8話 駄作
─side 美波─
店長に着いて行った場所は、協会の地下。灯りは壁の蝋燭しかない為、かなり薄暗い。
一番前には舞台の様な物があり、沢山の蝋燭で囲まれている。
開始時間が迫っているからか、地下には何十人も集まっていた。全員白い着物なので、暗い室内と相まってかなり奇妙な光景だ。
「……この人数は多いんですか?少ないんですか?」
店長に小声でそう聞く。
神殺会合なんてものは全く以て知らないし、正直余り興味もないが、来てしまった以上無関心ではいられない。
正直早く帰りたいとは思うが。
「どの代もこんなものよ〜。一応多い方ね〜。それと、呼ばれたら強制参加よ〜」
店長も私を気遣ってか、私の耳に顔を近づけて小声で言った。
強制参加、ということはこれで大体全員ということか。複数の神と敵対する意思があるかはわからないが、そうであるならこの人数は余りにも少な過ぎる。
『人間は神に勝てない』という固定概念があるのは当然かもしれないが、この業界ではそんな固定概念をひっくり返してこそ強くなれるものだろう。私がおかしいのだろうか?
「始まるまで暇だな」
「この暗さで本は読めないからねぇ」
「せめて椅子が欲しいわ〜」
「今回の会合はかなり急だったからな。朝六時に知らされて七時に開始は前代未聞だぞ」
「朝ごはんも用意してたのを少し食べたぐらいですからね」
「叩き起こされたかと思えばタクシー代わりにされたボクの気持ちわかるかい???」
「いつも助かってるわよ〜」
「…………まあ転移の呪具は全員分予備まであるんだがな」
「今何か聞き捨てならないことが聞こえたんだけど後でちゃんと教えてくれるかなレイ」
「そんな早口でよく噛みませんね」
「そこは突っ込む所ではないと思うぞ」
小声でそんな茶番を繰り広げていると、一人の男と一人の少年が舞台に上がる。
その瞬間、全員が口を閉ざし、姿勢を正して男を見る。
私たちもそれに倣って男の方を向く。
「……?」
二人の顔に、どこか見覚えがあった。でも、具体的な人物は思いつかなかった。
まあいいか、と思考を振り払う。
男は室内を見渡すと、厳かに口を開いた。
「予定よりも早いが、皆集まった為、『神殺会合』を開始する」
全員の顔が強張った。十六夜の四人はいつも通りだけれど。
「先ずは、開催が急になったことを詫びよう。本当に申し訳ない」
男が深々と頭を下げる。
協会はそこまで腐敗していない様だ。腐敗していたらどうしてやろうかと思っていたが、その考えは不要だったな。
ざわざわ。ひそひそ。
「?」
室内が騒然とする。流石に会話は聞こえないが、皆困惑している様に感じる。
すると、レイさんが少し屈んで私に耳打ちする。
「あいつは柊慈闇。処刑人の最高責任者だ。勿論それ相応に強い。隣のは天月柄裂。柊の補佐官だ。二人とも冷徹だの非情だの言われてる」
「柊さんの方はまともで誠実そうだと思いましたけど」
「ま、青月は柊家や天月家自体知らないからな。その上他人を見た目や喋り方で差別しないだろ」
柊、天月。聞いたことのない家だ。どこかで見たような気がしたが、気のせいだろう。意外と顔が似ている人間は多くいる。既視感のある顔でもおかしくはない。
それにしても、柊家はかなり有名なようだ。正直興味なんてないので聞いていても忘れているかもしれない。
室内がある程度静かになると、柊慈闇が再び口を開く。
「今回集まってもらったのは、神霊教団の痕跡が数多く見つかったからだ」
その言葉に全員が驚愕し、口を開こうとする。
「黙れ」
が、天月柄裂が少し前に出て一喝する。中々覇気がある少年だ。意味はないが私も口を噤む。
「……それを聞いた時は喜んだが、どうにもおかしい。奴等は狡猾だ。一度に沢山の痕跡を残したことなど今までになかった」
「そこで、痕跡が見つかった場所を一つ一つ丁寧に調べてみたんだが……」
言うべきか言わないべきか悩んでいるのか、言葉に詰まったまま目を震わせている。
「…痕跡、が見つかった、周辺、は」
数秒後、覚悟を決めたように、躊躇いながらも言葉を紡ぐ。
それは、私にとって無視できない事実だった。
「………1200年以上前に、『神殺し』が死んだ場所だ」
「………は?」
誰かがそう漏らした。誰かはわからないけれど、私でないのは確かだった。
「…驚くのも無理はない。だが、様々な者に調査をしてもらった結果だ。偽りはない」
「我々は、そこで何かが起こったのではないかと睨んでいる。神霊教団の手札もわかっていない以上、下手に動く訳にはいかない」
「皆に、情報と意見を求めたい」
室内が静まり返る。誰も何も言わない。
神霊教団をどれだけ調べてみても、その特異性は全くわからないのだから、情報なんてある訳がない。
どうして『神殺し』が死んだ場所に痕跡が多く残っているのかすら、見当がつかないのだから。
でもこのままだと話が進まない。目立ちたくなかったが、仕方がないか。
すっ、と静かに右手を上げる。
「ひとつ、聞きたいことがあるのですが」
全員の視線が私に集まる。……注目されるのは苦手なのだが。
「っ!…聞こうか」
「『神殺し』が死んだ場所で、何かあったのですか?」
ちらり、と驚いた顔の店長が私の顔を見た。店長は私の事情をある程度把握している。
……勿論、私と神殺しの関係も。
「………『神殺し』が死んだ森の奥が、更地になっていた」
やっぱり。そう言いそうになるのを堪える。
周りは騒然としているが、それを無視して口を開く。
「この世界は実に不思議なものです。例え千二百年以上前に死んだ人間であろうとも、積もり積もった感情が客観的事実を塗り替えてしまうのですから」
「『神殺し』が妖怪となって復活したとでも言いたいのか」
「そうは言っていません。ですが、そういった可能性も考えた方が良いという話です」
生き返ったのかもしれないし、感情によって新たな妖怪が生まれたのかもしれない。実際、似たような事例は過去に何度も確認されている。
『神殺し』が本当に死んでいたならば、後者の方があり得るだろう。死後妖怪に転じたにしては、流石に時間が掛かり過ぎている。
「まあ、『神殺し』が関わっているかはわかりませんけどね。『神殺し』は既に過去の人間。地形だって変わっているでしょう?でしたらただの偶然という可能性もありま──むぐっ」
話している途中で、四人に口を塞がれる。何故四人同時に?なんて思うが、余りにも顔が必死だったので、取り敢えず抵抗せずにされるがままになる。
「しーっ!しーっ!世間知らずなのはわかってるけどちょっと黙ってて!」
「それ以上はこの場で言っては駄目だ!」
「後でちゃんと教えてやるから今は大人しくしてろ!」
「ごめんなさいね〜!この子最近まで箱入りだったから知らないのよ〜!」
あ、まずい。鼻も塞がれているから息ができない。
四人の腕を軽く叩き抗議する。
「むー!むー!」
「こら!暴れるな!」
だが慌てていて気づいていないのか、拘束は弱まらない。無理矢理拘束を解くことはできるが、怪我をさせてしまうかもしれない。
ぽこぽこと腕を叩く。
「むーー!むぅー!!」
本当に息が苦しくなってきた。少し目眩がする。
仕方がない、ここは霊術を使って──
「息ができなくなっているぞ」
口を覆っていた手がなくなり、目一杯息を吸う。
「あ、普通にごめん」
少し間の抜けたシロさんの謝罪に怒る気力も失せてしまう。
四人の手をどかしたのは、天月柄裂だった。近くで見ると余計に幼く見える。まあ、童顔かつ小柄だから少年に見えるだけで、実際は成人しているのだろうが。
熟練、とまでは言えなくとも、相当な場数を踏んできている。今でさえ私たちを警戒し、周りの一挙手一投足を見逃さないようにしている。たった数年程度で身につくものではない。
「助かりました」
「………」
天月柄裂はじっ、と私を見て、呆れたように溜め息を吐く。
「『神殺し』が死んだ場所は様々な霊術で何重にも封印が施され、入ることは叶わない。そこが更地になったということは、その封印も破られたということだ。外から破ろうにも監視の目がある。監視者によれば内側から破られたそうだ。つまり貴様が言ったことが事実である確率が非常に高い」
無表情な顔に似合わず、饒舌に話す天月柄裂。
ふむ、複数の封印術。そんなものがあったのか。それならば『神殺し』が蘇ったと考えてしまうのもわかる。
しかし。
「その監視者に間者がいたとは考えないのですか?教団ならば囮で痕跡を残すぐらいするでしょう」
「呪具等を使って拷問した所、奴等にとっても予想外のことだったようだ。囮とは考え難い」
「……そうですか。ありがとうございます」
私がそう言うと、天月柄裂は再び舞台に上がり、柊慈闇の隣に立つ。
何故か皆の視線は私に集まっており、殺気立っている。私は何かおかしいことを言っただろうか。目立つのは苦手なのに。
それから数分、ずっと沈黙が続いた。
その沈黙の間私はずっと注目されていたが、かと言って何かされたりなどはなかった。舞台上の二人でさえ私を見つめているものだから、話が全く進まない。
なんなんだこいつらは。神霊教団について話し合うんじゃなかったのか。こんなことで時間を無駄にするな。阿呆なのかこいつらは。時間は有限だというのに何も話し合いせず私の観察などして何になる。せめて会合が終わってからにしてくれ。今日は非番だったから調べものをしようと思っていたのにこんな無駄なことで時間を失うだなんて思ってもみなかった。
柄にもなく苛々としてしまう。四人は私を隠そうと私の周りを囲う。その優しさが嬉しくて、余計に苛々してしまった。
もういっそのこと、死なない程度に全員斬り倒してしまおうか。
いや、それでは迷惑を掛けてしまう。
「……話さないのであれば帰ります。こんなことにこれ以上無駄に時間を消費する訳にはいきません。あなた方もこんなことに時間を消費するぐらいなら鍛錬でもしてはどうですか?そんな簡単なこともわからないからあなた方は弱いままなんですよ斬り倒すぞ」
最後に殺意と本音が乗ってしまった。時は金なり。話し合いならば真面目に参加するが、こんな意味のわからないことに付き合うぐらいならば全員と戦う方が余っ程有意義だろう。
これだけ言っても駄目ならば本気で斬り倒す。
刀の柄に右手を掛け、左手で鞘を押さえる。
数秒の沈黙。
「よし。美波、殺れ」
「承知」
愛さんからの了承も得たので刀を抜く。
「「「待て待て待て待て!!」」」
シロさん、レイさん、唯さんが慌てて私の前に立ち、拘束しようとする。
「大丈夫です。致命傷で留めますから」
「やめて!?新たな伝説を作ろうとしないで!?愛も了承しないで殺そうとしないで!!」
「いつもの喋り方が消えているぞ、唯」
「やかましい!!…ちょっとそこの柊は笑ってないで止めなさいよ!?」
「ふっ……いや…まさかこうなるとは…!くく…!」
「はあ……」
柊慈闇が何故か爆笑しだし、周りの者も苦笑いしている。
なんなんだ一体。頭の中が大量の疑問符で埋め尽くされていると、腹を抱えながら笑い涙を浮かべた柊慈闇が話し出す。
「悪いね。昔っからこういう慣例なんだ。反抗的な者はただ何も言わずに全員で見つめる。どうして出来たかは知らないけど、多分その人の精神力を見極める為なんだろう」
成る程。悪趣味な慣例だ。絶えてしまえそんな慣例。
布面で顔は見えていないだろうが、今の私の顔はあからさまに不機嫌な顔になっていると思う。
「私の時は罵倒だったがな」
「まあ〜、愛は霊力がないもの〜。気に入らない人は多かったのよね〜…………そのせいで伝説になったけど…」
ぼそっ、と遠くを見ながら呟く唯さんに首を傾げる。伝説とは一体何があったのだろうか。
愛さんの顔を見てみると、何事もなかったかのように口を開く。
「むかついたから全員張り倒して帰った。何人か重傷だったそうだがすぐに復帰していたから大丈夫だろう。刀は抜かずに鞘で殴ったから誰も死んでいないぞ」
すると、半数が顔を青褪めて顔を逸らす。相当暴れたのだろう。それなのに何故まだこんな慣例が残っているのか。
「何度も協会に撤廃の指示を出しているのだが、聞き入れられなくてな。上の御仁たちは『神殺し』に対して盲目が過ぎる」
「愚かですね」
本当に呆れる。最早怒りすら覚えてしまう。
『神殺し』はただ戦っていただけ。誰かに称えられたかった訳じゃない。全てが独り善がりだったのに、どうしてこうも英雄扱いされているのだろう。
「まあ、これからは定期的に会合を開催することになっている。今は情報が殆どない。くだらないことでも情報をくれると助かる。それでは俺は寝たいので解散!!」
「ぶちまけ過ぎだ馬鹿たれ」
『こんと』の様なやり取りで神殺会合は終わった。
ぐだぐだかと思えばあっさりと終わったり、終始締まらない会合だった。
「嗚呼、本当にくだらない」
似たようなことを、『昔』経験したことがあった。
きっと皆、それに感化されてしまったのだろう。だからこんなに質の悪い物語みたいになってしまっている。
消えたものは戻ってこない。変わってしまったものが元に戻ることはない。
それなのに、どうして。
どうして、忘れてくれないの。