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ヒトならざる者が住まう世界へようこそ!  作者: 鈴
終章第一節 終わる為の長い戦い
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11話 目覚め


心地良い微睡みの中、目を醒ます。


「ん…」


嗅いだことのある香り。確かレイさんがおすすめしてくれた『くらりせぇじ』というあろまの香りだ。


ここは救護室か。


特に何も考えずにぼうっと白い天井を見上げていると、見慣れた白色の長い髪が視界の端に入る。


「お、漸く起きたか」


ゆっくりと横を向くと、珍しく髪を下ろしたレイさんが座っていた。なんだか少し眠そうだ。

瞼が重い。喉がかなり渇いている。と言うかいつの間に眠ってしまったのか。


「動物に埋もれて寝てたんだとよ。通行人が運んできてくれたぞ」


……そういえば、依頼を終わらせた後に黒猫が来て、私の飛び乗ろうとしていた。そこからの記憶がない。


「……いまはなんじですか…?」


声が掠れているし、聞こえるかどうかの声量しか出ない。眠っていたのは数十分どころではない気がする。


「朝の七時三十二分だ」


「………え?」


勢いよく起き上がり、救護室の壁に掛かっている時計を見る。短針は七を、長針は六を少し過ぎた所を指している。


窓からは少し雲の掛かった青空が見えており、完全に朝だ。



待て待て。依頼が終わった時間は精々二時程だった筈だ。途中で起きた記憶がないし、十七時間は寝ていることになる。



いくらなんでも寝過ぎだ。



「……やってしまった…」


「いや、顔色がかなり良くなってる。暫くは倒れることもないはずだ」


レイさんはそう言うが、時間を無駄にしてしまった気がしてしまう。勿論充分な休息が必要なことはわかっているが、半日以上も寝るのとでは話が違ってくる。


今日の仕事は何だったか。余った時間で素振りでもしなくては。



「余った時間で鍛錬でもしようと考えてるかもしれないが、今日は妖呪協会に行くぞ」



水が入ったぺっとぼとるを差し出しながらそう言うレイさんに目を丸くする。

昨日の段階ではそんな予定はなかった。私が寝ている間に何かあったのか?


「昨日お前を運んできたのは、アカネって言う女の子でな。そいつは神霊教団に指名手配されてるらしい。それを協会に報告したら来いって言われてな」


アカネ。知らない名前だ。それにしても、教団にも指名手配というものがあるとは。教団は協調性がない組織だと思っていたがそうでもないらしい。


レイさんは救護室にある棚の一番下から籠を取り出し、私に差し出す。


「ほれ、着替えだ。俺は朝飯用意するから、お前は取り敢えずシャワー浴びて着替えてこい」


十六夜では念の為にそれぞれの着替えを店に置いておくことになっている。こんな形で使うことになるとは思わなかった。


籠を受け取り、救護室を出る。




◇◇◇◇◇◇◇



しゃわぁを浴びて着替えた後にレイさんと朝食を摂った。時間は八時をとうに過ぎている。


さて協会に行く時間まで事務仕事でもしておくか、なんて話していると、店の電話が鳴った。

近かったので私が受話器を取る。ちなみに私は電話対応が一番下手なのでレイさんは心配そうに見ている。


確かに苦手ではあるが、そこまで心配されるのは心外である。ただ悪質な迷惑電話が来た時に受話器を呪具化し電波を伝って相手ごと叩き斬ろうとしただけではないか。



「お電話ありがとうございます。こちら何でも屋『十六夜』です。ご要件はなんでしょうか」


すると、聞いたことのある声が受話器から聞こえてくる。



『天月、柄裂だ。時間がっ、ないから…しょうさいは省く、が協会に…行くなっ…!きょうかい、が、おま、えを…ねらって…!おとし、めよう、と…!』



機械越しでも伝わる程緊迫した声だった。息切れしているらしく、苦しそうな吐息が耳に入る。

協会に行くな?私を貶めようとしている?

どういうことだ、と聞きたいがぐっと堪える。



「では今のあなたの状況は?どこにいるのですか?」


『………』


言いたくない、と。高確率で手負いだろう。何かしらの厄介事に巻き込まれたか。

……この場合、見捨てるのが最善だ。彼もそれを望んでいる。彼を犠牲にして厄介事が収まるのなら安いものだ。



けれど、それは私の望みとは違う。



「なら、取り敢えず天月家に行きますね。外套も返さなければいけませんし」


何度か返そうとしたのだが、各地を飛び回っていたらしく、協会にも天月家にも帰っていなかった。その為、外套を返しそびれている。せめてそれを返さなければ。


私の答えに、柄裂さんはかなり焦ったように大声を上げる。



『っだめだくるな!!……ぐっ…ごふっ…!』


痛みに呻く声が微かに聞こえた。血を吐いた音も。これは急がなければ危ない。



「なら簡潔に状況説明を。来てほしくないなら相応の理由を挙げてください」


『………これ、は、あまつきの…もんだい、だ…』


聞こえてくる声は段々と弱まっている。体力の消耗も激しいのだろう。


彼の気持ちはよくわかる。私もそうだった。彼と同じ選択をしたことだってある。



でも、だからこそ、助けたいと思うのだ。



例え、厳しい言葉を掛けることになっても、それが正しいと信じるしかない。



「それであなたが死ねば、根本的な問題が解決するのですか?あなたが死んだ後の始末と穴埋めは?」


『…っ』


「感情だけで言っているのではありません。現実的な意見も交えて言っているのです。あなたは強い。だからこそあなたがいなくなった時に困る者がいる。きちんとそこを考えなさい」



自分で言っておいてなんだが、随分な皮肉だな。()()()()()()私が、こんなことを言える立場ではないのに。



『……おんりょう、が、ふういんをやぶった。いま…なんと、か、おさえ、て…いる…』



「場所は天月家でよろしいですか?」



『ああ、ちか、だ』



「あと数分は持ちそうですか?」



『だい、じょう、ぶ』



「わかりました。すぐ行きます。無理はしないように」


そう言って受話器を置き、レイさんに向き直る。

レイさんも聞こえていたのか、転移の呪具を持っている。



「一応三人にもメッセージは送っておいた。掴まれ」



呪具を持っていない左腕を軽く掴む。

掌に乗る程小さな箱型の呪具は、使用者が望む場所へ転移させる力を持っている。

そう聞くと簡単そうに思えるが、使用者にも相当な能力が求められ、詳細に場所を想像し、その上で精密な霊力操作が求められる。素人が使えるものではない。


レイさんはぽんぽん使っているが、レイさんが規格外なだけなので基準にしてはいけない。



金色の装飾が入った黒色の箱が勝手に開き、吸い込まれるように移動する。




次の瞬間、炎に飲まれた大きな屋敷が目に入る。




「レイさん救護をっ!」

「わかってる!!お前も念の為包帯持っとけ!!」


レイさんが投げてきた包帯が入った小さな鞄を受け取り、二人同時に走り出す。レイさんは屋敷の周りに、私は屋敷の中に向かって。


走りながら鞄を肩にかけ、周りを確認する。

焦げた臭いが辺りに充満している。灰色の煙が各所から立ち上り、かなり酷い状況だ。


柄裂さんはまだ地下にいるのだろうか。どちらにしても、早く見つけなければ。



「柄裂さん!どこにいますか!?」



大声を上げて見るが、返答の声は聞こえない。

くそ、どこだ。地下室への入り口はどこにある。


そうこうしている内にも炎は広がり、建物が崩れていく。



「…っう、ぁ…」



小さな、本当に小さな呻き声が後ろから聞こえた。

振り返り、辺りを確認するが、あるのは燃えて崩れた柱。

だが、柱の所々に赤黒い点がある。



「そこか!」



柱の原型がある部分を掴み、ゆっくり持ち上げる。

柱があった場所に、腕が見える。


柱を何も無い場所に投げ捨て、瓦礫をどかしていく。



持ち上げて投げ捨てる、持ち上げて投げ捨てるを繰り返すと、血塗れの柄裂さんがそこにいた。



「っ!柄裂さん!美波です!生きてますか!?」



「…こ…ろす、な…!」



血塗れの顔を上げ、軽く睨む柄裂さん。良かった、ぎりぎり間に合ったみたいだな。

地面に膝を付き、柄裂さんを抱き上げ、右手で背中を支える。


血塗れではあるが、急所は避けている。止血して休ませれば大丈夫そうだ。



「すみませんが手当ての為に脱がしますよ!」



柄裂さんの呼吸がかなり浅くなっている。声を出す体力もないようだ。

ぼろぼろの上衣を脱がす。腕にも腹にも裂傷があり、胸辺りに大きな切り傷がある。


鞄から包帯を取り出す。が、この場合は霊術も使った方が良いだろう。



「………」


柄裂さんに霊力を流し、霊力で傷口を縫っていく。


霊術は意外と色々なことができる。完全に治すことはできないが、止血して傷を塞ぐことはできる。勿論、その後に激しく動くと傷が開いて、場合によっては傷跡が何年も残り時がある。

それでもやらないよりは大分ましだ。


「…よし」


ある程度傷を塞ぎ、鞄に入っていた『たおる』で血を拭く。

念の為包帯も巻き、優しく抱き上げる。レイさんの所に連れて行かなければ。


柄裂さんは流石に疲弊していたのか、いつの間にか眠っていた。起こさないようにしながら走っていく。



先程から気配を探っているが、電話で聞いた『怨霊』は見つかっていない。もう既に消えたのか?


…早く戻らなければ。何か嫌な予感がする。



入り口付近に走っていくと、大勢の怪我人と、その人たちの手当てしているレイさんが見えた。


「あっ、美波!柄裂は大丈夫か!?」


「傷は塞ぎましたが安静にさせておいてください!」


「こっちに寝かせろ!」


レイさんが指差した所には布が敷いてある。レイさんが冷気を調節してだしているのか、この周辺は火の手がない。冷気の調節をしながら手当てをするのは神経を使うはずだ。私も手当てを手伝うか?


「屋敷の中にもまだ人がいるのですか?」


「いや、これで全員だ。念の為確認してきてくれ。誰もいないんなら俺が冷気で鎮める」


「わか──」





『み つ け た』




聞いたことのある少女の声が辺りに響き、レイさんの後ろに泥のような怨霊が現れる。


即座に刀を抜いて駆け出し、レイさんの頭から二寸程上の部分を一閃する。


レイさんの肩を掴み、私の後ろに倒す。


「のわっ!?」


目の前の泥のような怨霊に、見覚えがあった。

柄裂さんの顔立ちに既視感があったのは、()の子孫だからだったのか。





『ふははははははは!!やっと見つけたぞ!人殺し!!』


嗚呼、そうか。これだけ時間が経っても()()()()()()()()のか。


やはり、世界は残酷だな。


怨霊が嗤う。世界に嘲笑(わら)われた怨霊は肥大化し、世界を呪う。

それが無意味なことであるとも知らずに。

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