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とある傭兵の放浪譚 ー流離の傭兵、寂しがり家な少女と共に世界を巡るー  作者: フルツ好き男
第二章 水の都と自由の風

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2-14. 天秤の護り手

 ヴェルディ広場を離れたカイウスとセラフィーナは、二人きりで星々の街区(セレスティーク)を歩いていた。


 真昼の陽光に照らされた丘の街並み。

 白壁と石畳が星粒のような輝きを帯び、人混みの中で揺れる色とりどりのヴィーザが鮮やかに咲き競っていた。

 昼下がりの陽気に誘われ人々の往来も絶えない。観光客とおぼしき者や地元の市民が、それぞれの時間を楽しむように、自由な足取りで散策していた。


「昼間は、こんなに人がいるのか……大したもんだな」


 カイウスが昼間にこの街区を訪れるのは初めてだったが、夜の静謐とはまるで違う、柔らかな活気が通り全体に満ちていた。

 目を細めて周囲を見回すカイウスに、セラフィーナは穏やかに微笑みながら答える。


「ええ。夜間は警備の都合で立ち入りを制限しておりますが、昼は観光名所として広く開放しているのです。水都回廊アクア・ストラーダやヴェルディ広場で歩き疲れた方が、風に吹かれながら休憩するには最適な場所なんですよ」


「へぇ、なるほどな……」


 カイウスは周囲を見渡す。その言葉通り、街路の至るところに人の姿があった。

 すれ違う若い男女は肩を寄せて笑い合い、展望台の縁では恋人同士が言葉もなくじっと見つめ合っている。白石の腰掛けでは老夫婦が互いに寄り添い互いに微笑みを交わしていた――


(……なんか、やたらと恋人夫婦が多くないか?)


 居心地の悪さを覚えつつも、口には出さないカイウス。その横でセラフィーナは、その仲睦まじい光景に目を留めながらも、何も言わず歩みを進めていた。


「……ところでセラフィ。セバスを先に行かせたのは、何か理由があったのか?」


 何気なく放った問いに、セラフィーナは一瞬だけ足を止めた。振り返った顔には、いつもと変わらぬ微笑が浮かんでいる。


「……特に理由はございません。ただ、カイウス様にセラフィ、と呼んで頂きたくて。ほんの少しの間でも、二人きりになってみたかった。そんなわたくしの我儘、ですわ」


「そ、そうか……セバスはたしか、準備がどうとか言ってた気がするが」


「あっ……え、ええ。そうでした。段取りは事前に伝えてありましたのに……わたくしとしたことが、つい、失念を」


 口元を誤魔化すように笑いながらも、視線は落ち着かず、どこかぎこちない。まるでその顔に「何かを隠しています」と書いてあるようだった。


(お、おいおい……いくら何でもわかりやす過ぎるぞ……)


 普段は理知的で冷静なセラフィーナが、ここまで取り乱すのも珍しい。その滅多に見られぬ隙が、カイウスの悪戯心に火をつけた。


「……セラフィ。もうひとつ、聞いてもいいか」


「……はい。わたくしでお答えできることであれば」


「この時間帯の星々の街区(セレスティーク)。妙に恋人連れが多い気がするんだが、気のせいか?」


 ぴたりとセラフィーナの足が止まった。わずかに肩が跳ね、目元が泳ぐ。


「…………え、ええ。それは間違いなく、カイウス様の気のせいですわ」


 返答に至るまでの間が妙に長い。声は上ずり、言葉もぎこちない。言い慣れない嘘に舌がもつれているのが見て取れた。頬に浮かぶ朱は、真昼の陽光よりもずっと熱を帯びている。


「いや……セラフィ。これだけの数をさすがに気のせいで済ますのは無理があると思うが……」


「き、気付かなくてよろしいのですっ!」


 弾かれたような声。自分でも驚いたのか、彼女は慌てて口元を手で覆った。


「あっ……いえ、その……つまり……」


 言い訳を探すように視線が泳ぎ、咳払いで無理やり気持ちを整えようとする。


「コホン……先ほど申し上げました通り、気のせいですわ、カイウス様。どこにでもある、ナヴィレザの情緒ある昼下がりの光景……ただ、それだけのことです」


 冷静を装おうとしているが、その耳が熱を持つように真っ赤に染まっている。

 カイウスは思わず苦笑し、少しだけ意地悪く追い討ちをかけた。


「いやいや。水都回廊アクア・ストラーダもヴェルディ広場も、こんな甘い感じの雰囲気じゃ無かったろ。ここには商人どころか、恋人以外の人間が見当たらないぞ」


「……。」


「どこを見てもカップルだらけだ。目のやり場に困るって、こう言うことを言うんだな。……ほら、あそこの二人。あんなに見つめ合って、手まで絡めて……おっと、もうキスする寸前――」


「カ、カイウス様っ!」


 鋭い声に、思わずカイウスの口が止まる。

 セラフィーナは俯いたまま、頬を赤く染めていた。蒼い瞳がかすかに潤み、震える指先はドレスの袖口をぎゅっと摘まんでいる。


 ひと呼吸、躊躇った末――。


「……わ、分かりました……認めます! ええ、そうですとも! 昼のこの場所が“そういう雰囲気”だということぐらい、もちろんわたくしも承知しておりました!」


 珍しく語気を強めたその声も、どこか震えていた。けれどすぐに萎れていき、彼女はふいと視線を逸らす。

 

「でも……しょうがないではありませんか。ほんの一度くらい、誰の目も気にせずに、カイウス様に……その……あ、甘えてみたいと、思ってしまったのです……」


 ちら、と上目にカイウスを盗み見る仕草はどこか不器用で、子どものようにいじらしい。名門ヴァルシェ家の当主という凛とした姿とは、まるで別人のようだった。

 

「それをわざわざ口にさせるなんて、それこそ、野暮というものではありせんか……? あまりセラフィをいじめないで下さい……カイウス様の、いじわる」


 そのまま小さく肩をすぼめると、耳の先まで朱に染まった頬を隠すようにそっぽを向く。普段の気丈さが霞むほど紅潮した頬と揺れる睫毛が愛らしい。

 セラフィーナはそっと息を整えると、顔の火照りを冷ますように片手でぱたぱたと扇ぎ、小さく喉を鳴らすと静かに歩き出した。

 

「……そんな顔をされたら、流石にもう追及は出来ないな」


 聞こえないように小さく呟きながら、カイウスは前をゆくその背中に視線をやる。

 寄り添う恋人たちの姿を、どこか憧れのように見つめている横顔。高貴な家柄も重責も纏っていない、何かに焦がれる様な、等身大な少女の眼差しだった。


「まぁ……確かにお姫様にも休息が必要だ。たまには、こういう時間も悪くないか」


 カイウスはふっと肩の力を抜くと、その背を追った。

 

***

 

 星々の街区(セレスティーク)の最北端――丘の尾根に沿うように構えられた壮麗な屋敷があった。

 それこそが、ナヴィレザでも屈指の名門として知られるルザニア家の邸宅であった。


 石畳の坂を登りきると、白亜の塀に囲まれた重厚な門が、午後の陽を受けて鈍く光っていた。

 扉の中央には、開かれた書物と交差する羽根ペン、そしてその背後に天秤を配した家紋が刻まれている。それはこの家の理念――“知・記録・秩序”を象徴するものであり、同時に中立の誓いを示す印でもあった。


 門前では、既に見慣れた老従者が待機していた。

 

「セバス」


 名を呼ぶセラフィーナに、セバスは深々と一礼する。


「お嬢様、カイウス様。お待ちしておりました。先程ルザニア家の従者へご到着の旨を伝えてしました。応接室の準備も整っております」


「ありがとう、セバス。……いつもながら、助かりますわ」


 礼を述べながら、セラフィーナが門の奥に目をやる。カイウスもその視線を追い、屋敷の様子を窺った。


「……妙に静かだな。人の気配が薄い」


「ルザニア家は元来、余所者の出入りを好まぬ家柄です。来客の際も、必要最小限の者しか顔を出しません」


 その言葉を裏づけるように門が重々しく開かれ、奥から現れた従者は無言で進路を示しただけだった。

 三人はその後に続き、静寂に包まれた中庭を抜けてゆく。


 館内は装飾を抑えながらも、厳粛な空気を帯びていた。照明は最小限にとどめられ、代わりに採光窓から差し込む自然光が柔らかく空間を照らしている。

 廊下の壁には古い文献を収めた書架が並び、時間の重みを静かに語っていた。


 通された応接室の壁には、歴代のルザニア家当主の肖像画がかけられていた。

 その中央、家紋の前に据えられた椅子に、ひときわ目を引く人物が座していた。


 ルザニア家現当主、マルチェロ・ルザニア。


 四十代半ばの紳士で、身なりは一分の隙もない。

 深いワインレッドの燕尾風上着には金糸の縁取りが施され、胸元には飾り襟と細身のタイ。

 灰金色の髪は丁寧に後ろへ撫でつけられ、整えられた顎髭が端正な輪郭を形作っている。薄緑の瞳は静かでありながら知性に満ち、ひとたび見た者の印象に残る。

 右手には細身の杖。まるで舞台俳優のような所作で立ち上がり、優雅に言葉を紡ぐ。


「これはこれは……ようこそお越しくださいました。ヴァルシェ家ご令嬢にして、"自由派の旗手"。先ほどの演説、誠に見事でございましたな」


 その声音には笑みと礼節があったが、同時に試すような棘が潜んでいた。

 

「過分なお言葉恐縮ですわ、マルチェロ殿。ですが、わたくしはあくまでナヴィレザの理念を代弁したに過ぎません。称えられるべきは、この都市に根さした自由の意志と、それを受け継ぐ市民の方々です」


「ふむ……滅私の精神。ご立派なことです」


 マルチェロは着座し、手で座席を促す。

 セラフィーナが軽く礼をして木椅子に腰を下ろす。カイウスとセバスは控えて後方に立った。


「さて、早速本題に参りましょう。飾り立てずとも構いませんぞ?」


 その一言にセラフィーナは静かに息を整えると、まっすぐに彼を見据える。


「……本日は、貴家に保管されておりますナヴィレザ独立基本憲章どくりつきほんけんしょうについてお願いに参りました。来たる評議院セナートの演説において、その文書を拝借したいのです。ナヴィレザの自由が、歴史と法の上で正当であることを、市民と議場に示すために」


「ほぉ……」

 

 マルチェロの指先が、椅子の肘掛を小さく叩く。


「なるほど……その前にひとつ。お尋ねしてもよろしいかな、セラフィーナ嬢。貴女はその"紙切れ"に、一体何を託そうとして居られるのか?」

 

「“紙切れ”などではございませんわ、マルチェロ殿。そこには、かつてサンクリューフェイン王国がナヴィレザの自治独立を正式に認めた署名、そして『一方的な支配再開は条約違反である』と明示した条文が記載されている筈です。これは、法に則った自由の証明なのです」


 言葉に力が籠り始める。

 

「先ほどの会合で、マルチェロ殿もご覧になったでしょう。自由を望む風が、多くの貴族の胸の内に吹き始めております。わたくしはただ、それが誤りではないと……そう、伝えたいだけなのです」


「……お見事。まるで上質なオペラを観劇している気分ですな」


 マルチェロは片手をひらりと掲げ、まるで演目の幕を引くかのように言った。


「だが……政は情熱では動きませぬぞ、セラフィーナ嬢」


 氷のように冷たい声音だった。


「貴女の語る理想がいかに麗しくとも、それを真に信じる者がどれだけ存在するのか? それこそが肝要なのです。そして“ナヴィレザの民意”とは、演説で喚起されるものではなく、民の代表たる貴族の投票で……評議院セナートでの票決を以て証明されるべきもの。逆に申せば、証明できぬ民意など、存在しないのと同じです」


 セラフィーナの眉がわずかに動いた。

 マルチェロはゆるりと椅子から立ち上がると、背後の壁へと向き直る。そこには、天秤と書物と羽ペンを象った家紋が静かに掲げられていた。

 

「それに……仮に“風の魔術師”とやらが王都カリオーネの差し金であったとして。その時、基本憲章きほんけんしょうが一体どれほどの効力を持ちましょうか? 法の力が絶対ならば、そもそも魔術師がナヴィレザに牙を剥く事などなかった筈では?」


 その声は壁にぶつかり、鈍く反響する。


「もっと言えば、先ほどご自身が星影の会堂(ステロンブラ)で仰ったように、黒幕が王都カリオーネかどうかも断定はできません。リュミエールの暴走、魔術師個人の独断、そのあらゆる可能性を否定できぬ以上……貴女の訴えは、憶測に過ぎぬ危うさを孕んでおります。そんな不確かな思想に、我がルザニアの紋章が入った"歴史の声"を託す訳には参りませんな」

 

 しん、とした沈黙が降りる。だがセラフィーナは立ち上がり、毅然とした声音で言葉を放った。


「……仰る通りかと存じます、マルチェロ殿。ただ、……それでも。基本憲章きほんけんしょうは、わたくし達自由を求める者にとって、未来を切り拓くための楔なのです」


 マルチェロがゆっくりと振り向く。


「楔、ですか」


「そうです。楔とは、ただそのにあるだけでは意味がありません。いつ、どこで、誰が打ち込むか。その巡り合わせによって、初めて大きな価値を生むのです! わたくしは信じております。ナヴィレザが大きく揺らぐ今こそが、正しくそれを打ち込むべき時なのだと!」


 その声には揺るぎない確信が込められていた。だが――


「……ご立派な信念ですな」


 マルチェロは微笑を湛えたまま、歩を進める。

 セラフィーナを通り過ぎる瞬間、ちらとその横顔を見下ろしながら言った。


「ですが私は、……その“巡り合わせ”にこそ疑義を抱いております。はっきり申し上げると、貴女が基本憲章きほんけんしょうを、議場での支持を得るための“道具”として誤用されるのではないかと、懸念しているのです」


 マルチェロは再び彼女と向き合い、厳かに告げる。


「『記録する者は、常に中立でなければならない』――これは、ルザニア家の誓いです。我らは"中立"を信条とし、愛しい過去を正しく記し、尊き未来へと伝える家系です。ナヴィレザの行く末は、市民達が決め、選び取るもの。ルザニア家はその愛すべき足跡を見届けるだけなのです……どうか、ご理解のほどを」


 それは交渉の終焉を明確に告げる言葉だった。セラフィーナは視線を伏せ、唇を噛み、静かに一礼する。


「……本日は貴重なお時間、誠にありがとうございました。わたくしの未熟、どうかお許しください」

 

「いやいや。本日のご演説、まことに見事でありました。胸を打たれましたぞ。信念を掲げる者の姿ほど、人の心を動かすものはございませんからな」


 マルチェロは微笑みを浮かべたまま、背後の家紋を背にして静かに椅子へ腰を落ち着けた。だが、その口調にはどこか距離があった。


「――もっとも、その演説が本当に民を正しく導くかどうか。それはまた、別の話です。答えは今ではなく、“歴史”が証明するものです。我がルザニアはその傍観者として、責任をもって見届けさせていただきましょう」


 それを合図に、軽やかな指の鳴音が部屋に響く。すぐに、応接室の扉が控えていた従者の手によって開かれた。

 セラフィーナはもう一度、静かに頭を下げると、扉の外へと歩を進めた。カイウスとセバスも無言で後に続く。

 

 扉が後ろで閉ざされ、重い静寂が落ちる。


 三人は石造りの回廊を並んで歩いた。

 高窓からは午後の光が差し込み、かかる薄布のカーテンを柔らかく揺らしている。その向こうには、白壁の建物が連なる星々の街区(セレスティーク)の街並みが、光に溶けるように広がっていた。

 けれど、その風景の美しさとは裏腹に、セラフィーナの足取りは重く沈んでいた。


「……マルチェロ殿の仰ることは、全くもって正しいですわ」


 ぽつりと落ちた声に、後ろを歩くセバスが静かに目を向ける。


「マクシミルと王都カリオーネとの繋がりは、確たる証拠こそなくとも、輪郭が浮かびつつあります。けれど……魔術師との関連は、決定的な糸が見つからない。そこが繋がらなければ、わたくしの主張は……ただの憶測に過ぎません」


 その声音には疲れが滲んでいた。焦り、そして何より、自責の色が濃く宿っている。


「……証拠もなく旗を掲げれば、わたくしはただの扇動者。激情で民衆を煽り、理想を語るだけの偽善者に成れの果てる……その末路は、悲惨なものでしょう」


 小さく息を呑み、彼女は歩幅を落とした。

 そんな彼女に寄り添うようにして、カイウスがゆるく肩を竦めながら口を開いた。


「……何も言わずに安全地帯に居座り続けるやつと、信念を持って言葉にして行動に移すやつ。どっちがマシかって話だな」


 セラフィーナがふと足を止め、カイウスを見上げる。カイウスはまっすぐ前を向いたまま、言葉を続けた。

 

「前者は何も変えられないし、何も生まない。アンタは後者だ。少なくとも、何かを変えようともがいてる。傷付き、悩んで、痛みに耐えながらも、この街をいい方向に、少しづつ確実に前に進めてる。俺は……そっちの方が、ずっとマシだと思う」


 飾らない言葉。彼なりの誠意だった。


「それに、状況は極めてシンプルだ。証拠がないなら探せばいい。"王都の差金である暗殺者、風の魔術師が、自治独立の象徴であるヴァルシェ家の令嬢を狙った"――それさえ立証できれば、全ての線が一本に繋がる。……むしろ、やることがはっきりしてて助かるまである」


 冗談のような口ぶりながら、目は笑っていなかった。背後で、セバスも小さく頷いたのが気配でわかる。

 セラフィーナはしばし無言で立ち尽くし、やがてふっと笑った。


「……カイウス様。貴方は本当に……」


 肩の力が抜けていくのを感じる。

 不安も迷いも、すべてが晴れたわけではない。

 けれど、胸の内の澱がひとつ、取り除かれた感覚があった。

 

「……そうですわね。臨時会合だけでも、本日は十分な成果がございました。基本憲章きほんけんしょうこそ得られませんでしたが、立ち止まっている時間など、わたくし達には残されていませんもの」


 そう言って彼女はゆっくりと歩を進める。


「さあ、ヴァルシェ邸に戻りましょう。これからの戦略を、改めて練り直さねばなりません。……道中、お願い致しますね、頼りになる"杖"さん?」


「いや、道順はアンタの方が詳しいだろ……俺が出来るのは、精々荷物持ちぐらいだぞ」


 くすりと笑う彼女の横顔に、先ほどまでの翳りはなかった。カイウスとセバスが目を合わせ、無言で頷く。

 三人の影が午後の陽に照らされながら、長く、真っすぐに、石造りの回廊の奥へと伸びてゆく。


***


 ――その様子を、ひとりの男が見つめていた。


 応接間の扉の陰、光の届かぬ柱の影に忍び立っていたのは、ルザニア家の濃紺の従者服を纏った青年だった。

 気配を消した立ち姿は、まるで壁の一部のように自然で、誰の視線にも引っかからない。

 男はわずかに身を傾けると帽子の鍔を静かに下げ、廊下を歩き去る三人の背をじっと見据える。


「……"自由派"の蝿どもめ。独立基本憲章どくりつきほんけんしょうにまで目をつけるとはな」


 その呟きは、風さえも掠めぬほど低く冷たい。


「……急ぎ、マクシミル様にご報告をせねば」


 唇の動きは最小限。気配すら乱さず、彼はすぐさま踵を返す。

 そして次の瞬間、彼の姿は音もなく回廊の奥へと消えた。そこに立っていた痕跡すら、最初から存在しなかったかのように――

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