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ヒトならざる者が住まう世界へようこそ!  作者: 鈴
終章第一節 終わる為の長い戦い
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13話 神殺し


怨霊を縛っていた鎖も砕け散る。レイさんが霊術を解いたのだろう。


「……美波…」


レイさんが私を心配そうに見つめている。



……そろそろ、限界か。もう正体を隠せない。

正体を隠せたのは約一ヶ月半か。大して隠す気もなかったけれど。


この一ヶ月半、暴れている自覚はあった。外にいる時は常に誰かに見られていたし、神殺会合の後からは、協会から名指しで厄介な依頼を回されたこともあった。その殆どが、私でなければ死んでいたような依頼だ。始末しようとしていたとしか考えられない。


その上協会さえ把握していない教団の情報を、知った上で黙っていたのだ。私の正体がなんであれ、かなり重い罰を科されるだろう。

どんな罰を科されるのだろうか。拷問は嫌だな。痛覚を感じると相手を殺したくなってしまう。それでは罰の意味がなくなるし、最早ただの殺人鬼だ。



いっそのこと、思いっきり突き放された方がましかもしれない。そうすれば未練も何も無い。ただ孤独になるだけ。

ああ、そうだ。それが双方にとって一番いい結末だ。そうに決まってる。



「念の為に言っておくが、最初からお前の正体は知ってたぞ?」



「………え…?」



予想外の言葉に頭が真っ白になる。最初?最初から()()()()()?十六夜に入った時には既に?どうして?どうやって?


なんだか目が回るような感覚がする。()()()は本気で正体を隠していた。()()()だけは知られる訳にはいかなかったから。



「言っとくが、俺たちはお前を気に入ってるんだ。シロは完全にわかってる訳じゃないが、正体を言ってもクイズの正解がわかった程度の感覚だろ。そこまで気にしなくていいぞ?」



何を、言っているんだ?この人は。

確かに私がやってきたことは全て栄誉とされている。けれど今の時代、どれだけ非道なのかはわかるだろう。



やめてくれ。優しくしないでくれ。もっと辛くなってしまう。突き放してくれ。罵ってくれ。それなら、簡単に切り捨てられるのに。



なんで、私を『人』として見てくれるんだ…?




「……よし!」



沈黙していたアカネさんが急に大声を上げる。その顔は何故かきらきらと子どものように輝いている。



「私も十六夜に入りたくなったからちょっと神霊教団潰してくるわ!」



「おいおいおいおいおい!?何言ってんだお前!?」


笑顔でとんでもないことを言いながら拳を突き上げるアカネさんと、なんとか止めようとするレイさん。

アカネさんの腕を軽く握り、突き上げられた拳を下ろす。


「それは無謀です。神霊教団は狡猾な組織。まずは情報収集、その後に戦力を集めて作戦を練らなければ」


「ぶー」


「……てか、別に入ってもいいんじゃないか?俺もシロも愛も唯も、それぞれ色んなとこから狙われてるぞ。むしろ釣り餌になるだろ?」


「…へ?」


呆けた顔をして固まるアカネさん。教団に狙われているアカネさんは、協会としても利用したい存在だろう。

協会がどんな対応をしてくるかわからない。それなら十六夜の方が安全かもしれない。



「……っ」


頭がぼうっとする。感情に飲まれそうだ。

距離が遠くなったかのように、ふたりの声が聞きづらくなる。



私は、ここにいてもいいのだろうか。そればかり考えてしまう。



いつの間にか話が纏まっていたらしく、レイさんが私に声を掛け、ふたりが歩き出す。置いていかれないように私もそれに続く。


頭がくらくらと揺れている。何も考えたくない。




ふと、歪な笑みを浮かべた男が視界に映る。その手には短刀が握られており、レイさんに向かって走ってきている。




一瞬で意図を理解して駆け出し、鞘から抜いたままの刀を振るい、短刀を弾く。

左手で男の胸ぐらを掴み、地面に叩きつける。ふたりの驚愕した声が聞こえるが全て無視だ。


右足で男の背中を強く踏みつけ、首筋に刀を突きつける。


「っおい美波やめろ!」


焦ったレイさんの声が聞こえる。私がやり過ぎないか心配しているのだろう。流石にそのぐらいの理性はある。

殺しはしない。そのような愚は犯さない。


ただ少し脅すだけだ。



「何故レイさんを狙った。返答次第では川に捨てるだけで許してやろう。だが、場合によっては体を縛って龍煉谷(りゅうれんこく)に落とす」


昔、大きな力を持った妖怪と龍神が争い、そこに大きな谷ができた。それが龍煉谷だ。

結局どちらも死亡したが、今でも溶岩と大量の氷塊が龍煉谷の底を埋め尽くしている。溶岩と氷塊は隣接しているが、溶岩が氷塊を溶かすことはない。

龍煉谷で生物が生存することは不可能だ。妖怪さえそこには寄り付かない。強すぎる霊力の残穢も蔓延っているからだ。


言ってしまえば、私の機嫌次第でお前を殺す、と言っているのだ。

この男はその意味を理解したようだ。ぶるぶると震えながらも、私を睨んでいる。



「我らが主のためだ…!」



男の震える口から出たのは、余りにも陳腐な言葉。こいつに対して怒り以外の感情は抱いていないが、余りにもくだらなくて思わず失望してしまう。



「その主の名は」



男はぎり、と歯軋りをしたまま口を噤む。

はあ、と溜め息を一つ零し、男を踏む足の力を強める。

男は呻き声を上げるが、それでも何も言わない。


男に大量の霊力を流す。勿論男は気づいていない。



「……まあいい。どうせ私の足下にも及ばないのだから、警戒する必要もない」



「っなんだと!?貴様なぞ神殺し様に掛かれば──っ!?」



「…はあ?」



男が己の失言に気付き驚愕の表情を浮かべると同時に、口からとても低い声が出る。

人間は他者から霊力を注がれると感情に抑えが利かなくなる。一般人は霊力を注がれた事に当然気づかないが、訓練を受けた者であれば瞬時に気づく。この男は前者だ。


だが今はそれどころではない。神殺し?神殺しと言ったか?

『神殺し』が主?



「まさか噂に聞く『神殺し』の崇拝者か?」



思わずわかりきっていることを聞いてしまう。

男はにやり、と笑って口を開く。



「ああ。それがどうした?俺は神殺し様の忠実なる信徒だ!」



どこか恍惚な顔でそう告げる男に、目眩がする心地だった。

信徒?『神殺し』は神ではない。その対極に位置する存在だ。そんな者を崇めて何になる?そもそも『神殺し』がとっくに死んでいるというのは周知の事実だろう。死人を思ったって意味などない!




「本当に酔狂だ意味がわからない理解できないあんなモノを崇拝するなど頭がおかしいとしか言いようがない時間の無駄だ人生を棒に振っている何が楽しいんだそんなこと」



頭が揺れる。私はきちんと立てているのだろうか。地震でも起こっているかのようにぐらぐらと頭が揺れている。


何か言おうとしている男を蹴飛ばし無理矢理黙らせる。



「何故『神殺し』を崇拝する?とうに死人だろう。他にも沢山宗教があるはずだ。どう考えてもそちらを信仰するのが正しい」



「ふはははははははは!」



男は突然笑い出す。心底不快な笑い声だ。いっそのこと斬ってしまおうか。


そう考えていると、男はまた言葉を紡ぐ。私にとっての絶望の言葉を。




「神殺し様は復活なされた!俺はその御姿を拝見したのだ!!」



「「…はあぁぁ!?」」



レイさんとアカネさんの叫び声が重なる。


何を言っているんだこの男は。やはり理解できない。常人の思考回路ではない。



やっぱり私は変われない。あの頃のまま。




「……変わろうなんて、思わなければ良かった」



左手で男の首を掴み、そのまま持ち上げる。

ふたりの静止の声が聞こえるが、もうどうでもいい。


良いだろう。お前らが()()を望むのならその通りにするまでだ。


もう一度霊力を流し込む。



「その神殺しの場所を教えろ。どちらが上か教えてやる」



霊力は本当に色々なことができる。気が遠くなる程大量の霊力を他者に注ぎ、それを操作すれば精神支配さえもできてしまう。



「…龍煉谷の近くにある洞窟の隠し部屋の奥におられます……」


「そうか」


掴んでいた男の首を離し、男を地面に落とす。


アカネさんが私の肩を乱雑に掴み、怒りに満ちた表情を浮かべている。



「何しにいくつもりなのよ!」



「言わなくてもわかるでしょう」



自分でも驚愕する程冷たい声だ。



「貴方が行かなくても良いでしょう!?貴方はそれでいいの!?」



きっと、心配してくれているのだろう。随分と優しいひとだ。


私は今どんな顔をしているのか。よくわからないけれど、別に知らなくても良いだろう。

そんなこと、もう関係ないのだから。



「今更なんですよ、何もかもが」



アカネさんがもう一度口を開く前に、言葉を続ける。

もう何も聞きたくない。心配なんてされたくない。




「変わろうと思っていました。過去を清算しようと思っていました」




「でも前提から間違っていた。私にそんなことは許されていない。そんな権利はない」




「無情で、冷酷で、誰にも流されない()()。そうあれば良いのでしょう?ならば私はそれに応えるだけです」



刀を鞘に納めることはできない。抜き身の刃でなくてはいけないのだ。



「皆が願った通りではないですか。ここにて宣言して差し上げましょう」



結局はこうなる運命だったのだ。抗おうなんて無謀な試みをしなければよかった。感情なんて抱かなければよかった。どうせこうなるのだから、最初からこうしておけばよかった。



「私は美波。千二百年前に情けなくも封印された『神殺し』その人です」



神殺し()は殺されてなどいない。人々の裏切りによって封印された。


別に知られたって今はそこまで困らない。すぐに知られることが問題だったから。

封印が解けた時はあまりにも消耗していた。回復する時間さえ稼げればあとはどうでもよかった。正直隠す気はそこまでなかった。


けれど『神殺しの美波』ではなく『十六夜所属の星川美波』として過ごす日々が、とても心地よかった。楽しかったんだ。


だから、甘えてしまったのだ。その結果がこれだ。




「……どういう、ことだ…?」




その声はレイさんのものでも、アカネさんのものでもなかった。


声をした方を向くと、数人に支えられた柄裂さんと、避難した筈の天月家の人々だった。


聞かれていたのだろう。目を見開いて私を見ている。



「…お前、が、神殺し…なの、か?」



柄裂さんも、レイさんも、複雑な表情をしていた。それがどんな感情なのか、私にはわからない。おそらく私に失望したのだろう。



「………ええ。私こそが神殺しです。疑うというのなら神の一匹でも殺してきましょうか?……と、言いたい所ですが、今は一刻も早く偽物を始末しなければならないので、これで失礼いたします」



そして走り出す。目的地は当然龍煉谷だ。龍煉谷はここから少し遠い距離にあるが、私が全力で走れば数十分で着くだろう。




もう、本当にどうでもいい。

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