26話 超越
BOOTHにて電子書籍化しました。
15話まで+日常小話2つを700円で販売しています。
個人での販売ですので見辛いかもしれませんがご容赦ください。
「げほっ…!ひゅー…………ひゅー……」
口から、腕から、足から、胴から、頭から。ぼたぼたと血が流れ落ちる。油断も慢心もしていなかった。だからこそ私はまだ生きている。
あれから何分経ったのだろうか。私は何回この男を殺せたのだろうか。今にも感覚が消えそうだ。
「っ!」
視えない剣撃を刀で弾く。何度も食らっていれば、次はどこにずれるのかわかる。全て根拠のない勘だが、戦いにおいてはこの勘を甘く見ることができない。実際、これのお陰で視えない剣撃を弾けるのだから。
だが勿論男も直接斬り掛かってくる。私の剣技よりも洗練されていて、隙がない。それでも隙を作って急所を攻撃している。
未だ本当の意味で殺すことはできていない。不死身だから当然ではあるが、せめて何か弱点があるべきだろう。
でなければあまりにも理不尽すぎる。
グサリ。
「ぁ…!?」
薄れかけていた意識が、痛みによって強制的に覚醒させられる。どこだ。どこをやられた。全身が痛むせいで全くわからない。
ついに感覚がなくなり、地面に倒れ伏す。もう指先すらも動かせない。
「41、か。やはり惜しいな。僕よりも強いというのに、人間というだけで僕の前に伏してしまう」
男の声が脳を滑っていく。駄目だ。このままでは死んでしまう。動け、動け。
「せめて最後は一瞬で終わらせてやろう」
首に刃が充てがわれる。
霊力もなくなり、体力も尽きた。目線を動かすのでさえ億劫。せめて傷の治療さえできれば戦えるのに。
「ひゅ………………ひゅ………」
引き攣った呼吸音が口から溢れていく。
男が刀を振り上げ、振り下ろす動きが、物凄くゆっくりに見えた。
───ガキン。
紅く染まった刃が私の首に届く直前、金属音が高らかに鳴り響いた。その音を子守唄に、私は深い眠りに堕ちた。
◇◇◇◇◇◇◇
─side 千秋─
「ふーっ……ふーっ………」
ドクドクと煩い心臓。呼吸は荒く、全身の血が沸騰したように熱い。
───走馬灯を見た。
あれは11年前、堕神と対峙した時のこと。
その場にいた処刑人は、強い弱い関係なく全員死んだ。勿論、私も。
なら何故今まで当たり前に生きていたのか。そして何故今生きて、立っているのか。それを、ようやく思い出せた。
「っ、美波さん…!」
倒れている美波さんの肩に手を当てる。まだ温かい。呼吸音も聞こえる。そのまま霊力を流して治療する。
「よし…!」
取り敢えず止血はできた。
立ち上がってしっかりと刀を持ち、酩を見据える。酩は私に弾かれた刀と、血が止まっている私を見比べる。
「貴様ッ、何故生きている!?妖怪化か!?」
状況が理解できたのか、酩は興奮したようにそう叫ぶ。その目に映っているのは興味と歓喜、そして闘争心。
「明確な種族はわかんないんだけどさー……多分妖怪じゃないんだよねー…でも」
種族がわからないのは本当。だけど、ひとつだけ確定していることがある。
「これで、あんたに並べる」
一閃。酩の首を斬る。しかし首が落ちる前に血が凝固し、首がくっつく。
他の妖怪の中にも不死に近しい再生能力を持つ者はいる。だけど斬ってすぐに再生するなんてチートを持っている妖怪は見たことがない。きっと、こいつ以外に存在しないだろう。
ならどうやって倒すか?そんなの決まっている。
こいつが嫌と言うまでだ。
「は…はははははははははははは!!」
酩は、笑っている。一番血塗れで、何度も致命傷を食らっているはずなのに、楽しそうに笑っている。
───はははははははは!弱いのう、弱いのう!
11年前の堕神も、こんなふうに笑っていた。その場にいた処刑人全員を一瞬で薙ぎ払って。
私がその顔を見れたのは、妖怪化したから。あの時に何の妖怪になったかはわからない。それを確認する余裕なんてなかった。
死んで妖怪化した私は、折れた刀で堕神に挑んだ。そこそこ抵抗したと思う。でも、常人を薙ぎ倒せる程度の処刑人が妖怪になったところで、神に勝てるわけがなかったんだ。
───ははははははははははははははははは!!
その笑い声を聞きながら、私は2度目の死を迎えようとしていた。
でも、諦めきれなかった。
私の中でふつふつと湧き出る衝動。それは怒りや憎悪なんてものではなかった。私が妖怪化した時も、怒りや憎悪なんかで昇華したわけじゃない。
強さへの執念。それだけで私は妖怪化した。
だからなんだ、と思うだろう。何かしらへの執念だけで妖怪化した例は私だけじゃない。
私が『異常』へと足を踏み入れたのは、2回目の死がきっかけだ。
あの時も私は走馬灯を見た。その走馬灯の中には、協会の図書館で偶然見た本の記憶もあった。
その本の内容は、魂と輪廻について。
生物には魂が宿っていて、肉体が死んだら『輪廻』と呼ばれる循環器に還る。そこで魂の修復と漂白が為され、また新たな肉体を求めて輪廻の道を通り、どこかの世界の赤子に宿る。
そこで私は考えた。魂が輪廻に還るという理に抵抗したらどうなるのか、と。
我ながら馬鹿げた考えだと思う。
けれど、私はその『馬鹿げた考え』を実現させてしまった。
「私は今までに何度も死んでるんだよ。『魂は輪廻に還る』という理を超越し、自分で肉体を再構築したから、私はここにいる。でも理を無視した代償に、私は自分の死の記憶をなくし、都合の良いように改変された」
時折、私の強さや功績のことで先輩たちや上層部と話が噛み合わないことがあった。十中八九記憶改変の影響だろう。
本来は何回死のうと思い出さないはずだった。だけれど、私が持つ『強さへの執念』はそんな生易しいものじゃなかったようで。遂に代償という名の枷をも無理矢理壊してしまった。だから、思い出したのだ。
そのお陰で、こいつに勝つ方法を思い出した。
「魂喰らい。それが私の、東雲千秋という人間だった者が格上に勝つ方法」
これが、私が忘れていた答え。私は11年前、堕神の魂に喰らいついた。それにより魂が変質し、肉体の性質も変化した。
例えば髪や目の色。私は日本人だから、生まれた時から黒髪黒目だった。けれど処刑人になってから…というより輪廻の理を超越してから髪と目の色が変わってしまった。
髪は薄い紫色に、目は紅色に。裏界との相性の問題だろう、と診断されていたが、本当は魂の変質によるものだった。
「そうか………貴様も僕と同じだったのか」
酩はそう呟き、左手を虚空に翳す。するとその手に漆黒の細剣が現れた。
「この剣は所謂切り札だ。だがこれを使うほど追い詰められたことはない。……全力で殺し合おうではないか」
全力、か。実のところ、私は今の自分の全力を知らない。
だから、この申し出は私にとっても好都合だ。
「後悔するなよ」