2話 短い日常
何でも屋『十六夜』
それは『裏界』唯一の何でも屋。そして、手練れの処刑人が所属している。
しかし、十六夜に所属しているのは、店長を含めてたったの五人。それでも処刑人組織の頂点に位置している。
まあ、全員が癖の強い者たちであるということが難点だが。
ガチャリ。
十六夜の扉を開けて入ってきたのは、いつもの変わらぬ様子の美波。
「ただいま帰りました」
「おかえり、美波ちゃん」
たった一ヶ月で当たり前となったやり取り。妖怪を殺してきた小さな女性に、パソコンから目を離して手をひらひらと振る白い女性。
そして、『救護室』という小さな看板が下がった扉が開き、看板が揺れる。
その中から出てきたのは、シロと同じく白い女性。
夜空の模様のヘアクリップで纏められた白縹の髪。
透き通るような天色の瞳。
色白の肌。
医者と同じ白衣。
黒色のパンプスと黒色のくるぶしまでの靴下。
彼女の名前はレイ。十六夜の非戦闘員であり、救護班。
儚げに見えるが、シロからは「詐欺」と言われている。
理由は、口調だ。
「お、帰ってきてたのか。茶淹れたんだが、お前らも飲むか?」
「ボクはもらおうかな。美波ちゃんは?」
「一杯もらったら次の仕事に行きます」
三つの湯呑みが置かれたお盆を机の上に置くレイ。
ふたりは慣れたように湯呑みを取り、口をつけ、湯呑みを傾ける。
そしてそれぞれ湯呑みを机に置きなおす。
「美波ちゃんは頑張り屋さんだねぇ」
「ほんとにな。頑張るなとは言わんが、疲れたらすぐ休めよ。こまめに水分を摂って、三食きっちり食べること。間食は程々にな」
「ほんっとうに母親みたいなことを言うね、キミは」
「正直間食はしませんね。少食なので、間食すると食事が入らなくなります」
「キミもキミで真面目だねぇ」
机に右手で頬杖をつき、呆れたように言うシロ。
シロとレイは非戦闘員で、ふたりとも裏方に徹している。
対して美波は完全に戦闘員であり、戦闘系の依頼も多いこの店では、新人でありながらトップの業績を誇っている。
そんな美波には、当然ながら謎が多い。
店長である星川唯の遠い親戚として紹介された美波。
しかしどの戸籍を調べても該当する者はいない。
けれども、この店にはそんな者たちしかいない。
謎が多く、癖が強い。たった五人しかいないのに『裏界』でトップの実力を誇っている極小組織。それが『十六夜』という店だ。
パリン!
その音が聞こえると同時に、三人が一斉に椅子から飛び退く。
そしていつの間にか刀を抜いていた美波が二人の前に一瞬で移動し、刀を振るう。
すると、赤い光の粒子のようなものが弾けて消える。
「大丈夫ですか?」
刀を降ろし、少し振り返ってそう問う美波。
シロは顔を少し引き攣らせる。
この世界には『霊力』と『霊術』というものが存在する。
『霊力』とは神の力の源であり、この世界の根幹を成すものでもある。
そして、『霊術』とは神の力の一端。
神には及ばずとも、神の力を使うことができる。
今美波が斬ったのは炎の霊術。刀に霊力を纏わせ、刀が炎に触れた瞬間に相手の霊術に干渉し、霧散させたのだ。
簡単そうに聞こえるが、他人の霊術に干渉するなど『人間』にできる領域ではない。
まあ、一瞬の出来事を瞬時に理解したシロも規格外なのだが、そのことに気づく者は『十六夜』にはいない。
「襲撃とは、良い度胸をしていますね」
美波は霊術が飛んできた窓に近づく。
窓の外には妖怪が数体いるが、掟破りの妖怪はいない。
「美波ちゃん、返り討ちにするのは任せるけど、殺しちゃダメだからね」
シロは少し圧のある口調で念を押す。
美波は入ってからの一ヶ月間、目を離すと手加減を忘れてしまうことが多発したのだ。
今は手加減を覚えたが、それでも心配になるのだろう。毎日そう言い聞かせている。
「わかっていますよ」
そう言いながら、美波は割れたガラス窓を律儀に開け、窓から飛び降りた。
飛び降りたと言っても、美波たちがいるのは建物の一階。その為、窓から出た、と言った方が正しいのかもしれない。
「さて、片付けるか。窓ガラスの予備は倉庫にあったよな?」
「あ、うん」
「んじゃあ、シロは割れたガラス処分しといてくれ。手ぇ切らないように気をつけろよ」
レイはそう言って、部屋から出ていった。
シロはちらりと窓の外を見る。
外では、美波が刀を鞘に収めて、素手で妖怪を地に沈めている。
今は極一部の者しか知らないが、美波の細身の刀はかなりの重量がある。美波の身長は百五十四センチメートル。体重は四十九キログラム。
刀の種類は太刀。刃長は七十七センチメートルで、外装の重さも合わせると二キログラムを越える。
美波曰く、特殊な鉱石が使われているため、一般的なものよりも重いのだとか。
それを軽々と使いこなし、剰え佩刀したままアクロバティックな動きをする美波の、なんと規格外なことか。
霊術で身体強化を施すことは可能だ。むしろ基礎中の基礎。
しかし、美波は身体強化を施さずに、素の能力で規格外なことをやってみせる。
別に、美波と同じことができる者はいない、なんて言いはしないが、美波は少女とも言えてしまう体型だ。
小柄で線も細く、関係は然程ないが童顔でもある。
そんな『人間』が、あんなに戦闘派だなんて思わないだろう。
「……この状況に慣れているボクも、大概おかしいんだろうね」
シロはそんなことを呟いて、新聞紙を取り出した。
カチャカチャとガラスを集めながら、シロは嘆息する。
「ボクもそのうち、化けの皮を剥がされそうだよ…」
いずれ美波の闇を知ることになるのだが、それは未だ、知らなくていい話。