【中吉】さんの異世界チュートリアル
魔動車なるカッコ良いキャンピングカーに乗りこんで山頂にある山小屋から麓まで地球防衛隊よろしく降りて来たものの眼前に広がるのは鬱蒼とした森林。当然道なんてないし、何なら陽の光すらまともに差し込んでなくて周囲は薄暗い。これってどっち行けばイイの?てか魔導車の運転は俺がすんのか?と思っていると、すかさず【中吉】のフォローが聞こえてきた。
《 ジロー、ご心配には及びません。この魔動車との同期は完了しています。此処から人里まではワタシが責任をもって運転を致します 》
「そうなの?でも【中吉】が操作出来るにしても道なんて何処にもないじゃん!」
質問というよりは現状に抗議するような言い方になってしまったけど、俺は【中吉】にそう話しかけた。でも【中吉】からの返事は簡潔だった。
《 大賢者ケンキチが永く住んだこの『絶望の森』にもケンキチが作った魔動車にも、そしてこのワタシにも一切の抜かりはありません。さあ、出発しましょう 》
【中吉】がそう言い切るよりも早く魔動車はゆっくりと進み始めた。いきなりだったので突っ込めなかったけど『絶望の森』ってなんだよ!不安しかないよ!!そんで徐に進み始めたけどそっちには大木しかないやん!!ぶつかるってば!ぶつかるってば~ぁぁぁ!!
大木との衝突の衝撃に備えるためにシートの座面に顔を押し付けていたけど一向にその様子がない。もしかして直前で停止したのか?と顔を上げ前面を見た俺は驚愕した。
なんと進行方向の木々が大小関係なく魔動車を避けているのだ。まるでカーテンが開くように木々が前方を開け、魔動車はその間を悠々と滑るように進んでいる。こんなことっってあるのか?
《 どうです?これが大賢者ケンキチの叡智の一端です。ジローに詳しい説明をしてもまだ理解できないと思いますので詳細は省きますが、この『絶望の森』にも魔動車にもケンキチの魔法が掛けられています。使用されている魔法の永続性たるや魔道具や魔石の補助があるとは言え、ケンキチ以外では成すことなどほぼ不可能と言って良いでしょう! 》
感情が無い筈の【中吉】の説明はまるで熱を帯びた弁士の様だ。お前ホントにアプリケーションなの?もしかしてジイちゃんがまだ生きてて俺にテレパシーみたいなので話しかけてるだけなんじゃ…。
《 いいえ、ジロー。ワタシはあくまで貴方をサポートする為だけに作られたアプリケーションにすぎません 》
ってまた俺の心の声に返事するしぃ…。
《 ワタシは音声だけでなく念話にも対応する優れたアプリケーションすので 》
「わかった!わかりました!【中吉】が優れているのは十分に理解したけど、最寄りの人里ってどのくらいで着くの?ジイちゃんの山小屋から見た感じだと少なくとも見える範囲には森林しか無い様だったけど」
《 そうですね、大体1600㎞ほどでしょうか。現在約時速15㎞で進んでいますので休みなく進んで4日程かかるかと 》
「ちょっと待て!4日?今日はジイちゃんの葬儀って事で休んでるけど、バイトとはいえ流石に連絡もなしに4日は休めないよ」
俺は慌てて【中吉】に抗議した。
《 ご心配には及びません。ジローの勤め先には【リリ】が連絡をしております 》
「そうなんだ。なら、一応はあんし…」
《 ハイ、お爺様の事業を引き継ぐ為退職する旨を 》
「ちょっと待て~!退職?何でそんな話になるんだよ!」
《 ジローはこちらと地球を行き来して行商人になると理解しています。もちろん【リリ】も同様です 》
「むぅ。…確かに行商人してみたいとは思うけど、まだこっちの世界で人に会ってもいないし第一俺が商売人として通用するかも分からないじゃんか」
《 そこはワタシがジローに色々とレクチャー致しますのでご心配なく。そうですね、それでは移動中に基本的なことはお伝えしておきましょう 》
そう言うと【中吉】は俺に色々と話してくれた。こっちの世界の事を人々はアルカディアと呼んでいること。魔法や錬金術で発展してきており、文明レベルは地球ほどには高くないこと。敢えて地球の歴史に准えるなら近世ヨーロッパ辺りだろういうこと。言語は1種類しか無く、多少の方言があるものの、ジイちゃんと話せる俺なら問題なく会話出来るだろうということ。貨幣についても世界共通で通貨の単位は『コロン』というらしい。1コロン=1円で考えれば問題ないらしい。一部の貴族や大商人の間では紙幣が使われる事もあるようだが、基本的には金貨や銀貨などの硬貨のみが流通しているようだ。ちなみに金貨が凡そ100万円で、次いで大銀貨(10万円)、銀貨(1万円)、大銅貨(千円)、銅貨(百円)、鉄貨(十円)くらい。平均的な4~5人の家族で大銀貨2枚もあれば1カ月は生活出来るらしい。更にその上に大金貨や白金貨というものもあるらしいが今の俺には関係ない単位だ。
《 これまでの説明で不明な点はありますか?ジロー 》
「いや、今ん所は大丈夫。理解出来てるよ」
《 それでは日も傾いてきた様ですのでそろそろ食事にしましょう 》
そういえば葬儀に出る前に朝食を取ってから何も口にしてなかったな。
「何か食べる物積んでる?」
《 もちろんです。簡易的なものですが、ケンキチ様が事前に準備なさっていたものです 》
【中吉】がそう言うと俺の目の前が光り、虚空から何かが現れた。というか料理が乗ったお盆が現れた。
《 これはケンキチ様が地球の軍隊のコンバットレーションを参考に作った簡易レーションです。どうぞお召し上がりください 》
いきなり現れたこの簡易レーションは存外美味しく、俺はあっという間にそれを平らげた。食事が済むまで待っていてくれたのか俺が食べ終わったタイミングで再び【中吉】の声がした。
《 お食事は如何でしたか?この様にケンキチ様はアナタに不自由をさせずに異世界を楽しんでもらう為に色々と準備されています。最寄りの人里までの約4日間、旅程を楽しんでください。ああ、それと到着までに最低限のこちらの常識や知識、魔力の使い方なども学んで頂きます。なので決して退屈する閑はありませんよ。さ、今日は色々な事がありお疲れでしょうからそろそろお休みなさい。いい夢を。ジロー 》
そう言うとまたも目の前が光り虚空からブランケットが現れた。確かに今日は色んな事がありすぎて些か疲れたな。【中吉】さんのチュートリアルは明日以降も続きそうだし今日は寝ることにしようかな。俺はシートのリクライニングを倒し、ブランケットを掛けて眠りについた。