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とある傭兵の放浪譚 ー流離の傭兵、寂しがり家な少女と共に世界を巡るー  作者: フルツ好き男
第二章 水の都と自由の風

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2-26. 旅路の果てとなる場所①

 昼下がりの陽光が、水面に金の粒を散らしていた。

 水都回廊アクア・ストラーダを抜ける運河の上、ゴンドラがゆらり揺れながら、白壁の街並みをゆったりと滑っていく。


 カイウスは背もたれに身を預け、深くひとつ息を吐いた。向かいに座るリアも、長い脚をくたりと投げ出し、日差しを受けた背筋を気持ちよさそうに伸ばしている。


 遠くから、市民の笑い声が波に乗って届いてきた。

 軽快な楽器の音、屋台の呼び込み、誰かの陽気な歌声――まるで街全体が肩の力を抜き、ひと息をついているようだった。


「……ようやく終わったな。開票結果は自由派の圧勝だったとさ。裏で王都の糸を引いてたマクシミル・ドランベルグも諸々の悪事が露見し失脚……。いやはや、全くもって出来過ぎた幕引きだ」


 ぽつりと漏らしたカイウスの声に、リアの顔がぱっと明るくなる。


「はいっ! セラフィーナさんの演説、すっごく堂々としてて、本当に格好よかったです! きっとこういうのを“魅了される"って言うんですね」


「あぁ、本当に。あのお姫様は、弁が立つと言うかなんと言うか……人の心を動かすのが、やたらと上手いよな」


 リアが小さく笑う。陽に透けた睫毛が揺れて、まぶしそうに目を細めている。

 

「広場の人たち、感動して泣いてる人もいました。“ナヴィレザが大好きなんだ”ってみんなの気持ちが、痛いほど伝わってきて。わたし、すごく良い瞬間に立ち会えたんだなって思いました」


 水面のきらめきを見つめながら、リアはぽつりと呟く。


「……きっとナヴィレザは、これからもっと綺麗で、もっと素敵な街になっていくんですね」


 その横顔を見ながら、カイウスはふと口元を緩めた。


「……ずいぶん気に入ったみたいだな。この"国"のこと」


「はい、それはもう! 賑やかで、人も温かくて……お買い物も楽しいし、ごはんも美味しいですし! それに、セラフィーナさんやセバスさん、ルカちゃんたちにも出会えました。最初は“綺麗な街だな”って、それだけだったのに……今は、“帰りたい場所だな"って。そう思えるんです」


 言い終えるとリアはふわりと微笑んだ。肩の力を抜き脚を組み替える仕草は、安心しきった大きな犬のようでもあった。


「そっか……なら、もう少し滞在を伸ばしてみても良いかもな。港町の飯は飽きにくくて助かるし。……たとえば、そうだ。さっきヴェルディ広場で見た、あのゲテモノ魚でも試してみるか?」


 悪戯っぽく弾んだカイウスの声に、リアの肩がびくんと跳ねる。


「えっ。あ、あれって魚だったんですか!? て、てっきり何かの動物の水死体かとばかり……何で売ってるんだろうって不思議だったんですけど。え、うそ、しかも食べれるんですか、あれ……?」


「食べられるどころか、ナヴィレザじゃそこそこ有名な珍味らしいぞ。肝が絶品とかなんとかで。……善は急げだ、さっそく今から行ってみるか?」


「い、いやですっ! 無理です、ほんとに無理です! わたし、ちゃんとした魚が食べたいです! ……あ、あ、ほら! 初収入祝いに連れてってくれた、あのお店とか良いじゃないですか! あそこ行きましょうよ、今度はわたしが奢りますから!」


「残念だったな。あの店でも"水死体珍味"は、しっかりメニューに載ってたぞ。この前、こっそりチェックしといたんだ」


「わたしが泳がされてたっ!? も、もう……カイウスさんの意地悪! カイウスさんのそういうとこ、ちょっと……ほんのちょっとだけですけど、あんまり好きじゃないです!!」


「はは、ちょっとした冗談だよ。……暴れるなって、おい、リア――!?」


 そのとき、ゴンドラがふわりと揺れた。


「わっ――!」


 興奮して立ち上がろうとしたリアが、足元を取られてよろめく。諌めようと身を起こしたカイウスの腕に、とっさにしがみついた。

 勢いのまま抱きつくような格好になり、身長差のぶんだけカイウスの体が後ろへ傾ぐ。二人して、背もたれに倒れ込む形になった。

 揺れる視界の中で、赤い髪がカイウスの頬をかすめる。すぐ目の前に、リアの整った顔。

 一瞬視線が交わり、時間が止まった。


「……っ、ご、ごめんなさい! わざとじゃないんです、ほんとうに……!」


 慌てて身を起こそうとするリアの肩を、カイウスがそっと押し留めた。


「言われなくても分かってるよ。……でも、水路に落ちて本格的に風邪を引く前に、少し落ち着こうな」

 

 その声音はいつもより柔らかく、冗談めかした調子の奥に、本気の心配が滲んでいた。

 リアはしばらく彼を見つめ、それから照れくさそうに口元を緩ませる。

 

「……カイウスさん」


「ん、どうした?」


「……こういう優しいところは、わたし、嫌いじゃないですよ」


 そう言ってふいと目を逸らした彼女の頬には、うっすらと朱が差していた。

 

 高い空を白い鳥が一羽、ゆるやかに横切る。

 午後の陽が戦いの記憶を撫でるように、二人を優しく照らしていた。

 

***


 ヴァルシェ家の応接間。


 翡翠色の椅子に端然と腰掛けたセラフィーナは、天窓から差し込む光を受けて、ナヴィレザの主導者としての威厳をまとっていた。隣に控えるセバスの佇まいが、さらにその場を引き締めている。


「改めてまして……カイウス様、リア様。一週間に亘るヴァルシェへのご助力、誠にありがとうございました。心より御礼申し上げます」


 微笑みと共にセラフィーナな切り出す。丁寧な口調の奥に、はっきりとした感謝の色が宿っていた。


「このナヴィレザが再び自治の道を歩めるようになったこと……お二人のお力なくしては、決して辿り着けなかった結果です。どれほど感謝してもし足りません」


「杖”として、ちゃんと役に立てたみたいで何よりだよ。正直、期待外れを理由に、いつ首を切られるかと内心ヒヤヒヤしてたんだ」


 カイウスの軽口にセラフィーナの唇がふっと綻ぶ。純白のヴィーザが揺れ、微笑みの輪郭が透けて浮かんだ。


「またご冗談を……カイウス様のご功績に、疑義を挟む余地などございません。ヴァルシェの当主として、このご恩は生涯、決して忘れはいたしません。カイウス様に導かれたルカ、マルコ、ルチアの三人も、カイウス様のような立派な大人になりたいと、従者としての修行に精を出しております。あとで是非、顔を見せてあげて下さいね。三人共、お二人にすっかり懐いておりますので」


 そう言ってセラフィーナが口元を少しだけ上げる。そのわずかな変化に、年頃の少女らしい無邪気さがのぞいた。

 

「……ところで。カイウス様はルチアに、ご自分の事を"騎士様"と呼ばせていると伺いました。……年端もいかぬ、いたいけな女の子を虜にするのも、傭兵としての技術の一つ、でございますか?」


「はっ……? ちょ、ちょっと待て、それは向こうが勝手にそう呼んでるだけで、俺は何も――!」

 

「くすっ……ほんの冗談です。経緯はルカからも聞いておりますから。取り乱すカイウス様を拝見したくて、つい揶揄ってしまいました」


「な、なんだよ……まったく、本当にお転婆なお姫様だな、アンタは」

 

 ぶつぶつと文句を言いながらソファに腰を下ろすカイウス。その耳の先が赤くなっているのに気づき、リアが小さく微笑んだ。


「……さて。セバス、お願いします」


 主の声に応じ、セバスが一礼して小ぶりな絹の袋を差し出す。中に詰まった硬貨の重みは、袋越しにも伝わってきた。


「こちらが今回のご助力に対する正式な報酬です。お二人の功績に比べれば、むしろ足りないくらいかも知れませんが」


「……え。カ、カイウスさん! こ、これ全部金貨ですよ! タオラの籠が一体幾つ買えるか……!」


「お、おいおい……翠風剣シルフォルビスと言い、流石に貰いすぎだろ……少し恐ろしさを感じるまであるぞ」

 

「"それに見合う貢献をして頂いた"という、ヴァルシェとしての判断です。どうか好意的に受け取って下さい」


「い、いや……そうは言ってもなぁ……」


 気まずそうに後頭部をかくカイウスに、セラフィーナの視線がまっすぐ向けられる。


「カイウス様」


 呼びかける声の調子が変わった。毅然とした、当主としての語り口。


「“あざとい女”だと、そう思われるかも知れませんが……。ナヴィレザはいま、ようやく共和国として産声を上げ、その新たな旅路を歩み始めたばかりでございます。しかしその足取りは、立ち上がったばかりの幼子のようにおぼつきません。これから先、何度でも――いえ、きっと今回以上の困難が幾つも待ち構えているでしょう」


 そこで、言葉を区切る。

 

「そんな時。もし、カイウス様とリア様が、またこのナヴィレザを訪れてくださることがあるのなら……その折には、どうか、今回のように力を貸していただきたい。わたくしは心から、そう願っています。以前にも申し上げました通り、これほど頼りになる“杖”を、そう簡単に手放すなど、わたけしには出来ません。……手放したく、ないのです」


 慎重に言葉を選びながらも、その奥にある素直な想いは隠しきれていなかった。

 カイウスは少し目を見開き、それから小さく息を吐く。


「……アンタは本当に人の琴線を掴むというか……心を焚き付けるのが得意だな、セラフィ。聞いてるうちに、こっちまでその気になってくるよ」


「……お褒め頂き光栄ですわ、カイウス様」


「……ん?」


 何気なく漏らした呼び名に、リアがぴたりと動きを止めた。まじまじと二人の顔を見比べる。


「……あ、あれ? カイウスさん、いまセラフィーナさんのこと……なんて呼びました?」


「……? ……あ。」

「……まぁ」

 

「え、え、ええっ?! ちょ、ちょっと! セ、セラフィって、そう呼びましたよね?! いつからそんな親しげに!? し、しかも何ですかその反応は……っ!」


「お、落ち着けリア……! お前が本気で暴れたら俺にも止められないぞ! た、ただ呼びやすいから! それだけなんだって!」

 

「もう……カイウス様。それは"二人きりの時だけの秘密"だと、わたくしはあれほど念押し致しましたのに……本当に、いけずな方ですね」

 

「ああっ! だからなんでアンタは、さらに誤解を招く言い方をするんだよ!」

 

「で、デレデレだ! やっぱりデレデレしてたんだ……! カイウスさん! ちゃんと納得のいく説明をしてください! わたしには嘘つかないって、約束してくれましたよね!?」


「ちょ、ちょっと待て、違うんだ! あの時は……その、なんというか――!」


 顔を真っ赤にしたリアがぐいと身を乗り出して詰め寄る。カイウスはたじろぎつつ、しどろもどろに言葉を探した。

 狼狽するカイウスが可笑しくて、セラフィーナはとうとう堪えきれずに吹き出した。


「ふ、ふふっ……あは……っ、あ、あははははっ!」


 堰を切ったように笑いがこぼれた。声を抑えようとしても肩が震え、こみ上げるものを止められない。

 目尻からこぼれた雫が白いヴィーザの内側に染み込み、陽の光を受けて小さく光った。


「ご、ごめんなさい……っ、わ、わたくし……笑いすぎて、涙が……」


 袖口でそっと目元を拭い、セラフィーナはようやく息を整える。緩んだ口元を指先で押さえ、照れたように目を細めた。


「し、失礼いたしました……。少し、度が過ぎてしまいましたね。きっと気が緩んでいたのでしょう。色々なことが終わって、ようやく……ようやく、心から笑える日が来たのだと、そう実感できたものですから」


 午後の光の中で揺れる横顔は、いつもの凛とした当主の顔ではなく、年頃の一人の娘の素顔を覗かせていた。

 やがて彼女は、ゆっくりとリアに視線を移す。

 

「リア様。カイウス様が“セラフィ”と呼んで下さったのは、わたくしがそう呼んでほしいとお願いをしたからです。カイウス様は、ただわたくしの我儘に付き合って下さっただけなんですよ」


「あっ……そ、そうなんですね……」


「ええ。それに――」


 言いながら、膝の上でそっと両手を重ねた。


「旅の間、お二人はきっと、たくさんの出会いと別れを重ねて行かれるのでしょう。このナヴィレザで過ごした時間だけが特別な重みを持てるとは、正直思っておりません。カイウス様がわたくしの願いを受け入れてくださったのは、あくまで……年下の女性への、少しばかりの“優しさ”に過ぎないのでしょう」


 その声は自嘲的な響きを孕んでいたが、一方でカイウスを見つめる彼女の瞳には、拭い切れない想いの名残がまだ儚く揺れていた。


「けれど……それでも。ほんの一時でも、カイウス様に“セラフィ”と呼んで頂けたことは、……わたくしにとって、飛び上がりたくなるほどに嬉しい出来事だったのです」


「セ、セラフィーナさん……」


 やわらかな調子でそう告げると、セラフィーナは小さく頭を垂れた。


「改めて、わたくしの我儘に付き合って下さり……大切な思い出を下さり、ありがとうございました。カイウス様」


 少しの間、誰も口を開かなかった。

 カイウスは何か言いかけては飲み込み、ふと窓の外へ視線を向ける。それから、照れ隠しのように小さく咳払いをした。


「……リアも、この国をだいぶ気に入ってるみたいだしな。ナヴィレザに来るのは、これで最後にはならないだろう。……それに、決して報酬を弾んでもらったからってわけじゃないが、その……これからも、長い付き合いになるんだろ? 俺達は」


 そう言って、ゆっくりとセラフィーナに向き直る。


「だから……アンタさえ良ければ、何度でもナヴィレザに来る。そして、その度に飽きるほど読んでやるさ。“セラフィ”ってさ」


「……っ!」


 その言葉に、セラフィーナの瞳がかすかに揺れた。押し込めていた何かが胸の奥から浮かび上がり、思わず息を詰まらせた。


「……ふふっ」


 やがて彼女の唇がやわらかく解け、雪解けを告げる春風のような笑みが、ゆっくりと広がった。


「カイウス様……。貴方は本当に罪な方ですね。そんな風に優しくされてしまっては……わたくし、簡単に諦められなくなってしまいます」


 そう言ってから、セラフィーナはすっと立ち上がる。裾を整え、改めて二人と向き合った。


「……今後もナヴィレザにお越し頂けるというのなら。お二人に、是非お見せしたいものがございます」


 その声には、照れと期待が混ざり合っていた。


「少しばかり、ご足労頂いても……宜しいでしょうか?」

 

***


 ヴェルディ広場から少し離れた、裏通りの静かな一角。

 白い石造りの三階建ての家が、穏やかな陽射しの中に佇んでいた。

 

 小さな鉄の門をくぐると、手入れの行き届いた庭が広がっていた。

 陽を浴びた芝の中央に一本のタオラの木が枝を伸ばし、風にそよいでいる。葉のあいだからは、青く小さな実がいくつも顔を覗かせていた。


「わぁ……っ! なんだか、素敵なお家ですね!」


 リアが目を輝かせて声を漏らす。


「あぁ。しかも数人で暮らすには十分過ぎる広さだな。造りは古いが、細かい手入れも入ってる……ずっと大事にされてきたんだな」


 周囲を見回しながら、カイウスが感心したように言った。


「ここは、わたくしたちヴァルシェ家が、まだナヴィレザの貴族となる以前……市民だった頃に代々住み継いできた家です。本邸を星々の街区(セレスティーク)へ移して以降は、長らく空き家になっておりましたが……」


 セラフィーナはそこで振り返り、静かな笑みを浮かべる。


「税の関係や、癒着を疑われる恐れもありますから、正式に譲渡することは出来ません。けれど──いかがでしょう? ナヴィレザに滞在中、ここを“お二人の家”として使っていただけませんか?」


 その申し出に、迷いは一片もなかった。


「……セラフィーナ」


 カイウスは短く息を吐き、腕を組んでわずかに眉を寄せる。


「思んだが……アンタはちょっと、俺たちに甘すぎるぞ。報酬に宝剣、今度は家まで。俺たちは、ただの流れ者の傭兵だ。いつまた旅に出るかも、ナヴィレザに戻るかもわからない。そんな奴らに、そこまでしてやる必要なんてあるのか?」


「二つ、ございます」


 率直な疑問に、セラフィーナは一歩前へ進みぴしゃりと返した。


「まず一つ。“流れの傭兵”だからこそ、です。命のやり取りを重ねる旅の中、帰れる場所を持つことがどれほど人の心を救うか……。“戻りたい”と思える場所は、“生きたい”という想いを何よりも強くします。ナヴィレザがそのひとつになってはいけませんか? 旅の拠点として活用頂くのも、効率的かと思いますし」


 そこで一度言葉を切り、ふっと表情を引き締めた。


「……そして二つ目。正直、こちらには少々憤りを感じております」


 視線が真っ直ぐにカイウスを射抜く。


「お二人は、わたくしにとって“ただの傭兵”などではありません。心から信頼できる友人であり、生涯を通じて支え合いたいと願う"仲間"なのです。その想いは、これまで何度もお伝えしてきたつもりなのですが……まだ、言葉が足りていなかったでしょうか?」

 

「わたくしは、お二人にとっても、そんな助け合える友で在りたいと思っているのです。少しでも力になれたらと願うことが、そんなにも傲慢で愚かな事なのですか?」


 そう言い終えると、セラフィーナはふと視線を落とし、口元にわずかに意地悪な笑みを浮かべた。


「……先ほど、カイウス様は仰っていましたよね。またナヴィレザを訪れて下さると。わたくしが望む限り、何度でもわたくしを"セラフィ"と愛称で呼んで下さると。……まさかあれは、わたくしをぬか喜びさせるだけの、その場凌ぎの方便だったのですか?」


「……っ! あー、もう!」


 カイウスは頭をがしがしと掻き、顔を背ける。


「分かった、分かったよ! 参った、俺の負けだ! ありがたく世話になる! 色々と本当にありがとうな、セラフィーナ!」


 不器用な投降宣言に、セラフィーナは嘘のように晴れやかな笑顔で応えた。


「どういたしまして、カイウス様! ようやく心が通じ合えたようで、わたくしも嬉しく思います!」


 あまりの切り替えの早さに、カイウスはしてやられたと空を仰ぐ。視界の端では、タオラの枝先に実った青い果実が風に合わせて静かに揺れていた。


「……何の見返りができなくても、恨みっこなしだからな」


 ぼそりと溢したその声に、セラフィーナが肩を揺らしくすりと笑う。


「ふふ。まだそんなことをおっしゃるのですね」


 そして、柔らかな声音で静かに告げた。


「見返りなど、最初から要りませんよ? ここが、お二人にとって“帰る家”の一つになった。ただ、それだけのことですから」

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