27話 千秋の執念
─side シロ─
「このっ!」
バチッ!と目の前の空間を叩く。
ここら周辺の空間は何故か乱れに乱れまくっている。だから空間操作能力を持っているボクが衝撃を与え、空間を正常に戻しているのだが───
「廃工場全体の乱れを治せなんて無理に決まってるだろッ!!」
ボクは確かに空間を自由自在に操ることができる。この空間の乱れだって一瞬で治せる。だがその力と変化に裏界が耐えられなくなり、最悪裏界が崩壊する。
そのせいでこんな非効率な方法しか取れない。中で美波ちゃんと千秋ちゃんがどうなっているのかもわからないのに。
美波ちゃんも千秋ちゃんも強い。だけど相手はおそらく酩とやら。唯一の情報源である彩月ちゃんも酩とやらのことをそこまで詳しく知らないと言うし、早く助けにいかなければならない。
「はーっ……はーっ………」
呼吸を整え、ヒリヒリと痛む右腕を振り上げ、振り下ろした時。
───バツン。
「……!?」
右腕に痛みが走る。視線を動かし弾かれた右腕を見ると、無数の切り傷から大量の血が流れ出ていた。
「……………邪魔すんな、ってことかな…?」
どうやらこれ以上は干渉できないようだ。
「2人とも、無事でいてくれよ…!」
◇◇◇◇◇◇◇
─side 酩─
僕の天敵は彩月と鈴だけだと思っていた。彩月と鈴は何者をも喰らう力を持っており、触れただけで喰われかねない。
だがその2人とて、僕が本気を出せば勝てる程度の者たち。僕を圧倒できるとは到底思えない。そして、そんな者が現れるとも思えなかった。
神殺しは確かに強かったが、理を越えたわけではない。というより、理を越えずに僕を41回も殺せる方がおかしい。
そう、神殺しでさえおかしかったのだ。
───なら、こいつはなんだ?
「どうしたっ……!はーっ………再生っ、が、遅くなってる、ぞ…!」
全身から血を流し、息を切らしている千秋。
幾ら斬られようが僕の再生能力が落ちることはない…はずだった。
しかし千秋に斬られる度、魂を喰われる度、再生能力が落ち、とうに消えたはずの痛みが呼び起こされていく。
僕が生まれた世界の神々の遺骸によって造られた刀、理断。頭で思い描くだけで万物を斬り裂くという、あの世界においての最終兵器。
けれどそんな反則技に、何の代償もないわけがない。
「〜〜〜〜ッ!」
理断は固有能力を使わずただ振るうだけで全身の細胞が破壊され、激痛と死を伴う。故に不死身かつ痛覚を感じない僕にしか扱うことができなかった。
だが今の僕は千秋によって痛覚を思い出してしまった。
だが忌々しいとは思わない。むしろ『戦っている』という実感が増し、興奮が抑えられなくなる。
本来なら理断は普段使いするような刀ではない。けれどもう一振りの剣に比べれば、まだマシな部類になるのだ。
「こんっ…の……!なんな、んだよ、その剣……!チート…すぎん……だろっ…!」
神剣、背理。絶大な斬れ味と耐久力を誇り、斬ったモノの霊力や生命力を吸収し、それを新たな能力に変換するという、戦えば戦うほど強くなる剣。理断と違ってデメリットも代償もない、本当の意味での反則。
だと言うのに千秋は『執念』だけで今もなお刀を振るう。
───嗚呼、なんと素晴らしい。
雑念も負の感情もない、純粋な強さへの執念。永遠にも思えるほどの時間を過ごし、様々な世界を巡って様々な者と出会ったが、これほど真っ直ぐな執念は初めてだ。
それに、千秋も戦いの中で進化している。
薄い紫だった髪色は濃く深い紫に。紅色の瞳は深紅に。そして、動きと動体視力。
千秋の目には時間が止まって見えているのだろう。その止まった時間で自由に動けるほど速くなっている。言ってしまえば、時間を超越しつつある。
「───」
すぅ、と千秋が息を吸い、目を見開いた時。
「……は?」
千秋が目の前から消え、首と四肢が斬り落とされる。
「────!」
それは、咄嗟のことだった。条件反射とでも言うべきか。
僕は圧倒的な蹂躙よりも、楽しいと思える対等な戦いをしたい。けれど今の今まで、それこそ生まれた時から、それができたことがない。
ここまで追い詰められたことなんて、初めてだった。
だから、自分が好まないことをした。
背理が得た能力は殆ど使っていない。と言うより背理自体を使っていなかった、と言った方が正しい。
背理のナカに入っている能力は、全て千秋の力を吸って得た能力だ。その能力の詳細は、直接頭の中に刻まれる。
けれどその能力はあまりにも強力で、世界すらも壊しかねない。故に使わないと決めたはず、なのに。
それを使ってでもこの娘を、千秋を殺したいと思った。
千秋が嫌いなわけではない。むしろ好ましいと思ってすらいる。
でも、いや、だからこそ、千秋に勝ちたいと思ってしまったのだ。
「はっ!?」
千秋の間抜けな声が聞こえる。仕方がないことだ。
本来の僕の翼は鴉の翼に酷似している。種族を鴉天狗と偽っても看破されないほどよく似ている。
その翼が僕を包むように大きくなり、羽根の一枚一枚が鏡に変わる。
「───すまないな、東雲千秋。本気で叩き潰させてもらう」
◇◇◇◇◇◇◇
─side 千秋─
本気で叩き潰させてもらう。そう言った酩の姿は異形の一言に尽きるモノだった。
肥大化し、羽根の一枚一枚が鏡になった黒い翼。
縦長になった瞳孔。
刀と剣は酩の体に沈み、酩の額にひとつの目が現れる。
本能が警鐘を鳴らしている。『逃げろ』と必死に叫んでいる。
「…………どこに逃げろってんだ…」
さっきから『空間』がおかしい。これだけ派手に暴れてるのに美波さんには攻撃が届かないし、虫や動物の一匹も見当たらない。ここらを巡回しているはずの処刑人の気配もしない。
つまり酩が辺りに細工をしているということ。なら逃げ場なんてどこにもない。
やるしかないのだ。
「砕け」
酩がそう呟いた瞬間、鏡が私を『見た』
そして───
ドチャリ。
体があっさりとバラバラになり、肉片が地面に落ちる。四肢が切り離されたのではなく、切り刻まれたかのような肉片に変わったのだ。
───まずい。
何とか捻り出した言葉はその三文字だけだった。駄目だ、この『鏡』たちは駄目だ。
この鏡の能力は映したモノを斬り刻むというシンプルなものだろう。しかし酩の羽根全てが鏡になっている以上、その破壊力は火を見るより明らかだ。
酩の魂を喰えれば話は変わるのだが、魂だけの状態で鏡に映ったらどうなるか、なんて考えたくもない。
瞬時に肉体を再構築するが、すぐに斬り刻まれる。激痛に喘ぎ、手慣れたように肉体を再構築し続けていると、馬鹿みたいな対抗策が浮かんできた。
ああ、私は本当に馬鹿だ。でも、今は他に方法が思いつかない。
私はいつだって『強さへの執念』だけで戦ってきた。仲間が死んでも、誰かを助けられなくても、結局行き着く先は『誰よりも強くなる』という野望だけ。そこには憎悪も悲しみもない。
この雑念のない執念こそ、私を歪ませ強くさせてきた要因だ。だったら。
だったらもっともっと執念を強めればいい。簡単なことだ。
この世界の住人は強い感情を以て成長限界を突破できる。けれどその感情と力を制御できなければ、代償として理性と自我なき化け物『怨鬼』に成り果てる。そうなればもう二度と『心』を取り戻すことはできない。
私は『魂が輪廻に還る』という理を超越した代償に、超越したことや抱えていた執念を忘れた。でも、ずっと私の中で燻っていたんだろう。
過去の幻影も、『戦え』と叫んでくる声も、全部私だった。私はそれらに振り回されていたのに、怨鬼にはならなかった。
理由はわからない。ただ運が良かっただけかもしれない。
それでも私は『全て』を賭けて強くなる。そしてこの化け物を、酩という強者を殺してみせる。