逢觴大学
「さぁ、崖際の攻防を制するのはどっちだ⁉ リンドウか? ジルコンか? おっとここでリンドウ動く! 投げてからの怒涛の空中コンボ、そしてぶっ飛ばし! 第十三回クラファミ世界大会勝者はリンドウ! 若き才能が世界を舞台に花咲いた―‼」
ピピピピとアラームが鳴る。うぅんと唸りアラームを止める。四月一日。大学の入学式の日だ。暗い視界の中俺はふらふらと席に着き朝食を食べる。身支度を整え学校へと向かう。登校中の車内では、同じ大学に通うであろう人たちの声が聞こえる。今では入学前にSNSを使い友達を作るのは当然の様だ。だが俺にはそんな必要はない。テキトーに通ってテキトーに講義を受け、無難な企業に勤められればそれでいい。そんなことを考えると、プルルルルとドアが閉まる合図が鳴った。タッタッタと足音が近づく。
「はぁはぁ、乗ります!」
スーツを着た男が走ってきた。若さからして俺と同じ入学生だろう。バスではなく電車なのだから、叫んだところで意味はないだろうに。走ったせいで汗をかいている。これから入学式だというのに……。まぁ関わらなければ良いだけの話だ。
そして学校に着き、しばらく待機したら式が始まる。
「新入生の皆さん、本日は誠におめでとうございます。逢觴大学を代表して、皆さんのご入学を心より歓迎いたします。さて、これから新入生の皆さんは夢に向かって学んでいくことになります。その途中、自分の無知や無力を感じ、挫けそうになることもあるでしょう。しかし、どんな時でも道はあるものです。辛いときほど笑顔で前を向く、というのは無理かもしれませんが、視線を変えてみることは良いことです。俯いたまま歩いては危険ですし、道の分岐にも気がつけません。気が付いた時には一人では進めないところにたどり着くかもしれません。ですが、そんな時でも誰かは見ていてくれるものです。誰かは救いの手を差し伸べてくれています。それを忘れないで下さい。きっとあなたは大丈夫です。最後に、逢觴大学の益々のご発展と、御臨席の皆様のご健勝をお祈りし、本日御入学された皆様が充実した学生生活を送られますように祈念致しまして、私からのお祝いの言葉とさせていただきます。本日は誠におめでとうございます」
学長の式辞が終わった。当たり障りのない言葉だ。そんなことテレビやネットで散々言われていることだ。それになにより、今の俺には夢などない。どうでもいいことを聞かされるこちらの身にもなってほしいものだ。
その後粛々と式は終わった。学力テストや校内案内、ガイダンスを受け帰ろうとした時部活、サークル勧誘の声が聞こえた。
「野球部でーす! 本日13時から説明会があるので来てくださーい!」
「弓道部です! 道場で実演やってまーす!」
「チラシだけでもおねがいしまーす!」
鬱陶しい。キラキラしたもの見せやがって。お前らは未来に希望を持って仲間とつるんでアホらしい日々を過ごすんだろうな。虫唾が走る。そんなことを思っていた時だった。
「むむっ。君ゲームの世界に興味はないかい?」
「ありますあります。楽しいですよね、ゲーム。昨日も集中しすぎちゃって深夜まで遊んじゃって、今日ギリギリになっちゃったんですよ」
というやりとりが聞こえてきた。聞き覚えのある声と、ギリギリになったという内容から、電車のときの男だと分かった。関わるつもりはなかったが、一際声が通っていたので思わず振り向いてしまった。そして、
「おっ、そこの眼鏡君もどう? 楽しいよ、ゲームサークル。ウチは遊ぶだけじゃなく、ゲーム作成もできるんだよ。13時半から説明会があるんだけど、どう? どう?」
と話しかけられてしまった。
「いえ、結構です。俺は部活やサークルに入るつもりはないんで」
と断ったが
「いや、そんなことはないね。そうじゃなきゃ、こっちを見たりしないでしょ。それに私のゲーマーとしての勘が言っているんだ。君はゲームと関わってきた。それもとても深くかかわってきていると」
困惑していると、電車の男も話しかけてきた。
「あっ。君同じ電車に乗ってた人だよね。今時珍しくスマホをイジってなかったから覚えてるよ。僕はこのサークルに入ることにしたんだ。君も一緒に入ろうよ。」
面倒だ。なぜ、まだサークルに入っていない同期にまで勧誘されなければならんのだ。しかし、このまま断り続けてもしつこく勧誘されるだけだろう。仕方ない、説明会にだけ行ってそこで断ろう。
「分かりました。説明会にだけ行きます」
「ありがとう! サークル棟の三階にサークル部屋があるから、時間になったら来てね」
面倒なことになったものだ。
「ねぇまだ時間あるし少しお話しない? 僕は鼓友也。芸術学部だよ。よろしく!」
「蘇我歩だ。」
こうして俺の大学生活は暑苦しい始まりを迎えたのだった。
時間を潰した俺たちはサークル棟へ向かった。
逢觴大学サークル棟三階ゲームサークル室。参加していたのは俺と鼓だけだった。
「お二人とも御入学おめでとうございます。私サークル長の九条長恵です」
閑散とした空気の中、ゲームサークルの説明が始まる。
「逢觴大学は生徒の自主性を重んじる自由な大学です。その校風が効して我々のような、いかにも遊びという内容のサークルが存在しています。我がゲームサークルではゲームをすることはもちろん、ゲームの作成の方も行えます。そんな我がサークルの理念は楽しむことです。遊ぶだけ、作るだけ、その両方。いずれもOK。楽しめているのならそれが一番です」
勧誘のときのハイな印象とは違い、挨拶や説明は真面目だった。少し驚いた。
「また、当サークルではデジタル以外にもボードゲームやカードゲームなどアナログなものも扱います。ゲームに貴賎も境界ありません。また、私たちは大会にも参加しますが、これもデジタルアナログ問わずです。」
九条先輩は楽しそうにそう語る。
「そして、他の学校との最大の違いですが、当サークルでは希望者は逢觴幼稚園へお邪魔して子どもたちと遊ぶことができます。いわゆる交流会があるのです」
そんな疲れることは絶対にやらない。
説明が終わり帰ろうかと席を立った時声をかけられた。
「君来てくれたんだね。実をいうと、あの後バックレられるんじゃないかって不安だったんだー。ありがとうね。改めて自己紹介するね。私は九条長恵。サークル長だよ。ちなみに今パソコンを片付けてくれているのが、副サークル長の次田勝巳君。なにかあったら私か次田君に言ってね。二人とも普段は工学棟にいるから」
「ただの口約束ですけど、行くと言ってしまったので来ただけですよ。それと俺はもう帰りますので」
「あぁ、待って待って。そんな冷たいこと言わないでさ、ちょっとだけでも遊んで行ってよ。ほらクラファミとかどう? ね? ね?」
鬱陶しい。走り去ろうかと考えていたが、鼓のやつまで引き留めてきた。
「そうだよ、蘇我君。一戦くらいしてくれよ―」
「そうだ、そうだ、一戦くらいしてあげなよ、蘇我く~ん」
なんだこのウザいコンビは。昼に会ったばかりだというのに距離感が近すぎる。
「嫌ですよ。というかなんで二人はそんなに俺に固執するんですか?」
「ゲーマーの勘」
「あっ、じゃあ僕もそれで」
呆れた。こういうやつらには、もう何を言っても無駄だろう。
「分かりましたよ。本当に一戦だけですよ?」
そんなこんなで一戦することになってしまった。なんでこんなことになったんだか。
「じゃあ次田君、準備お願い」
「はーい」
眼鏡をかけた男性が準備をしてくれる。九条先輩と違って真面目そうな人だ。次田先輩が準備をしているなか、九条先輩と鼓はお喋りをしていた。
「鼓君はどんなキャラ使うの?」
「僕はロマンや読み合い要素があるキャラを使いますね」
「あぁいいよね、ロマンキャラ! 私もロマンが好きで重量級のキャラを使うんだよ! 外せば隙だらけ、当たれば大ダメージ、重い一撃をいかに当てるか。やっててワクワクするよねー」
「分かります。分かります」
そんな無駄話をしている間に準備が整ったようだ。
「お待たせいたしました。準備出来ましたよ」
「おっ、できたか。ありがとう」
平坦な台のステージで、三点先取制のルールなら慣れているし、さっさと終わらせよう。そう思い、左側の席に着きコントローラーを手に持つ。
一点目、突っ込んできたところを、飛び道具で浮かせて、空中攻撃をし、最後にステージの下へ押し出す。二点目、じっとガードを固めているところを掴んで投げて、空中コンボをし、最後に吹っ飛ばし撃墜。三点目、崖際で暴れているところに飛び道具を当て、ダウンを取り、二回小突き、最後に吹っ飛ばして撃墜。
試合時間は一分と数秒しか掛からなかった。
「じゃあありがとうございました」
礼を言って帰ろうと思う俺の肩に手をかけ鼓は嘆願した。
「ちょっと待って。もう一回、もう一回だけお願い」
「いや、一戦だけって話でしょ」
そう言って立ち去ろうとした俺の前に次田先輩が立ちはだかる。
「何ですか? 先輩もやれって言うんですか?」
「いや、俺はただ確認したいことがあるだけだよ。」
「確認したいこと?」
「鼓君の崖際の暴れに対する処理の仕方といい、年齢といい、声といい、まさかと思うけど、君リンドウじゃない?」
嘘をつくこともできたが、俺は嘘は好きじゃない。だからここは正直に答えることにした。
「はい。そうです」
そう、俺はリンドウ。第十三回クラファミ世界大会優勝者本人だ。
何年か前に書いたものをこちらにも投稿したいと思います。
それまでに次回作を書き始めたい所存。