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とある傭兵の放浪譚 ー流離の傭兵、寂しがり家な少女と共に世界を巡るー  作者: フルツ好き男
第一章 豊穣の村と赤髪の少女

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1-2. 異変、そして出会い

 湿り気を帯びた夜風の中、カイウスとエルンは奥まった一角へと歩いていた。村の喧噪はすでに遠く、道中、会話はほとんどない。エルンの足取りはどこか硬く、何か言いかけては飲み込む仕草を繰り返した。


 まもなく、古びた屋敷が現れた。割に大きく、外壁の隅々まで漆喰を施した重厚な造りだ。農村でここまでするのは珍しい。漆喰塗りはどうしても手間と金が掛かる。普通は火元周りだけで済ませるものだ。目を凝らせば、手の込んだ彫刻の梁や柱も見栄えがいい。なるほど、いかにも村の長が住む家屋である。


「村長、夜分にすみません。例の件で話をしてほしい人がいて」


 エルンが鉄環を控えめに鳴らす。ほどなく、立て付けの悪い扉がギィと呻いた。


 現れたのは、白髪交じりの壮年の男だった。がっしりとした体格に、緩みのない深い眼窩がんか脹脛ふくらはぎまで隠す紺のチュニックは、縫い目は細かく染めも深い。


 男の視線がカイウスの頭からブーツの先までを一息に走る。値踏みをする眼差しだ。一方のカイウスはというと、決して身綺麗とは言えない風体ふうていだった。ノルヴィアまでも短い旅ではない。マントは変わらずほつれを残すし、ウールの脚衣には泥跳ねもある。


 だが飾り立てない外見そとみが逆に良い印象を与えたらしい。金品目当てに略奪を働く無法者ではない――少なくとも、そう判断されたようだ。


「……なるほど。相応の人物とお見受けする」


 目利きに適ったとばかりにカイウスが名乗りを始める。


「初めまして。カイウス・ヴァンデル、傭兵です。主に護衛や随行任務を請け負っています。ノルヴィアにも行商人の護衛で、今日の夕刻に着きました」


「村長、この人すごかったんです! さっきかぜ壺亭つぼていで喧嘩があったんですが、スルスルっと間に入って、気迫だけでその場を収めたんですよ!」


 興奮するエルンを、男は鍬の胼胝べんちで盛り上がる掌で制した。


「カイウス殿か。私はオルド・グレイヴ。ノルヴィアの村長を努めている。実のところ、手を貸してもらいたいことがあってな。内容は……そう、穏便とはとても言い難いが」


 そう言うと身を引いた。


「どうぞ、中へ。立ち話で済む話にはなりますまい」


 カイウスとエルンは静かに頷き、木戸の内へ足を踏み入れる。


 そのまま奥の一室に通された。見たところ、どうやら応接間らしい。中央には年季の入った木製の長卓。それを挟むように背付き椅子が列を並べる。片面に五席ずつ、合計十席。村会にも使う場なのだろう。卓上には会議録めいた紙片がいくつか残されていた。

 壁棚には分厚い帳簿と村の鳥瞰地図。余り使う機会には恵まれないのか、儀礼器具は埃を被っている。しかしそのどれもが整然と配置され、オルドの几帳面な性格が垣間見えた。


「内密な話には、ここが丁度いいだろう」


 促されるまま二人が腰を下ろすと、オルドも向かい側に座を取った。


「先ずはご足労いただき感謝する、カイウス殿。本来なら世間話の一つでもしたいのだが、状況も差し迫っている。早速本題に入りたい」


 短い前置きが終わった。静寂がいやに耳に残る。


「……村の北西。麦畑の奥に森があるのはご存じだろうか」

「ええ、まぁ」

 北西に限らず、ノルヴィアは森に囲まれている。


「ここ一月ほど、その森の様子がどうにもおかしいのだ」


「……おかしい、と言いますと?」


 カイウスの問いにオルドは重く腕を組む。身を守ろうとする本能的な動作だ。


「元々あの森は、人里を警戒してか肉食獣は棲みつかん。リスやウサギにシカ、草食動物ばかりでな。猟師にとっては安全な狩場だし、他の者にとっても憩いの場だった。だがこの一月で、突然動物の死骸が見つかるようになったのだ。しかも……」


 不自然な間が開くが、カイウスは続きを促さない。


「……どれも普通の死に方ではない。喰いちぎられ、潰され、裂かれ、暴虐の限りを尽くされていた。それこそ、目を背けたくなるような惨劇だった」


「獣害、ということですか?」


 そこでようやく相槌を入れる。しかしオルドは首を左右に振った。


「いや、それだけでは説明がつかない。問題は現場に残された“痕跡”だ、カイウス殿」


「痕跡、ですか?」


「そうだ。成人の男が丸ごと収まりそうな窪みが、地面にいくつも並んでいた。……まるで、巨大な何かが暴れ回ったかのように」


 語り口に震えが混じり始める。


「極めつけには、周囲の大木も根こそぎ薙ぎ倒されていた。斧を振るっても半日はかかるような木がだ。狩人たちも、一人としてその正体は見ていない。しかし、その痕跡だけで口を揃えて言うのだ。『これは、俺たちの敵う相手じゃない』、と」


 示し合わせたように鎧戸よろいどがぎしりと軋んだ。妙に不安を煽る音が厭わしい。


「それで……私に何を?」

 とは言え、おおかたの察しはついていた。原因不明の異変に、巨大な力を思わせる痕跡。農村の手には余る事態だ。相手取るには、それなりの腕が要る。


「……調査を、依頼したい。異変の正体を突き止めて頂けないか」


 やはりそう来たか。討伐ではない辺り、カイウスですら梃子摺ると踏んだのだろう。


「無闇に兵を出せば、村中に不安が広がる。だが確証さえ得られれば、近隣都市へ正式に派兵を要請できる。……これは手練れであるカイウス殿にしか、任せられぬ事なのだ」


「……報酬は?」


「エルン。例の袋を」


 エルンが慌てて麻袋を差し出した。口を解けば、金属が犇めき合う音が広がる。アルジェ銀貨にフェル銅貨が、ぎっしりだ。数字にめっぽう疎いカイウスですら分かる。ヴォルトの護衛報酬の倍以上はある。調査任務にしては、破格の額だ。いくらノルヴィアが豊かな農村とはいえ、この額を揃えるのは容易ではない。


「支度金として一部前払いも可能だ。ただ……命を懸けて頂く任務になる。調査のため森に入り戻ってこなかった者も、すでに少なくはない」


 おまけに前金もアリときた。――本気だ。カイウスはそう確信した。

 世間は傭兵を"ならず者"と呼ぶ。事実、己の欲だけに忠実に生き、餓狼のように各地を駆け廻っては、罪もない村で略奪を演じる輩のなんと多いことか。詰まるところ、それは的を得た評ではあった。


 だが、カイウスは違った。彼は出来る限り実直に生き、人の役になろうと努めてきた。そして何より、"人を殺めない"。この矜持に至るまでの過去は語ると長い。ともあれ、剣を振るうなら「世のため、人のため」と譲らなかったし、割に合わぬ商隊護衛を生業にしたのも、その信条ゆえだった。


「……どうか――」


 ――前向きに検討を。続く言葉を待つ必要もないとばかりにカイウスが頷いた。


「分かりました。その依頼、引き受けましょう」


 オルドの目が見開かれる。


「……よ、よいのか? 命の保証もないのだぞ?」


「えぇ。人よりも獣を相手にする方が気が楽なので。今夜は宿で休んで、明朝からさっそく動き出します」


「こ、これは頼もしい……! 宜しくお願いしますぞ、カイウス殿!」


 オルドが声を弾ませる。憑き物が落ちたような笑み。この一月、笑う余裕すらなかったのだろう。ぎこちなく持ち上がる強張った頬は、どこか不慣れで不恰好だ。  


 だが、その笑顔は長く続かない。一瞬で時が止まったかのように固まり、オルドは一息で表情を正した。そして視線を卓上の蝋燭へ落とす。


「……一つ、忠告をさせて欲しい。無いとは思うが、今回の異変――“セキジュウ”の奴が関わっているやもしれん」


 瞬間、応接間の空気が張り詰めた。


「……失礼。その"セキジュウ”とは?」


 聞き慣れない言葉にカイウスが眉をひそると、オルドは唇を真一文字に引き結んだ。


「……カイウス殿も、道中目にされたであろう。外れの丘にあるノルヴィアを象徴する御神木、いのりの大樹たいじゅを」


 ――あの木か。荷台から遠景に望んだ巨木。中央から引き裂かれた樹幹と、むくろのような不気味な佇まい。ヴォルトは「原因は分からない」と言っていたが、内心では落雷にでも当たったのだろうと踏んでいた。


「ええ。ずいぶん痛ましい有り様でした」


「……六年前のことだ。あれは、その赤い獣……"赤獣せきじゅうが引き裂いた。奴自身の、尋常ならぬ怪力でな」


 そこからオルドの説明に熱が籠る。


「それから間もなく、この村を未曾有の飢饉が襲った。あれは引き裂された女神様の怒り、天罰だ! そして結果、罪もない多くの者が飢え、苦しみ、果てには命を落とした! 奴は、赤獣せきじゅうは! このノルヴィアに二度と招いてはならぬ、"忌むべき災害"なのだ!」


 目は見開かれ鼻は膨み、声は荒れて唾も飛ぶ。怒りと憎しみはもはや隠すつもりもない。しかしカイウスは耳を留守にしていた。思考はすでに別の場所に向いている。


 いのりの大樹たいじゅ。初めてみる大きさだった。恐らくノルヴィア固有の樹種なのだろう。あの、人獣の力では到底及ばぬはずの巨木を――。

 

(……たった一匹の“獣”が裂いた、だと?)

 

 ぞわりと、冷たい汗が背筋を這う。そんな事があり得ぬものか。もし出来るとしたら――そんな沈思ちんしが、空想の神獣もかくやという化け物の姿を結ばせる。剣のような爪を振り回す熊。家屋すらを押し潰す角鹿。悉くを蹂躙せんとする虎――いずれも体毛は、血を染めたように赫かった。


「その赤獣せきじゅうとやらが今も森にいて、動物を食い荒らしていると?」


「……確証はない。追い払われた恨みで復讐に出たのかも知れん。だが、現場には獣の足跡が残っていた。奴ならそんなものは"残らない"。だから違うとは思うのだが」


「……? 大樹を裂くほどの獣ならば巨大な足跡が残るのは自然です。地面に残された窪みが赤獣せきじゅうのものという可能性は、十分あり得ますよね?」


 むしろその方が筋が通る。カイウスは同意を促すが、しかしオルドは首肯しない。むしろ一瞬はっと息を詰めると、しまいには気まずそうに目を伏せた。


(なんだこの反応は……?)


 明らかに何かを誤魔化している。カイウスは小さく首を傾げた。オルドの口ぶりは、足跡がある事を「赤獣せきじゅうではない証拠」のように捉えていた。しかし獣であれば、とくに大樹を裂く大きさともなれば、否が応でも穿つような足跡は残る。先ほどの"痕跡"とも繋がるではないか。


「オルド殿は赤獣せきじゅうの実物をご覧になったことは? 大きさ、特徴、種別。どんな些細な情報でも、あれば対策を立てやすい。熊か虎かでは戦い方も変わりますからね」


「そ、それは……」


 オルドはまた黙り込み、母親の叱りを待つ少年のように身を縮めた。それは良いのだが、困ったのは眉間の皺が「これ以上は喋らぬ」とありありと語っている事だ。


 しょうがないな、と視線を横へと移す。しかし隣に座るエルンもまた、唇を噛み締め、手が白むほどに拳を強く握り締めていた。まるで何かを必死に押し込めるように。


(この二人……何を隠している?)


 虚飾の気配もなかった二人が、ここにきて揃って不慣れな嘘を吐こうとしている。知られたくない“何か”があり、問いを重ねれば崩れる可能性があるのではないか。だから二人して踏み込まれる前に口を閉ざしたのだ。胸に堆積した違和感は、もはや疑念に変わっていた。


 だが、今は踏み込むべきではない。ここで不用意に詰めれば二人、それどころか村全体との取り返しのつかない亀裂に発展するかも知れない。それは勿論、カイウスの本意でもない。問い詰めるにしても、材料が足りない。しかしこの様子ではこれ以上の情報は引き出せまい。然るに、答えに手を伸ばすのはまだ早い。――そう。今は、まだ。


(まずは情報だな。与えられないなら、自分で拾う。現場へ行き痕跡を確かめる。不審があれば……その時だ)


 椅子の脚が床を擦ると、カイウスが静かに立ち上がる。


「いずれにせよ、依頼は承りました。経過は適宜報告させていただきます。ぜひ吉報をお待ちください、オルド殿」


「あ、あぁ……宜しく頼みますぞ、カイウス殿」


 カイウスは一礼で応えると応接間の出口へと向かう。扉の取手に手を掛けると、ふと思い出したかのように振り返った。


「……失礼。ひとつだけ、宜しいでしょうか」オルドとエルンがはっと身構える。


「前金を、少しだけ頂けますか。恥ずかしい話ですが……かぜ壺亭つぼていのシチュー、先ほどは味わずにかき込んでしまったもので」

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