敗者は思う
鼓の桜杯は二回戦敗退という結果に終わった。
「さて、今回は負けちまったわけだが、まだ大会は続いてる。それに台はいくつか空いてる。どうする? そっちに参加するか?」
「いや、今はそういう気分じゃないや」
「そうか。だが参考にはなる。見学だけでもしておくといい」
「うん。そうするよ」
そう言って鼓は敗退者たちが戦っている台へと向かった。
「彼、へこんでたね」
鼓を見送った九条先輩が呟いた。
「まあ無理もないだろう。期間は短かったが毎日練習してたし、うちのサークルの事情のことも考えると、この結果はあまりにも残念なものだ。まして最後があんなにあっけないとなれば、ああもなる」
次田先輩が冷静に答えた。
時間は十二時を回り、そろそろ一時になるというところだった。
「先輩方、時間もいいですしそろそろ昼食にしませんか?」
「あっ、もうこんな時間かー。じゃあそうしようか。次田君もそれでいい?」
「ああ。問題ない」
「じゃあ俺鼓を呼んできますね」
台で遊んでいる鼓に声をかける。丁度試合が終わったところだった。
「おーい、鼓。そろそろ飯にするぞー」
「あっ、うん。分かった」
対戦相手に挨拶をしてこっちに来る。
「結局プレイしたんだな、お前。」
「うん。見てたらやりたくなっちゃった」
「そうか。まあお前らしいな」
俺たちは駅付近の定食屋に向かった。
「一試合目は最初に残機を先行されて、どうなるかと思ったけど勝てて良かったよ」
鼓が試合を振り返る。
「隙の少ない攻撃を軸に動いていたし、要所要所でステップもとれていた。本当によくやったよ」
「俺はゲームの制作で練習には付き合えなかったけど、説明会のときに比べて動きが良くなったのは分かった。それだけで努力が窺えたよ」
「本当にね。特に最後、受け身をとって反撃したときは、私も心の中でガッツポーズしちゃったよ」
皆口々に感想を述べあう。
「二回戦目もさ、最初の崖の読み合いを制したのは結構満足してるんだ。そこからはあんまりうまくいかなかったけど、一回は撃墜できたし十分でしょ。まあ最後はあっさりやられちゃったけど……」
空気が重くなる。
「僕、負けちゃったんだよね……。結構頑張ったんだけどなぁ」
鼓の目には涙が浮かんでいた。
食事を終えた俺たちは駅で解散することにした。
「いやー、いきなり泣いちゃってごめんなさい」
「気にしないでいいよ。泣きたいときは泣いて、それで泣き止んだらゆっくり進めばいいんだから」
九条先輩がフォローする。
「そうだな。感情は我慢するよりきちんと表に出す方がすっきりするし、共有できるならそれに越したことはない。誂え向きに俺たちがいるしな」
次田先輩も優しく告げる。
九条先輩と次田先輩は同じ方向で、俺と鼓とは別方向だった。
電車内。九条、次田サイド。
「次田君さ、鼓君に期待してた?」
「正直に言うとしてなかったよ。この二年で大海を知ったし、自分達の小ささも嫌というほど味わった。だから今回も無理だと思った。それはお前も同じじゃないのか?」
「確かに私たちが井の中の蛙だったことは知ったけど、それでも私は期待してたよ。三度目の正直って言うしね」
「そうか。お前はそっちを信じたか。俺は二度あることは三度あるの方を信じた。そして当たった」
「でも少しは外れてほしかったんじゃない?」
「さあ? どうだろうな」
「ふふ、そっか」
「何笑ってんだよ」
「別に―」
鼓、蘇我サイド
「あそこで勝てたら準決勝だったのになー。負けるにしてもそこまでは行きたかったなー」
「そうだな。もうちょっとだったな」
俺はぶっきらぼうに答える。
「何か冷たくなーい?」
「あー、あんまり苦い記憶には触れない方がいいかと思って」
「別に気にしないよ」
「そうなのか?」
「うん。今回は負けちゃったけど、夏には日本大会があるでしょ。参加資格がなくなったわけじゃないから、そっちに切り替えて頑張らないとなって思って」
「そうか。強いんだな」
「まだまだだよ。だからこれからも練習付き合ってよね」
鼓は無邪気な顔でそう言った。
「ああ。そうだな。そういう話で俺はこのサークルに入ったんだもんな」
そうは言ったが、俺の顔は暗いままだ。確かに鍛えるとは言った。それに関して手を抜くつもりはない。だが、今回の事で自信がなくなった。優勝できるくらいに鍛えてやりたいし、練習には付き合う。だが、今の俺はそれに適しているとは言いがたい。もう俺は全盛期ほどの力を身につける事は出来ないのだから。