきり腕の立つ猛者"、という事になります」


 そこで言葉を区切ると、セラフィーナはゆっくりと頭を下げた。


「……皆まで言う必要はないのかも知れません。ですが……どうか、またお二人のお力をお借り出来ないでしょうか? 依頼内容は、"リュミエールへの同行と、ナヴィレザまでの護衛"。……前回以上の危険を伴う、旅路となります。お断り頂いても構いません」


「……随分水臭いこと言うんだな、セラフィーナ。そんなの、俺たちの答えは分かりきってるだろ」

 

 髪を掻き上げ、飄々とした声でカイウスが答える。


「出発はいつにする? こっちも万全を整えて挑むよ。……リア、少し長い外泊になりそうだ。主食のタオラは多めに持ってった方が良さそうだぞ」


「草食動物みたいな扱い……わたし、ちゃんと肉と魚も大好きですよ」

 

 口を窄めていじけるリアに、カイウスが意地悪く笑いを飛ばす。

 そんな二人のやり取りを見て、セラフィーナも緊張で固くなっていた口元を、ふっと緩めた。

 

***


「――カ、カイウスさんっ! あれ、見てください!」


 突然響いたリアの弾んだ声に、記憶の旅がほどける。カイウスは顔を上げ、リアと肩を並べるようにして馬車の窓から空を仰いだ。


 そして、息を呑んだ。

 視界の先――地平線の彼方で、巨大な岩塊が空と大地の間に"浮遊"していた。


 山々がそのまま空へとせり上がったかのような、常識の枠をあっさりと飛び越えた光景。朝陽を受けた岩肌は淡い金色に輝き、その縁からこぼれ落ちる雲がまるでヴェールのように緩やかに流れている。

 岩塊の上には白く細い塔が森のように林立し、その周囲には空を泳ぐ光の文字列が絡みついている。風が吹くたびに光の道はかすかに軌道を揺らし、星屑に似た光の粒を残していた。

 塔と塔を繋ぐ青い帯は、よく目を凝らして見れば宙に張り巡らされた水路だった。そこを流れる水こそが、魔術師たちにとっての生活水であると、事前にゲイルから聞かされていた。

 

 都市そのものがひとつの巨大な魔術の粋。

 悠然と浮かぶ空中都市は、天上の神々へ捧げられた祭壇のようにも思えた。


「――なんて、綺麗なんでしょう」


 セラフィーナの唇から零れた声には、神秘そのものを前にした、抑えきれない賞賛が滲んでいた。

 驚愕に目を奪われる三人の背後で、ゲイルが得意げに目を細める。


「……ようこそ、非魔術師共。これが、この世の頂点にして尊き魔術の揺籠――魔術都市、リュミエールだ」

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