方針
「鼓は俺が鍛えます」
「本当に⁉ 本当に来てくれるの⁉」
九条先輩は「信じられない」という顔だ。
「えぇ、入ります。そして鼓を鍛えてこのサークルに勝利を届けます。それに差し当たってまずは桜杯の優勝を目指しましょう」
ひとまずの目標が決まり、入会届を提出した。
「ところで鼓、もうエントリーは済ませているのか?」
「まだだよ」
「そうか、大会の説明もしたいし、今エントリーするぞ」
「うん。分かった」
そういって鼓は自分のパソコンを開き、エントリー画面へと進む。
「桜杯は年に四回開催される、四季杯の一つだ。特に、春に開催される桜杯は、日本大会の前に行われるもので、注目も大きい。実質、日本大会の予選みたいなものだ。当然出場者も強者揃いだ。試しに出場者を見てみろ」
パソコンの画面に映る出場者を指さす。そこには既にエントリーを終えた十名の名前が表示されていた。
「この“ロンギヌス”って人は前大会の優勝者で、世界大会にも出場するレベルの強い人だ。他にも“ドス餅”は持ちキャラなら日本トップレベルだし、“畳の民”はカウンターがやたらと上手いことで有名だ」
鼓の表情がだんだん硬くなっていくのが分かる。
「お前はこの人たちにも勝たなきゃいけなくなる。桜杯までは三週間くらいだ。期間は短いが、とりあえずやるだけやるぞ」
翌日。
「クラファミには色々テクニックがある。ステップ、キャンセル、受け身、etc。勝利を目指すならどれも必須のものだが、特に重要なのはステップと受け身だろうな。ステップは間合い管理やキャンセル、反転攻撃にも繋がる基礎の技術だ。受け身は文字通り、吹っ飛ばされないように受け身をとるものだ。これが出来ないと、コンボを受けやすくなるし、崖からの復帰も阻止されやすい」
「その二つなら名前は知ってるし、受け身に関してはたまにだけどできるよ」
「“たまに”では困る。確実にできるようになれ。特にお前はまだ弱く、攻撃を受けやすい。それなのにたまにしか受け身がとれないのでは、早期に撃墜され、試合が終わる。現に俺と戦ったときは一分くらいで終わっちまっただろ?」
「うっ、それはそうだけど……」
「特に三点目はひどかった。あんな崖際にいては、吹っ飛ばしてくれと言っているようなものだし、飛び道具を食らっても、受け身をとれていればその後の攻撃も食らわなかった」
「まぁまぁ、駄目だしはそのくらいにしてそろそろ教えてあげたら?」
今まで傍観を決め込んでいた九条先輩が口をはさんだ。
「そうですね。というか今日は次田先輩いないんですね。」
「交流会でやるゲームの制作をしたいって言ってたよ。あと一ヵ月くらいだから、そろそろ本腰を入れたいんだって。だからしばらくは来れないってさ」
「そうですか。やっぱりあの人は真面目ですね。さて、今日はステップのやり方からだな」
「うっす。お願いします」
相変わらずこいつは元気だ。
「ステップは移動スティックを弾くだけのものだ。そうするとキャラが一瞬だけ走る。そして走り終わるまでに他の行動を入力することで、少し滑りながら攻撃ができたり、即座に反転して攻撃することができる。あと、ステップ中にもう一度ステップをすることもできる。このステップ中にステップを入れられることが、ステップの本領だと俺は思う。これによって駆け引きがより生じる。とりあえずやってみろ」
そう言って促す。カチッとスティック弾く。これは問題なくできた。しかし、ステップを複数やろうとすると、ステップではなくダッシュになってしまっている。
「うーん。難しいな―」
「前方向へのステップは出来ている。問題は前から後へのステップだな。前方向に弾くよりも動きが大きくなる。だからできていないのだろう。器用さの問題だな」
「うへー、僕不器用なのにー」
「まぁやっているうちに慣れるだろう。それとステップは、技に繋げる場面が多いから、もっと指をグネグネ動かすことになる。基礎くらいは早く出来るようにならないとな」
「うん。頑張るよ」
さすがの鼓も今回は消沈気味だな。
「実戦でやるのが一番上達する。モチベ維持の意味も兼ねて今回は九条先輩と戦ってもらった方がいいだろう。九条先輩、お願いできますか?」
「いいよいいよ! かわいい後輩の成長のためだもん。私にできることは何でも協力するよ!」
フットワークが軽いところはありがたい。九条先輩にコントローラーを渡し、二人が座るソファーの後ろに立つ。
試合開始。開始直後、鼓は前へ後ろへステップを繰り出す。だがやはりぎこちない。ステップを踏むことに意識が持っていかれて他の行動が出来ず、逆に隙だらけになってしまっている。
「さっきも言ったが、ステップは間合い管理以外にも攻撃に繋げる行動だ。ただステップを踏むだけでは意味がないぞ」
「そうはいっても、いきなり慣れていないことはできないよー」
ふむ。確かにそうだ。
「じゃあ今はステップを意識しつつ、敵が近づいた時は攻撃しろ。ダッシュ攻撃だけになってもいい。とにかく同じ動きばっかりにならないように、行動の択を増やせ。実戦においてステップは動き続けて、こちらの行動を読ませない役割もある」
「それ、私に聞かせちゃいけないでしょ」
九条先輩は苦笑しながらも、ガードするか避けるだけで反撃はしない。鼓が混乱しないように、あいつのレベルに合わせているのだろう。勧誘のときは少し引いたが、落ち着いているときはこんなものなのか。小さくてもサークルの長ということか。
「じゃあ鼓君。今度は私が近づいたらガードしてみようか」
「はい!」
認め始めた矢先に勝手なことを言い出した。
「なっ、急に指示を変えないでくださいよ」
「蘇我君。鼓君は多分、攻めるより守る方が得意なんだと思うよ」
「なぜ、そう思うんです?」
「一昨日君と戦ったとき、三回中二回攻撃を中心にしていたけど、あっさり負けていたでしょ? それに今も攻撃しようとしても上手くできていないみたいだから。もしかしたらって思うんだ」
「なるほど。確実とは言えませんが、可能性はありそうですね……。鼓、お前自身はどうなんだ? 攻めと守りどっちがやりやすい?」
「僕は守りの方がやりやすい、かな?」
「……そうか。なら守りの方で方針を固めよう」
「うん。そうするよ」
俺は見えていなかった。あの戦いで確かに鼓は攻めの姿勢をとっていた。だからその方向が得意なのだと思った。しかし九条先輩は見えていた。俺は少し下唇を噛んだ。そして少し体温が上がるのを感じた。
一通り練習が終わりサークルの終了時間が迫った。
「もう時間です。今日はこのくらいにしましょう」
俺は二人に終わりを告げる。
「あっ、もうこんな時間なんだ。ゲームやってると時間経つの早いね」
鼓はまだ余裕がありそうだった。最初は消沈気味だったのに、もう回復したのか。
「鼓君は元気だねー。私はさすがに疲れたよー」
「お疲れ様です。今日は練習に付き合っていただきありがとうございました。明日もよろしくお願いします」
俺は先輩に感謝の言葉を伝える。
「いえいえ、かわいい後輩のためだもん。これくらいなんとでもないよ」
先輩は疲れたといいつつ、態度に出すことはしていない。今日一日でこの人に対する評価がだいぶ変わった。この人なら信頼してもいいのかもしれないと、そう思ったのだった。