【幕間】知らなくていい話、謝罪と執着
─side 愛─
使い慣れた刀を一閃。周りの有象無象たちの武器だけを弾き、その隙に刀の背で軽く殴って気絶させていく。
ここは協会の入口。唯と協会に向かっていたが、着いた瞬間に囲まれ、唯だけ先に行かせた。私はここで次々に湧いて出てくる雑魚どもを一掃している。
苦戦はしていないがきりがない。早く唯と合流したいのだが。
どこからか、ぱちぱちという手を叩く音が聞こえる。音の主が建物から出てくる。
「はあ…やはり貴様か、慈闇」
「バレてたか」
悪びれもせず現れたのは、『神殺会合』の最高責任者である柊慈闇。四家は神殺しを信仰している。美波が神殺しであるということを知っているのは今のところ十六夜の者ぐらいだろう。それ故に、美波が狙われている。
理由は神殺会合での態度と、その時に使っていた『名前』だろう。
しかしこいつ自身はそこまでの信者ではなかったはずだ。寧ろ否定的な意見だった記憶がある。
「で、貴様は何をしにきた」
「先輩ちゃんの足止めだよ。それ以外に何か?」
先輩ちゃん。懐かしい呼び方だ。
慈闇の歳は私より一つ上だが、処刑人となったのは私が先だった。慈闇が処刑人になったばかりの頃に何度か任務を一緒に請け負うことがあり、色々教えていたら『先輩ちゃん』と呼ばれるようになったのだ。
冷徹だとか非情だとか堅物だとか言われているが、根本が真面目というだけで、冗談も言うしふざけたりもする、『普通』の人間だ。
訓練はされていたが、最初は精神的に疲弊することが多かった。そんな奴が私よりも強くなるとは。
…だが、何か違和感がある。こいつは、一体何を考えている?
「何故私を足止めする?何故あいつを狙う」
あいつとは勿論美波のことだ。このことにはこいつも一枚噛んでいるだろう。でなければ私の足止めなどする筈もない。
「……父上が決めたことだ。拒否権はない」
暗い顔でそう告げた慈闇に思わず溜め息を吐く。
そう言えば柊家はそういう家だったな。
紫白家もかつてはそうだったが、今は私が当主となっている。次期当主は分家の者だし、誰も私に逆らわない。やろうと思えば柊家のような狂ったやり方ができる。
まあ、やろうなどとは思わないが。
「……それがお前の選択か。なら刀を抜け。殺しはしないが容赦もしない」
慈闇は何も言わずに刀を抜く。その顔は、私が神殺会合に呼ばれた時に見た顔と同じだった。
そこからは刀の打ち合いが続いた。
慈闇が時々霊術を使ってくるがそれを全て避け、私が慈闇に斬り掛かる。その繰り返し。
正直に言えば実力は完全に拮抗しているだろう。その場合はただの持久戦だ。
キン、キンという金属音、布がずれる音、地面を蹴る靴の音、動く度に靡く髪の毛の音、段々とはっきり聞こえてくる吐息。
霊術は無駄と判断したのか、刀のみで攻撃してくる慈闇の額には汗が滲んでいる。
慈闇は疲れると攻撃が大雑把になり、力を込めすぎてしまう。
「っ…はァ…!」
慈闇が刀を振り上げ、私に向かって勢い良く振り下ろす。
大振りで、胴体ががら空きだ。
振り下ろされた刀を受け止め、少しずつ力を抜いていく。相手の刀を自身の刀で滑らせるように。
相手が油断したところで、刀から手を離す。
「っ!?」
困惑した慈闇の手首を握って思いっきり手前に引く。
そして姿勢が崩れたところで右足を上げ、背中に踵を落とす。
「ぐ、ぅ…!」
慈闇はそのまま刀を手放し倒れる。
先ほど手放した刀を拾い、鞘に納め、慈闇の刀を拾う。
「すまないな、慈闇」
慈闇が私を見て、何故か微笑む。その目は、なんだかどろどろとしているように思う。
「やっぱり、先輩ちゃんは神殺しに負けないぐらい魔性だよ」
◇◇◇◇◇◇◇
─side 唯─
「たぁのも〜!!」
勢い良く扉を開けると、そこには腐れジジイ共がたむろっていた。
ジジイ共はうちを見て驚いた顔をし、護衛共はそれぞれ武器を構える。
「な、何をしにきた!!」
ハゲたジジイが上から目線にそう言うので、後ろ手に扉を閉め、内鍵を閉める。
「美波ちゃんの処分を命じたって聞いたんだけど〜…本当?」
瞬間、ジジイ共は図星を突かれた顔で絶句する。びっくりし過ぎて椅子から崩れ落ちた者もいる。
あーあ、馬鹿だなあ。
ジジイ共のひとりが汚く唾を飛ばしながら捲し立ててくる。
「あんなもの必要ない!!そもそも貴様らは無駄に生意気なだけで使い物にならん!あの紫白家の失敗作がその最たる例だ!我々の慈悲で今まで生かしてやったのだ!寧ろ感謝し──ぷぎゃ」
それ以上汚い声を聞きたくなかったので、足でそいつの顔を蹴る。
壁にぶつかってバウンドし、口や鼻から血を出して気絶している。歯も欠けているため凄く汚くなってしまった。掃除する人に申し訳ないな。
ああ、愛を置いてきてよかった。愛ならあの程度の敵は余裕だろう。こいつらの汚い声を聞かせなくて本当によかった。
それに今の私の顔を見られないことが最も重要だ。愛はこんなこと知らなくていいんだから。
ジジイ共と護衛共を一瞬で全員蹴り倒し、気絶した者は更に蹴って無理矢理起こす。手袋は嵌めてるけど触ったら汚いから、足でする。この靴も捨てて買い替えないと。
「なーんでうちの前で愛を侮辱するかなあ。うちが愛のこと溺愛してるの知ってるでしょ?あ、もしかして知らない?愛だって魔性なんだよ?美波ちゃんもそうだけどさ。うちは美波ちゃんのことも大好きだけどさ、それよりも愛のことがだぁい好きなんだから」
初めて遭ったのは16歳の時。愛はその時15歳だった。まだ愛の瞳が両方ともアメジストのようだった時。
同じような色の瞳は妖怪には沢山いる。人間では殆どあり得ない瞳だけれど、妖怪では珍しくない。
それでも、あの瞳から、嫋やかな白と紫の髪から、白色の肌から、愛の全てから、目を離せなかった。
見た目だけならまだ良かった。それならどうにかなったのに。
周りからどれだけ卑下されても、身内には物凄く優しかった。私がどれだけ遠ざけようとしても、私を案じてくれた。打算もあっただろう。それでも、『私』を一人の『人間』として扱ってくれた。
それからはずっと底のない沼に堕ち続けている。
あいつの気持ちがよくわかる。でもあいつのやり方は間違っている。だから愛が見ていない所で、汚いモノから愛を守る。
愛はそれを知らなくていい。綺麗なものだけ見ていればいい。
顔をぐっちゃぐちゃにしたジジイ共を見下ろして、にっこりと笑う。
「1回しか言わないよ。うちらと敵対しないで?美波ちゃんと愛に汚いモノを見せたくないからさ。敵対するなら……この場で全員殺すよ」
ごめんなさい、敵対しません、と壊れたように繰り返すジジイ共の顔面をもう一度蹴り飛ばし、部屋を後にした。
「狂愛者め……!」
ジジイのひとりがそう絞り出す。狂愛者、かあ。酷いなあ。
「せめて狂信者って言って欲しいわあ〜」
いつもの間延びした口調に戻す。表情も飄々とした笑みにして。
あいつと同じ考えなのは嫌なのだけれど、愛に対しての気持ちは『愛』や『恋』なんて薄っぺらいものなんかではない。どういう名前を付ければいいのかわからないから『愛』という名称を付けているだけ。
誰かのためだけに人を殺すことでさえ『愛』という名称を使われるのだから、『愛』もさほど綺麗なモノではない。
◇◇◇◇◇◇◇
─side □□□─
仕事をある程度片付け、執務室のソファに凭れ掛かる。誰もいないからだらけ放題だ。
「っはぁぁぁぁ……どうすっかなあ…」
今日の仕事で偶然神殺しを見てしまった。正直興味がないので言いふらしたりはしない。
けれど今日はいつもの既視感が特に強かった。会ったことがないはずなのに、強い既視感を覚えることが多い。
頭で声がする。聞いたことがない声。だけど聞いたことのある声。
『□さん…!□□□いでく□さ□…!』
何を言ってるか、聞こえないよ。
『□…!?な□で□を□□た□!?□かじ□□□の…!?』
さっきの声とは違う、男の人の声。
『□…!□……!!』
小さな女の子の声が聞こえる。誰かを呼んでいる。
「…っ、あたまいたい……」
市販薬のストックはあっただろうか。
もう声は私に届かない。私はその声を知らない。連呼されるその名前を、私は知らない。
私は、何も知らない。知ることが、できない。
今の私の役目は決まっている。それだけを考えれば良い。
扉の前に気配が近付く。急いで机に戻り、姿勢を正して書類を読む。
扉を叩く音がする。
「わたしよ、彩月。入っていい?」
「構わん」
入ってきたのは遊撃軍大将の彩月。私の既視感のひとつ。会いたいような会いたくないような、そんなよくわからない感情を抱いてしまう。それを隠すのが大変だ。
「何の用だ」
駆け引きは苦手だ。焦るとボロが出そうになるから。
あーあ、本当はこんな組織にいたくないのに。
早く全部終わらないかなあ。他人を演じるのも疲れるよ。