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とある傭兵の放浪譚 ー流離の傭兵、寂しがり家な少女と共に世界を巡るー  作者: フルツ好き男
第二章 水の都と自由の風

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2-24. 誰が為に風は吹く①

 翌日――ナヴィレザ評議院セナート当日。

 朝靄がまだ石畳の上に名残を留めるなか、星影の会堂(ステロンブラ)の鐘楼は、その白銀の尖塔を淡い空に突き立てていた。


 ヴェルディ広場には、すでに人の波が押し寄せていた。

老若男女、色とりどりのヴィーザをまとった市民が吸い寄せられるように足を止め、広場を埋め尽くしていく。

 彼らの表情には、期待と不安が綯い交ぜになっていた。――今日がナヴィレザの行く末を決める分水嶺になると、本能で悟っているのだ。

 

 広場の縁では衛兵が控えめに巡回し、普段なら声を張り上げている商人たちも、この日に限って店を畳んでいる。張りつめた空気が、広場全体に満ちていた。

 

 その中心、演説のために設けられた壇上には、すでに一人の男が立っていた。

 

 ――マクシミル・ドランベルグ。

 深緑の外套に黒金の礼装をまとい、象牙の杖を片手にしている。一見すれば威厳ある貴族だが、その眼の奥には、冷たく湿った底光りのような不気味さが潜んでいた。


 彼が杖を掲げた瞬間、ざわめきが潮が引くように消えた。芝居じみた、作り物めいた声が空へ突き抜けていく。

 

「市ィィィィ民の皆さん! ナヴィレザの誇り高き同胞たちよォ!!!」


 第一声から、その語りは芝居がかっていた。

 けれどその芝居が、この都市の多くの心を揺さぶるに足る力を持っていることを、誰もが知っていた。


「四日前、我らが街を襲った忌まわしき災厄……バルコ旧倉庫街を吹き飛ばし、ナヴィレザを恐怖のどん底に叩き込んだ、“風の魔術師”ィ。――あれが、何者であるかァ! 皆さんは、お分かりですかなァ?!」

 

 マクシミルは誇らしげに杖を振り上げる。


「……断言いたしましょう! あれは、かの魔法都市……リュミエールの手先なのですよォ!」

 

 その瞬間、広場に走るようなどよめきが駆け抜けた。


「リュミエールは長らく政に無関心を装ってきましたァ! だが、真実は違うッ! 奴らはナヴィレザの交易路と資源、影響力を狙い、侵略の機会を伺ってきたのですゥ! ――そして、ついに“その時”が来たッ!!」

 

 言葉が風を裂くように響き、観衆の胸へ叩きつけられる。


「……そして! 今回の襲撃が示したのはただ一つゥッ! このナヴィレザはリュミエールからの攻撃を退ける力を、持ち合わせないという現実です!!」


 劇的な抑揚が観衆を煽る。マクシミルは、わずかな“間”を置いてから、さらに声を張った。


「よいですかァ、同胞の皆さん! 想像してみてくださいよォ……! 次に奴らが攻め入った時、狙われるのはどこなのかァ! 人気の無い旧倉庫街で済むと、一体誰が保証できますかァ?! 今度は……貴方たちの家かもしれないのですよォ!!」

 

 ざわり、と広場が揺れた。


「魔術師の襲撃はァ、音もなく兆しもなく!! 空からァ! 海からァ! あるいは……貴方がいま立っているその地の下からさえもォ! 逃げ場など与えずに、突如として襲い来るのですぞォ!」


 マクシミルの目がぎらりと光る。壇上から観衆を一人ずつ指差しながら、呪いのように叫ぶ。


「……次に犠牲になるのは、貴方の家かもしれない! いや、あるいはそこの貴方かも! それとも――そちらの貴方の、ご家族かもしれませんなァ!! あなたの最愛の夫が! 妻が! 娘や息子がァ! 蹂躙され、叩き潰され、人としての尊厳を奪われ! 苦悶と恐怖の極みの中で……いたぶられる様に、命を奪われるのです!!」


 声が響くたび、不安、焦燥、そして――恐怖が波のように広がっていく。


「目を覚ましなさいィ、市民たちよォ!! 真の平和が、“自由”などという世迷言から生まれると、本気で思っているのですかァ?! 言葉遊びの理念などでは、この街は守れませんぞォ!! 我々が今、本当に必要としているのは――現実をねじ伏せる“圧倒的な力”なのですッ!!!」


 その声が、ついに空を震わせた。


「我々は、もはや“自分たちだけで生きていける”などという甘い幻想を捨てる時が来たのですゥ! リュミエールをすらも凌ぐ絶対的な権力と武力を有する庇護者――そうッ! カリオーネに居られる、国王陛下の加護を受けるべき時なのですぞォ!!」


 そしてマクシミルは両腕を大きく掲げる。


「すべてはァ! このナヴィレザに暮らす愛しき隣人を――皆さんの家族をォ! あの残虐な魔術都市の軍靴から、守るためなのですゥッ!!!」


 一瞬の静寂の名のち。


 ――パチ、……パチ、パチ。

 やがて、散発的な拍手が起きた。最初は少数だったが、その音は徐々に連鎖を生み、広場全体を覆い始める。


 ――パチ、パチパチパチパチ……

 恐怖が共感を生み、共感が服従を正当化してゆく――そのときだった。

 

 拍手を断ち切るように、澄んだ声が響いた。


「……発言を、求めます」


 拍手が吸い込まれるように止まる。視線が一斉に演説台の背後へ向けられた。

 白銀の刺繍を施した青のドレス。レースのヴィーザ越しに澄んだ蒼の瞳がまっすぐに広場を見渡す。

 

 ――セラフィーナだった。

 その姿は、"自由の旗手"の呼び名に相応しい威厳を湛えていた。

 

「一つ、訂正をさせていただきます。件の“風の魔術師”。あの者の背後に、リュミエールはおりませんわ」


「……はァ?」


 間の抜けた声がマクシミルの口から漏れる。


「もし魔術師がリュミエールによる侵略の尖兵であるならば、なぜ正規の布告も降伏勧告もなく、たった一人で行動したのでしょう? リュミエールは、その人口の大半が魔術師で構成された都市です。もし明確な敵意を持つならば、彼らは中隊以上の部隊を派遣し、最初から組織的かつ徹底的に攻め入る筈です」

 

 セラフィーナの論理は明快だった。その言葉に小さな頷きが観衆の間で波紋のように広がる。


「たった一人で、理由も告げず、街を破壊して姿を消す。……侵略行動としては余りにも杜撰です。少なくとも、リュミエールという都市の公的意思は感じられません」


「それは詭弁ですぞォ、セラフィーナ殿ォ!」


 マクシミルが、声を震わせて叫んだ。


「一人か集団かなど、関係ないのですよォ! 重要なのは、今後も魔術師が襲ってくる可能性があるという事実ではありませんかァ!」


 セラフィーナは静かに首を振った。


「喜ばしいことに、それもございません――何故なら、“重要証人”がそう語っているからです」


 広場にざわめきが走る。数え切れぬ視線が壇上へと集中する。


「さっそく登壇いただきましょう。……セバス」


 セラフィーナの背後に控えていた老執事が、静かに歩み出た。彼に伴われて現れたのは、一人の男。 

 

 銀髪に黒衣。痩身の体躯、右袖を欠いた姿。

 

 ――ゲイル・ヴェロキス。

 その姿を見た瞬間、マクシミルの顔から血の気が引いた。

 

 ゲイルは無言で壇へ上がり、セラフィーナと視線を交わす。彼女が小さくに顎を引いて促すと、彼は皮肉を滲ませた笑みを浮かべる。


「……分かっている。答えれば良いんだろ。この僕を晒し者にするとは……まったく。本当に性格が悪い"オンナ"だ」


 セラフィーナは応えず、淡々と問いを始めた。


「……では、貴方に伺います。まずはお名前と、ご出身を」


「……ゲイル。ゲイル・ヴェロキスだ。出身は……この世の頂点、尊き魔術の揺籠。魔術都市、リュミエールだ」


 観衆がどよめきを起こす。


「続けます。バルコ港湾区の旧倉庫街を破壊したのは、貴方ですか?」


「……そうだ。あれは、僕がやった」


 さらに激しい動揺が走り、悲鳴も混じり始める。


「ッ……! ほ、ほらァ! いまの聞きましたかァ皆さん!? リュミエールによる、計画的な侵略だ!! この魔術師こそが、動かぬ証拠ではないですかァ!!」


「静粛に、マクシミル殿。ゲイル殿への肝心な質問が、まだ残っております」


「ッ! こ、こここここれ以上の質問など、ふふ不要ですぞォ、セラフィーナ殿ォッ!! こ、この男はたったいま、……そのかぁあぁるい口を、割ったではないですかァ!! 此度の侵略は、リュミエールの計画によるモノだとォ!!」


 マクシミルが必死に叫ぶが――


「――曲解はおやめ下さい、マクシミル殿。わたくしはただ、この方のご出身とバルコでの破壊行為の事実について伺っただけです。"誰が糸を引いていたのか"は、まだ問いていません」


 そこで言葉を切ると、ヴェーザを口元に抑え込むように指を添える。


「それとも……何でしょうか? このままこの襲撃犯に尋問を続けることで、マクシミル殿にとって何か……"不都合"、なことがおありなのですか?」


「ッ!? い、いやァ……!? グ、グハハハッ、な、なぁにをご冗談を仰いますかァ、セラフィーナ殿!! そ、そんなことがある訳ないでしょう!! わ、私はただ、神聖な評議院セナートにご参加の皆さんのお時間を、いたずらに浪費することはないと、そう申し上げたいだけですぞォ!!」


「なるほど、ご配慮痛み入ります。――でしたら、ご心配なく。次の質問が最後ですから」 

 

「ッ……! グ、グヌヌヌゥゥ……!」


 マクシミルの額に浮かぶ青筋が、焦りをそのまま物語っていた。セラフィーナは視線をゲイルへと戻し、真正面から問いを放つ。


「……最後の質問です。貴方にナヴィレザ襲撃を命じたのは、リュミエールの上層部ですか?それとも――他の誰か、ですか?」


 彼女の視線がゲイルを射抜く。「逃がさない」と告げるように。

 ゲイルの後ろに佇むセバスが彼との距離を詰めた――瞬間、意図的に張られた殺気がゲイルの背を貫ぬく。

 ゲイルは一度だけ深く息を吸い、吐き出すように言った。


「……あぁ。質問に答えよう。僕をナヴィレザへ送り込んだのは、サンクリューフェイン王国の王都、カリオーネだ。そして港湾区の襲撃を指示したのは、そこにいるブタジジイ……マクシミル・ドランベルグだ」


 広場のざわめきが爆ぜるように沸き返る。マクシミルは蝋のような青白さで固まり、口をぱくぱくと開閉するだけだった。


「目的は一つ。セラフィーナ・エレオノール・ディ・ヴァルシェの排除、そしてナヴィレザの独立を主導する“自由派”の殲滅。王都による“再統治”の足掛かりを作る……そのためにな」


「う、嘘だァ……! み、皆さんッ、騙されてはなりませんぞォ!! こ、これは何かの陰謀なのですッ!!」


 マクシミルの声が裏返るように響くが、もはや誰も耳を貸していなかった。

 壇上のゲイルは静かだった。その表情にもはやナヴィレザへの敵意はなく、一つの答えを見つけた者の諦観があった。


「“風”は……いつも、僕にとって支配の象徴だった。空間を掌握し、誰よりも高みから世界を見下ろせる力。でも、この街で――その風は砕かれた。魔術を持たぬ剣士に。自由を信じる者たちに。マクシミル・ドランベルグ……お前の企みも、僕の風も。この街に息づく“自由”の胎動を止めることはできなかった」


 ひと呼吸を置き、ゲイルは最後に言った。


「語るべきことは、もう全部語った。あとは……お前たちが決める番だ」


「ぐッ……、こ、この、クソ蠅がァァァアッ……! というか、"風語"じゃなくても普通に喋れるじゃないですかアァアァァァア?!!」


 マクシミルが喚き散らす。だが、その声に応じる者は誰もいなかった。代わりに、広場のあちこちから怒号が噴き上がる。


「自作自演かよ!? ふざけんなよ、このクソ狸ジジイが!」

王都カリオーネに媚び売ってナヴィレザを売り渡すつもりだったんだろ!?」

「どの口が『リュミエールの侵略』なんてほざいてるんだ! 侵略者はお前自身じゃないか!!」

「なにが"ナヴィレザ貴族の三名家"だ! 恥を知れ!! 辞めちまえよ、このブタ野郎!!」


「ヒ、ヒイイィイイィイイッ! ち、違うのですよォ、皆さん!! こ、これは……違うのですゥウゥウウ!!」


 非難の奔流にマクシミルは堪らずその場に尻餅を付く。失禁をしたのか、上品な礼服に尿の染みがじわりと広がった。


 ――そのとき。


「……静粛に。皆さま、静粛にお願い致します」


 ひときわ透き通った声が、嵐のような喧騒を鎮めた。

 セラフィーナだった。ゆっくりと演説台の中心へと歩を進める。その姿には一片の怯みもなかった。


「……いま明らかになったのは、王都カリオーネが描いた策謀の全容――だけでは、ございません。それよりも遥かに、重要な事実がございます」


 堂々と張られた声が、広場の空気を再び引き締める。


王都カリオーネは、法と独立基本憲章どくりつきほんけんしょうで我々に自治を認めながら、裏では魔術師を走らせ、内通者を育て、この自由を根底から覆そうとしていた。これは――法を、誓約を。全てを反故にし裏切る、暴力による支配の再来なのです」


 その声が高鳴るたびに、広場の空気が変わっていくのが分かった。

 やがて彼女は、ゆっくりと右手を掲げた。その手にあったのは、数枚の羊皮紙。金糸で縁どられ、封蝋の断面に天秤(ルザニア家)の印が残されている。


「皆さん。いまわたくしの手にあるのが、独立基本憲章どくりつきほんけんしょうです。ナヴィレザが自由都市として歩み始めた、その出発点にして――私たちと王都カリオーネが取り交わした、最初の“約束”です」


 ――いま。

 “自由”の意味を問う、演説が始まろうとしていた。

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