リンドウ
「君、リンドウじゃない?」
その質問で一瞬場が凍った。さっきまでギャンギャン喚いていた鼓も、後ろで観ていた九条先輩も、その他の観覧者も、全員が押し黙ってしまった。そして、その重々しい空気を裂くように鼓が声を発した。
「リンドウって誰?」
「えっ? 君知らないの?」
その問いに呆れつつも九条先輩が説明を始めた。
「リンドウっていうのは、一昨年開催された、第十三回クラファミ世界大会勝者よ。あれ以来何の情報もなく、死亡説までささやかれていたんだけど、まさかここにいるとは……。」
「えっ、それ凄いじゃないですか? でもそんなに有名ならなんで初対面の時に分からなかったんです?」
当然の疑問に次田先輩が答える。
「普段リンドウは眼鏡とマスクをしてプレイしていたし、SNSの類もやっていない。髪も今より伸びていた。ただ、声質から若いことだけは判明していたんだ」
「説明ありがとうございます。補足しておくと、眼鏡は伊達で髪はウィッグです」
「じゃあその眼鏡も伊達なの?」
「いえ、これは目が悪くなったので、かけることにしたんです」
未だ驚きを隠せないサークル室の空気を再び裂く者が居た。九条先輩だ。
「それより君リンドウなんだよね⁉ なら是非ウチに来て柱になってよ! 今度スマフレの日本大会があるから、それに出て我がサークルに勝利を‼」
場違いなほど興奮した様子だった。正直ちょっと怖い。
「せっかくのお誘いですが、お断りします。そもそも俺は説明会にだけ参加すると言ったはずです」
「そこをなんとか」
断り切れずにここまで来たが、その一線は越えるつもりはない。どうしたものかと考えていたところ、次田先輩が止めに入った。
「もういいだろう九条。そいつは大会に出て優勝までするやつだ。そんな奴が断るってことは、それなりの理由があるんだろう」
察しが良い人だ。九条先輩とは違った恐ろしさを感じる。
「では俺はこれで」
そう言って俺は部屋を後にした。
翌日。食堂で食事をしていた俺の正面に鼓が座ってきた。
「やあ、ここにいたんだね。学部が違うから授業も違うし、そうなると昼食を摂る時間も変わってくるでしょ? だから今日会えるか不安だったんだよ。蘇我君は文学部だったよね?」
「あぁ、そうだ。」
俺は暗いトーンで鼓の明るいトーンに返す。こっちは一人でいたいんだよ。察しが悪いな。
「今日君を探してたのは聞きたいことがあるからなんだ。昨日、次田先輩はああいってたけど、どうしても気になるんだ。なんで君ほどの人がゲームサークルの加入を拒むのか。差し支えなかったら教えてくれないかな?」
「……。」
俺は逡巡した。昨日は、次田先輩がとめたから話さなかっただけで、聞かれたら答えるつもりだった。とはいえ、言わなくても済むなら確かにそれに越したことはないのだ。迷っていると鼓が謝った。
「やっぱりだめだよね。ごめんね。デリケートなこと聞いちゃって……。なんか暗くなっちゃったね。話変えようか。」
鼓は慌てた様子で話を変えた。
「僕今日の講義が終わったらサークルの入会届出すんだ。そして今月末のスマフレの桜杯に出場するよ。だから蘇我君には応援に来てくれると嬉しいな~、なんて。ってあんまり話変わってなかったね。ごめんね。席、移動するね」
そう言って立ち去ってしまった。
そうかあいつは大会に出るのか。昨日戦った感じだと優勝は無理だろうな。それどころか一回戦で負ける可能性の方が高い……。
俺はこのままでいいんだろうか。曲がりなりにも世界チャンピオンである俺が、無謀な戦いに身を投じる同年代の知人を放っておいてもいいのだろうか……。決めた。俺は放課後、ゲームサークルの部屋に行く。