24話 護衛と詰み
─side 千秋─
私は弱い。そんなことはとっくにわかっていた。
若い頃は自分が強いと思っていた時期があったが、すぐに傲慢だということを思い知らされた。
確かに私の階級は上から2番目。今の階級になったのは5年前。それまで殉職せずに戦い続けている。
外野から見れば私も充分『強い』部類に入るのだろう。けれど、私はそう思えなかった。
自分より強い相手に挑もうなんて思えないし、極限状態で鍛える、なんて絶対にしたくない。
痛いのは嫌だし、怖いのも嫌だ。死ぬなんて以ての外。変に目立つのも嫌だ。
それなのにこの仕事をしているのは、金払いが良いから。
というのは表向きの話だ。嘘ではないが、それが全てではない。精々全体の1割と言ったところか。
なら残りの9割は何か。それは、過去の幻影だ。
私の家族は至って普通に死んだ。両親は交通事故で、姉は学校でのいじめに耐えられず自殺。
その後祖父母に引き取られたが、その祖父母も病死。中学生で天涯孤独になり、高校でバイトをするようになるまでは両親と祖父母の遺産を少しずつ切り崩して細々と生活していた。
私は元から霊体化した妖怪が見えていたが、『よくないもの』だと本能的にわかっていたので、関わらずに生きてきた。
しかし、体に鎖が巻き付いた妖怪がバイト先の店長を殺そうとしたのを見て、反射的にハサミでその妖怪の脳天を突き刺した。それからトントン拍子に話が進み、私は処刑人になった。
刀を握らされ、様々な訓練をさせられた。すぐに戦場に放り込まれ、死なないためにひたすら刀を振った。努力なんて嫌いだったけど、死なない為には努力するしかなかった。
戦うことになれたある日、数人の処刑人と共に徒党を組んでいる掟破りの妖怪たちを始末しに行った。
私よりも強くて、経験豊富な処刑人たちだった。けれど、結局生き残ったのは私だけだった。
何故なら途中で堕神が乱入してきたからだ。
堕神とはその名の通り堕ちた神。神という身分を剥奪され、狂気に堕ちた哀れな妖怪。そいつに皆殺された。
皆倒されていって、私は恐怖に震えていた。でも、逃げられなかった。死んでいく仲間たちが口々にこう言う。
戦え。
その声が呪いのように頭に響いて離れなかった。死にかけながら刀を振るって、なんとか生還した。
本当は辞めたかった。死にたくなかったから。だけど、『声』はずっと私に戦いを強制してくる。
戦っている間は『声』が聞こえないから、逃げるように妖怪と戦っていた。
そしたらいつの間にか階級が上がっていて、私も大人になっていた。
お金の為と言いながら、現実逃避の為に毎日戦ってきた。
戦っている時の方が楽だから。休みたいとぼやきながらも、自分から仕事を貰いに行っている。
死にかけた回数は自分でも覚えていない。今でも頻繁に死にかける。神を倒したことも何回かある。
勿論神殺会合に呼ばれたこともある。協会のお偉方に直談判して免除してもらった。有名になりたくないし、人付き合いも苦手だから。
そのせいかお偉方の一部に嫌われており、嫌がらせとして難度の高い仕事を送られてくる。報酬が良いので喜んで引き受けて毎回生還している。死にかけることも多々あるが。
今日も嫌がらせの仕事を熟し、メールで依頼完了の報告を終わらせた。
お腹すいたからコンビニに寄ろうかな、なんて考えていたら、左手に持っている携帯が震えた。画面に映されるのは『唯先輩』の文字。
唯先輩とは『死神』の異名を持つ神殺階級の処刑人である。この携帯は仕事用のもので、唯先輩もこの携帯にはプライベートなことで電話を掛けてくることはない。
つまり、私に依頼したいことがあるということだ。
しかし唯先輩は私よりも強く、その上ツテも沢山ある。何故私に…?なんて考えながらも応答ボタンを押す。
「処刑人階級甲、東雲です」
『十六夜の唯よ〜。突然だけど暫くうちの新人と仕事をしてくれないかしら』
新人。最近噂になっている青目の少女だろうか。神殺会合でガッツリ意見をしたらしい。その新人さんと仕事、とは?
「えっと、理由を聞いても?」
『その子、美波ちゃんって言うんだけどね〜?かな〜〜〜〜〜り人気者で〜、心配だから暫くちぃちゃんに護衛してほしくてね〜』
「護衛って……その美波さん?は神殺会合に呼ばれてるんですよね?私必要なくないですか?」
『そうなんだけど〜、美波ちゃんには仕事以外で戦ってほしくないのよ〜。………お願いできないかしら?』
「ぐっ……」
どう考えても危険な仕事だ。自分より強いだろう人を、事情も状況もわからないのに護衛しろ?絶対に無理だ。
けれど唯先輩には沢山お世話になっている。元から私に選択肢はなかったのだ。
「………承りました…」
◇◇◇◇◇◇◇
目の前にいる黒髪青目の少女。その目に光はなく、少し虚ろにも見える。
なんで引き受けちゃったかな〜〜……恩人からの依頼だからですね。断れるわけがないんだよ…
内心頭を抱えながら、取り敢えず挨拶をする。
「えっと、はじめまして…唯先輩から聞いてると思いますけど、東雲千秋です」
「美波です。早速失せ物探しの依頼に行きましょう」
「あ、はい」
美波さんは働き者のようで、今日だけで12件の依頼を片付ける気のようだ。まあ働き者なのは私もなので、そこは何も突っ込めない。私が何を言っても『お前が言うな』と突っ込まれてしまうほどのワーカーホリック生活を送っているのだ。
それには勿論理由があるが。
「えっと、失せ物ってどんなのですか?」
「鞄ですね。綾継町三丁目付近を探します」
「え、三丁目ってかなり広いですし、入り組んでますけど……全部探すんすか?」
「…………すぐ慣れますよ」
遠い目をしながら顔を僅かに引き攣らせる美波さんに不安を募らせる。
綾継町とは裏界における日本の首都、綾乃県にある町だ。そして私たちが今いる町でもある。
裏界と『表』では地形が違い、その名前も違う。これは裏と表で区別を付けるために、昔のお偉方が決めたルールなんだとか。
ちなみにネーミングについては殆どがテキトー。『表』と区別が付けられて、あまりにも酷い内容でなければオールオッケー。昔から裏界は色々と緩いのだ。
最も、一番緩いのは倫理観だが。
ともかく美波さんの言う鞄をさっさと探してしまおう。
「では手分けして───」
「あ、それは駄目っす」
手分けして探しましょう、とでも言いそうだった美波さんの言葉を遮る。すると美波さんはこてん、と首を傾げた。
「唯先輩から絶対に離れるな、って言われてるので……手分け作業も絶対駄目、らしいっす」
「…………………そう、ですか。では一緒に探しましょう」
「うぃっす」
◇◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇◇
あれから4日が経った。美波さんとはそこそこ打ち解けてきた、と思う。今日も美波さんと仕事があるので、『十六夜』に向かっている。
美波さんが『神殺し』だと知った時は驚いたが、すぐに慣れた。唯先輩と愛先輩の方が恐ろしい二つ名を付けられているし、怒らせなければ世間知らずの剣士でしかない。まあ凄腕の、がつくけれど。
しかし美波さんは毎日何か言いたげな顔をしている。どうかしたのか、と聞いてみても少し考えた後に「なんでもない」と言ってしまう人だ。今日こそ尋問して吐き出させてやろう。
───そう考えながら歩いていると、1枚の黒い羽が目の前に落ちてきた。
見上げると、鴉のような黒い翼を背中から生やし、腰に一振りの刀を差した黒髪黒目の男が、私を見下ろしていた。
「………!」
その顔には見覚えがあった。空戦軍大将、酩。協会で指名手配されている、狂人だ。
常に戦いを求め、幾人もの処刑人を殺害しておきながら掟破りの鎖が着けられていない謎の人物。
最悪だ。何故、そんなやつがここに。
「貴様が千秋とやらか」
低く、恐怖心を煽る声が耳に滑り込む。怖い。けれど、酩は逃亡を何よりも嫌う。ここで逃げれば確実に死ぬ。
だからといって戦っても死ぬ。対話?できるわけがない。
つまり、私はもう詰んでいる。