1話 それは、終わりの始まり?
一つ、人間を殺めることなかれ。
一つ、人間を同意なく妖怪、もしくは神にすることなかれ。
一つ、許可なく呪物の製造、売買、譲渡することなかれ。
一つ、我らの存在を公にすることなかれ。
一つ、自他ともにこの『呪い』を解くことなかれ。
これらを破るモノは、『神殺し』の名の下に、処刑人が死を下す。
「………」
陽焼けした和紙を、まるで仇のように見つめる、ひとりの少女。
胸下で乱雑に切り揃えられ、一房だけ三つ編みにされた黒色の髪。
深海のような青色の瞳。
黒色の二尺袖。
膝上丈までの赤黒色のキュロットパンツ。
黒色の編み込みロングブーツ。
腰に佩刀されている、白色の鞘の打刀。
中学生ぐらいの身長。
少女、とは言っても、本人曰く成人済みらしいのだが。
名前は星川美波。人ならざるモノが住まう『裏界』にある何でも屋『十六夜』の新人で、期待のエース。
「キミは、そんなに『掟』が気に食わないのかい?」
へらへらとした笑顔でそう問いかけたのは、同じく『十六夜』に所属する、シロという女性。
ベリーショートヘアの、絹のような白い髪。
血のように赤い瞳。
病的なまでに白い肌。
着崩された白色のカッターシャツと黒ネクタイに、黒色のスキニーパンツ。
黒色の革靴に黒色の靴下。
手には黒色のカットアウトグローブ。
右手首に嵌められた白銀の腕輪。
白い肌とは真逆の黒を身に纏う彼女は、何かと美波の傍にいた。
美波は和紙から顔を上げ、いつも通りの無表情で口を開く。
「掟ではなく、最後の一文が気に入らないのです」
耳に残るような、凛とした声。
シロは興味深そうな顔で、美波が持つ和紙を覗き込む。
「これらを破るモノは、『神殺し』の名の下に、処刑人が死を下す……どこが気に入らないのさ。処刑人や妖呪協会では昔から使われてる文言じゃないか」
和紙に書かれているのは、妖怪を縛る『掟』の内容。
『掟』とは、人間でいう所の法律であるが、法律と違うところは、これらの内容を破れば必ず死刑になるということ。
やむを得ぬ事情があった場合は証拠を提示すれば死刑にはならないが、それ以外は例外なく殺される。
そして、妖怪は生まれた瞬間から、世界に張り巡らされた術式によって、『掟』に縛られ、破った場合は『印』が付けられる。
『印』は青色の鎖になっており、物理的に縛られている訳ではないが、体中に巻き付いて見える。
例え体全体を布で覆おうとも、近づけば壁越しでも鎖が見える。
そして、『掟』を破った妖怪を殺すのが『処刑人』であり、『処刑人』を統括しているのが『妖呪協会』という、千年以上前から存在する組織。
『十六夜』は協会の互助組織でもあり、何でも屋としての業務と処刑人としての業務を請け負っている。
勿論、美波も処刑人であり、『十六夜』の戦闘員だ。
けれど、美波の素性は謎だらけだった。
『十六夜』の創立者であり店長の星川唯の遠い親戚として最近加入した星川美波だが、彼女は過去を話さない。家族詳細も不明。己の感情すら表に出さない。
ただ、異次元の強さを持っていることが、疑いようのない事実だった。
その美波が、はっきりと『気に入らない』と言ったのだ。
興味を持たない方がおかしい。
「協会に『神殺し』はいない。周知の事実です。ただ虎の威を借りてるだけ……本当にくだらない」
どこか怒りを滲ませた声色で、静かにそう言う美波に、シロは首を傾げる。
「…キミ、もしかして─」
「私は『神殺し』が嫌いです」
シロが聞こうとしていた事の答えを、美波が遮って答える。
そして、シロが次の言葉を継ぐ前に、美波が言葉を継ぐ。
「『神殺し』はただ、自分の為に戦っていただけ。独りよがりの末の称号でしかない。……そんなものに、意味があるとは思えません」
「…まるで、実際の『神殺し』を知ってるみたいなことを言うね。『神殺し』は千二百年前の英雄。キミ…本当に何者だい?」
『神殺し』は実際に存在していた英雄。しかし、まるで規制されているかのように、『神殺し』の素性は知られていない。
けれど千二百年程前に死亡していることは、誰もが知っている。
「はて。私は私です。私は何者でもない、ただの美波ですよ」
「ぷっ……あははは!!」
シロは腹を抱えて笑いだし、美波は少し目を見開く。
シロは笑ったことで、目尻から涙が溢れる。
その涙を手で拭う。
そして、これまでのへらへらとした笑顔ではなく、幼い子どものような愛顔を浮かべる。
「つまらない人間かと思ってたけど、ボクは全然わかってなかったみたいだね。あの実力でそんなことを言えるのは美波ちゃんぐらいだよ!」
美波は知らない。自分がどれだけ魔性なのかを。
シロは知らない。己がどれだけの運命を捻じ曲げたのか。そしてこの瞬間、目の前の人間の運命を捻じ曲げたこと。
それは、長すぎる終幕のオープニング。これから、序章が始まる。
開幕は、既に終わっている。