なんだかんだDE第一歩。
ほんの数秒前まで秘書さんだった女性が羽の生えた妖精?になった。
「ふう、やっぱり本来の姿の方が落ち着くね。ケンキチとの約束だからあの姿でいたけどさ。ねっジロちゃんもそう思うでしょ?」
何が何やら分からずフリーズしている俺に妖精は更に話しかけてくる。しかもジロちゃんて。友達にも呼ばれた事ない呼び方された。
「ジロちゃんってば!まだ理解が追い付いてないの?ね、あっちに興味ないの?ねぇってば!しっかりしてよ!もうっ!」
確かに理解が追い付いていない。しかも流暢に日本語でまくし立ててくる妖精みたいな生き物が目の前に…。それでも何とか頭を切り替えて言葉を発した。
「おたく、誰?」
我ながら間の抜けた質問であるがいきなりな状況だから初手はこんなもんだろう。
「私?そうね、まずは自己紹介からだよね。私の名前は【リリ】見ての通り妖精よ。500年位前にケンキチと契約してからはずっと一緒なの。こっちの世界に来てからはケンキチの美人秘書として活躍してたのよ。ケンキチは死んじゃったけど、トンネルの事もあるから当分はこっちにいるつもりよ。美人秘書として」
「そ、そうなんだ。それで実際俺は何をすれば良いの?トンネルの管理ったって俺は今知ったばかりだし魔法?も使えないし」
「それに関してはノープロブレムよ。さっきも言ったけど、当面の管理は私がするから。それよりもジロちゃんには取り合えずあっちに行ってもらって色々な体験をしてもらった方が良いかな。何てったってケンキチや私が生まれた世界なんだから!それはもう楽しいこと間違いナシ!」
「行くって異世界に?」
「そ、異世界に」
「ジイちゃんが作ったっていうトンネルで?」
「そ、ケンキチのトンネルで」
「異世界に?」
間の抜けた問答に【リリ】と名乗った妖精は焦れてきたのか矢継ぎ早に捲し立てた。
「いい?良く聞いて!トンネルの管理は私!あなたはあっちの世界で色々体験!魔法もきっちり覚えてもらうしその内トンネルの管理方法も覚えてもらう!ここまではオーケー?」
「お、おーけい…。」
「宜しい。じゃあ今からアナタにケンキチが作った優秀なアプリをインストールするからそのまま目を閉じてくれる?」
「アプリ?インストール?俺に?」
「あぁっ!もうっ!じれったいなぁ。イイから目を閉じる!ハイ!」
【リリ】の剣幕に圧倒され目を閉じる俺。するとどうだろう、なんだか体中がポカポカしてきた様な気がする。ってか本当に温かくなってきた。春の日が差し込む縁側でゴロ寝してるようなほんわかした暖かさと言えば良いだろうか。害は無い様だと判断して取り合えずじっとしていることにした。
体感時間として、ものの数分という所だろうか。先程までの温かさも治まりかけてきた頃に再び【リリ】が声をかけてきた。
「もう良いわよ。インストール完了!ね、今どんな感じ?」
「どうって、さっきまでは何かほんわか温かったけど今は元に戻ってるというか」
「ジロちゃんて案外鈍感ねぇ!ま、初めてだからそんなもんなのかな。じゃあ、私が今から言う言葉を復唱してくれるかな。ステータスオープン!」
はい?そんなゲームやラノベの中でしか使わない言葉を声を出して言えってか。いやいや、俺もう28歳よ?流石にキツイだろ。と思うよりも早く俺の目の前に何か画面のようなものが現れた。
「ん?今ひょっとしてステータス画面が出て来た?」
「うん、でも俺言葉に出してないのに」
「流石ケンキチね。音声認識だけじゃなくて思考認識も組み込んでたんだ」
「じゃあ、ジロちゃん自分のステータスを確認してみて」
俺は言われるままに目の前のステータスボードの確認をしてみた。
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【 名 前 】 甲斐田 次郎
【 年 齢 】 28歳
【 職 業 】 フリーター
【 レベル 】 1
【 体 力 】 2
【 魔 力 】 1
【 攻撃力 】 1
【 防御力 】 1
【 スキル 】 空間制御魔法***
鑑定***
【 称 号 】 大賢者の孫
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「あら~、見事なまでに最弱ねぇ。ジロちゃん本当にケンキチの孫なの?でも空間魔法が使えるなんて中々じゃない!それに鑑定まで。ケンキチからジロちゃんの子供の頃の夢が馬車に乗って行商することだって聞いてるから条件的には最適なスキルと言えるわね。ま、レベルなんかは向こうで上げちゃえば問題ないか♪」
向こうでレベル上げとかいう不穏なワードが飛びだしてきたけど、向こうに行くことは決定事項扱いなんだな。ジイちゃんの遺言だから取り合えず試しに行ってみようとは思うけど、ちょっとでも危ない目に会ったら直ぐにでも引き返してきてやるつもりだからな。
《 本アプリ使用中、使用者【甲斐田次郎】が危険な目に会うことはあり得ません 》
「今、どこかから声がした?したよね。てか絶対した!」
俺が声の出所を探してキョロキョロしていると【リリ】が答えた。
「声が聞こえるの?だとしたら、ジロちゃんにインストールされたアプリの音声だよ。念話って言って分かるかな?要するに声に出さずに頭の中で会話する事なんだけど、ジロちゃんに聞こえたのはそのアプリからの念話だと思うよ」
「念話…かぁ…ラノベや漫画で知識として知ってはいるけど実際に体験してみると何だか変な感じだね。これってやっぱり双方向なのかな」
《 ハイ。双方向で常時作動し貴方をサポートします 》
「なんかむずがゆいな。でもこれからよろしくね!えーと?名前とかある?」
《 使用者である貴方が名付けて下さい、ジロー 》
ん~。名前なんて人に付けたことないもんなぁ。どうするか。あっ!大賢者であるジイちゃん【健吉】が創ったんだからチョットだけ謙遜も込めて【中吉】ってのはどう?アプリなんだから性別も無いだろうし音声も中性的ではあるけれど女性って言うほどでもないし。ね!我ながらナイスなセンス!じゃあ、改めて今日から宜しくね!【中吉】!」
《 …かしこまりました。宜しくお願いします。 》
「何か微妙な間があったけど、気に入らなかった?」
《 …いいえ、アプリケーションである私にその様な感情は御座いません。ではジロー。これからさっそく出発致しましょう。細かなことはあちらでご説明いたします 》
「了解。」
「どうやら何か決まったようね。でもジロー早く念話に慣れないと、大きな声で独り言を言ってる変な人に間違われるからね!それじゃ私もお暇しようかなっと」
と言いながら、【リリ】は妖精の姿から美人秘書さんへと変身した。
「それでは次郎様、健吉様が生まれた世界をご存分にお楽しみください。途中お戻りになられた折には私にご連絡頂ければ、諸々のフォローもさせて頂きますので。」
と言い残し颯爽と帰っていった。
「じゃあ【中吉】、行きますか、異世界に。でも準備とかいらない?」
《 ご心配には及びません。それでは参りましょう。まずはリビング奥の襖を開いてください 》
【中吉】言われるままに襖を開くとそこには薄く靄がかかっていて、普通なら見えるであろう隣の部屋も見えないし【トンネル】と言われるほどの奥行きも感じない。本当にただ目の前に靄がかかっているだけの様にしか見えない。
《 さあ、このトンネルに一歩踏み出せばあちらの世界です 》
「よっしゃ!何となく怖い気がしないでもないけど行ってみますか。異世界へ!」
精一杯の大きな声で、それでも恐々とした足取りで俺は異世界への第一歩を踏み出した。