理由
放課後。サークル棟三階ゲームサークル室。
「はい。確かに受け取りました」
その日入会届を提出してたのは鼓だけだった。
「うーん。やっぱり蘇我君は来てくれないのかなー」
九条先輩は不満そうにつぶやいた。
「僕、今日の昼に蘇我君と話したんですけど、たぶん来てくれないと思います。僕が余計なことを言っちゃったから……。ごめんなさい」
「いや、君のせいじゃない。彼は説明会の参加だけと言っていたのだろう? だから君のせいじゃない。それに昨日は九条がいきなり迫ったから、よけい引いちまったんだろう。」
次田先輩は鼓を庇う。
「えー私のせい?」
「可能性の話だ。というか昨日の件を抜きにしても、お前はデリカシーが無いんだよ。そんなんじゃせっかく入った後輩が逃げるぞ」
「そんなー」
「はは、大丈夫ですよ。僕は逃げたりしませんから。ここの雰囲気好きなので」
「おー、なんとよくできた後輩なのでしょう」
九条先輩はそう言って鼓を撫でた。
「それに比べて、次田は冷たいねー」
「黙れ」
「おぉ怖」
夫婦漫才のようなやりとりが繰り広げられた。
団らんの声が漏れる部屋に、ガラリと音を立て異物が混じり込む。
「失礼します」
その声に九条先輩と鼓が注目し、驚愕の声を上げた。
「「蘇我君⁉」」
「まさか君も⁉」
九条先輩は歓び交じりにそう続けた。
「入るかどうかは話を聞いてからです。九条先輩。あなたは昨日とても興奮しながら俺を勧誘していましたよね? そして、我がサークルに勝利を、とも。それにこだわる理由はなんですか?」
もしこれが悪意ある理由なら、俺は即座に踵を返そう。
「このサークルってさ、大学設立当初からあるサークルなんだよね」
九条先輩は今までにないほど真面目に、重々しく説明を始めた。
「最初のうちは部活もサークルもそんなに多くなかったし、大学自体有名でもないから、そもそもの人数は少なかったんだよ。でもその分質は良かったみたいで、初代サークル長はゲーム制作のコンテストで大賞を受賞したくらいなんだよ。それから四年くらいは、大賞ほどではないけどいくつかの賞は受賞できたみたいで、このサークルも盛り上がってたみたい。でも年々他のサークルや部活に人は流れたし、質も下がっちゃったんだって。現にここ数年は、コンテストに出ても賞は取れてないし、大会に出ても一回戦で敗退してばっか。私がここに入ったのはそんな時だった。先輩からそんな話を聞いた私はどうにかしたいと思った。せっかく自分の居場所を見つけられたと思ったから。だから私はこのサークルに注目を集めるために、クリエイターとしてコンテストに何回も出た。けど駄目だった。先輩や次田君も協力してくれたけど受賞することは出来なかった。勿論プレイヤーとしての大会にも出た。でも、本戦で勝てるほどの力はなかった。いろいろやってるうちに私は三年になって、先輩たちも就活に時間を割くために退会しちゃった。今じゃ会員は私と次田君だけで崩壊寸前。私も来年からは就活があるから大会とかには出られない。だから今ここでこのサークルを盛り上げる必要があるの。それには勝利という、人目を惹く実績がどうしても必要なの」
堅い空気を少し和らげ、俺の目を見て話を続ける。
「そんな時に、君を見つけた。本当に何故かは分からないけど、ピンと来たんだ。この子はきっとこのサークルを救ってくれるって。だから私は君を誘った。まぁ結果は断られちゃったけど。……理由は以上だよ」
「そうですか」
思っていた以上に大変な状態らしい。勝利を欲する理由も切実だった。であれば、こちらも相応の態度を示すべきだ。
「俺はこのサークルに入り、日本大会の優勝トロフィーを届けます」
九条先輩は嬉しそうな顔をした。
「ただし、大会に出るのは俺ではありません。鼓に出てもらいます」
皆驚いた表情をしている。それもそうだろう。あの流れなら、自分が大会に出ると思うのが普通だ。
「と言っても鼓の今の実力では日本大会はおろか、桜杯の優勝すらできないでしょう。だから俺が鍛えます」
こうして俺はゲームサークルに入会することにした。