7話 夢と涙
「美波」
ダレもイナいはずノ空間で、コえが響く。
「これが現実だよ」
やめて。どうして。どうしてあなたが。どうしてこんなことを。
こエがデナイ。ドウシテ。
ワタシノセイ?ワタシガウマレテキタカラ?
嗚呼、殺さないと。
殺さないと。殺さないと。殺さないと。殺さないと。
殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
死んで罪を償え。
『─────!』
それこそが唯一お前に許された道。お前は生まれてはならなかった。
『────ん!』
死ね。死んでしまえ!さっさと死ね!!
「──ちゃん!」
死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!!!!!!
「美波ちゃん!!」
ガン、と耳を劈く。
白色が、私を覆った。
◇◇◇◇◇◇◇
─side シロ─
ぱちり。
美波ちゃんが目を開ける。その目尻には、薄っすらと涙が浮かんでいる。
「やっと起きた!随分と魘されてたけど、大丈夫かい?」
美波ちゃんはボクを見てぱちぱちと瞬きをして、急いで起き上がろうとする。顔色も酷いし、なんだかフラフラとしていて危なっかしい。
これはダメだ、と思い、美波ちゃんの肩を抱き、体を支える。
「…ど…して……こ、こ…」
どうしてここに、と言おうとしたんだろう。でも口が渇いているのか、掠れた声しか出ない。
肩を抱いた手の甲に、冷たい雫が落ちる。
美波ちゃんは少し俯いたまま、ぼうっとどこかを眺めている。
まるで、心が壊れているかのように。深海のような青色の瞳に、光なんて宿っていなかった。
「店長に教えてもらったんだよ。これから皆で『神殺会合』に出ることになっちゃってさ…」
「……なんですか…それ…」
「…そっか。美波ちゃんはさすがに知らないか」
自分の表情が暗くなるのがわかる。美波ちゃんは俯いていて見えないだろうけれど、今ボクの顔を見たら心底ビックリするだろう。
『神殺会合』
各地の名だたる処刑人たちが妖呪協会本部に集まってする会合だ。
この会合の特徴は、神々や神霊教団が大きな動きを見せたときに対策を講じる為の、滅多にされない会合であるということ。
そして、神すらも殺せる処刑人しか呼ばれない。
神殺会合に呼ばれることは処刑人にとって最大の名誉であり、全ての処刑人の最終目標でもある。
つまり、『神殺会合』を知らない処刑人なんて、いる訳がないのだ。
この子は一体、何者なんだろうか。この子の事が、益々わからなくなる。
「神を殺せるぐらいつよぉーい処刑人が集まって話し合いする場だよ」
「……わたしも?」
「うん。顔を隠してもいいからさ。参加はしなきゃ」
「………ぎめい」
「いいよ。意味はないけどね」
「……ふく」
「会合での正装はあっちで用意してくれてるから」
「……じかん」
「あと30分だよ。何かお腹に入れて着替える時間ぐらいはあるだろう?」
「………ごはん、たべる」
そう言って、のそのそと布団から出ていき、襖を開けて出ていった。
美波ちゃんはいつも敬語で、単語だけで会話するなんてこともない。見た目に似合わず落ち着いていて、偶に年寄りみたいな言動もする。
そんな彼女が、まるで子どもみたいな話し方をするだなんて思わなかった。
「………」
右手の甲を見る。落ちた雫はもう乾いていて、美波ちゃんが泣いていた事実はもう消えてしまった。
一体どんな夢を見ていたのだろう。
魘されていたということは、余程の悪夢を見ていたはずだ。
『こ…ろす……おまえは…もう……じゃない……し…ね…しね……しね…』
時折、美波ちゃんの目が淀んでいるように見えてしまう。昏い感情を溜めて、押し込めているような、そんな感じがしていた。
けれど、何も聞けなかった。聞いてしまえば、魅了されてしまいそうだったから。
なんとなく、わかっていた。『十六夜』には狂っている者しかいない。ボクも狂っているかはわからないけど。
美波ちゃんは狂っていることを必死に隠そうとしている。誰にも悟らせぬように。誰にも本心を見せぬように。
でも、どうしてもその欠片は漏れ出てしまう。その漏れ出た狂気を見て、暴きたいと思ってしまう者もいる。もしかしたら、美波ちゃんが自分の過去を話したがらないのはそのせいかもしれない。
まさか、美波ちゃんが『神殺し』を嫌っているのは、それに関係しているのか?
「…わからないなぁ」
詮索なんてするもんじゃないな。
美波ちゃんがほったらかしにした布団を畳み、部屋の隅に寄せる。
美波ちゃんの家は、大きな純和風家屋だ。豪邸と言っても差し支えない程の家に、一人で住んでいるとか。
先程着ていた寝間着も、黒色の浴衣だった。
ちら、と今着ている服を確認する。
神殺会合での正装は白の着物。帯も襟も全部真っ白。理由はわからない。
ボクやレイは元々髪が白だから、背景に同化してしまうかも、なんて考えていると、スパン!と美波ちゃんが襖を開けて入ってきた。
勢いよく開けるものだから、そこそこ大きな音が出て、ビックリして肩を跳ねさせる。
「美波ちゃん、どうしたんだい。襖が壊れてしまうよ?」
「………さい」
「……?」
俯いて、肩を震わせている美波ちゃん。何かブツブツと呟いているけれど、なんて言っているか聞こえない。
すると、美波ちゃんが急に顔を上げる。
「さっきのはっ!忘れてくださいっ!!」
大声を出した美波ちゃんの顔は羞恥に染まっており、先程とは違う涙を浮かべている。
思わずぽかーん、として、そして笑い出す。
「ぷっ…あはははは!そんなこと気にしてたのかい!?ふ、ふふふ…!」
「〜〜!!笑うなぁ!!」
てっきり昨日の指輪の件を聞かれるのかと思っていたから、なんだか毒気が抜かれてしまった。
一頻り笑った後、美波ちゃんに正装を差し出す。
「取り敢えず、これに着替えてね。布面もあるから、着けたいなら着けときなよ」
「ぐっ…………誰にも言わないでくださいよ!」
「わかってるって」
そう言って、一旦部屋から出る。
こまめに掃除しているのか、廊下の隅にすら埃がない。
お昼ごはんは毎日お弁当を持参していて、冷凍食品を使わずに凝ったお弁当を作っている。店長も副店長も料理が苦手で、真顔で作り方を教わっていた。
料理が得意なレイも隣でおかずの作り方をメモしていて、美波ちゃんが余程の料理上手であることは明白だった。
休憩中に自分の服のほつれを直していたり、やることがなくなった時は店の掃除をしていたり。この広すぎる家の掃除も一人でやっているのだろう。
そんな美波ちゃんにも、勿論苦手な事がある。それは機械操作だ。
スマホもパソコンもダメ。今でも、急に電気を付けたり音を出したりするとビックリするぐらい機械に疎い。というより世間知らずと言った方が正しいのだろうか。
まあ、副店長も同じぐらい機械操作が苦手なので、そこまで気にすることではないのだが。
そんなことを考えているとそっと襖が開き、真っ白な着物を着て布面を着けた美波ちゃんが出てきた。
いつもは髪の毛の一房だけを三つ編みにしているのだが、今日は何も弄っていない。
「刀も白なので真っ白ですね……シロさんとレイさんもそうでしょうが」
「うるさいよ!ほら、さっさと協会に行くよ」
そう言って美波ちゃんの手を軽く握り、協会に転移する。
ボクには空間操作の力がある。結構知られているけれど、防げるものでもないから別にどうでもいい。
一瞬も掛からずに協会の目の前に着く。そこには既に三人が集まっていた。
「あ〜!昨日は大変だったみたいね〜」
間延びした声を上げながら駆け寄ってくるのは、『十六夜』の創設者であり店長の星川唯。
ショートの黒髪。茶色の瞳。一見平凡に見えるけれど、その実は副店長と共に処刑人の頂点に立つ女。どんなに傷を負っていても笑いながら敵に突っ込んでいく凶刃。
名目上は美波ちゃんの親戚である彼女は、何かと美波ちゃんを気にかけている。
「そ〜だ!名前どうするの〜?」
「…………青月、で」
美波ちゃんは少しの間悩み、やがて暗い顔でそう言った。その顔を見て、誰も何も言わぬまま、協会の建物の中に入っていった。
『青月』は、確か美波ちゃんの刀の名前だったな、なんて思いながら。