ジイちゃんの遺言。
「俺にジイちゃんから相続?」
「はい、生前より健吉様は次郎様にどうしても相続してもらいたいものがあると仰っていました。そしてそれはご家族、いえ、ご一族の中でも次郎様にしか相続することが出来ない物なのです。如何なさいますか」
俺に声をかけてきた女性はそう俺に告げた。だけどどうにも腑に落ちない事がある。俺は甲斐田グループで働いてもいないし親戚の重鎮方に知り合いもいない。本当に只の分家の子倅だ。確かに子供の頃良くしてもらった記憶はあるが親父に言わせればガキだった俺の妄想からくる記憶違いみたいだし。もし記憶が本当だとしても分家の末端の子倅に相続というのはあり得ない気がする。そう思った俺はジイちゃんの個人的な秘書だと名乗った女性に聞いてみた。
「分家の俺にわざわざ相続?しかも名指しで?どうしてそんな話しになるんですか」
俺の言葉に女性は少し困ったような顔をしてこう答えた。
「次郎様が渋られた時にはこうお伝えするように言付かっております『次郎、あの山小屋に来い』と」
山小屋?あの山小屋?ってことは俺の記憶違いじゃなかったってこと?それはとても嬉しいけれど正直言って俺はあの山小屋場所を知らない。中学に上がる頃から行っていないし第一、ウチの近所にジイちゃんの別荘は無いって親父が言っていたし。などと考えていたら、秘書さんが俺にこう告げた。
「次郎様。健吉様が仰る山小屋なら私が存じております。健吉様からは葬儀の当日連れて行くように仰せつかっております。次郎様さえ良ければこのままご同行頂けると私としても助かるのですが、如何ですか」
俺は秘書さんに言われるままに車に乗り山小屋へ向かうことにした。あの山小屋にもう一度行きたいと思っていた俺にとってはいきなりとか葬儀中だとかもはやそんなことはどうでも良くて、ジイちゃんとの思い出の山小屋に行けることがとにかく嬉しかった。
葬儀会場を出て数分…。車が急に濃い霧に包まれ、さっきまであった町の喧騒がいきなり感じられなくなった。それから更に数分後、車が停車し秘書さんがこう言った。
「到着しました」
「えっ!もう着いたんですか?車に乗ってそんなに経ってませんよね。さっきの葬儀屋の近くに山なんて在りませんし」
「それにつての説明は後程。目的の山小屋にはちゃんと到着していますよ。さ、お降りになってください」
秘書さんに促されるまま車外に出た俺が見たのは紛れもなくあの山小屋だった。子供の頃にジイちゃんと過ごした思い出の山小屋。
「やっぱり記憶違いなんかじゃなかった」
呟く俺に秘書さんはこう答えた。
「健吉様は、それはそれは次郎様の事を気にかけておいででした。それで私に健吉様の死後、必ずこの山小屋と周辺の山を相続させるようにと命じられたのです。さ、続きは中で説明致しますね」
秘書さんに促され俺は山小屋の中に入った。山小屋の中は子供だった俺の記憶通りの造りであまりの懐かしさと嬉しさで涙が出そうになった。秘書さんがコーヒーを淹れてくれ俺に座るように促す。俺が椅子に腰掛けると一枚の封書差し出した。
「こちらが健吉様からのご遺言です」
秘書さんに渡された封書を見た俺は思わず噴き出した。
「ジイちゃんらしいや」
封書に書かれた宛名には『次郎へ』と書かれていた。日本語ではなくジイちゃんに教えられて二人で使っていた謎の言語で。死の間際でこのユーモア。俺の記憶通りのおちゃめなジイちゃんだったようだ。更に封書を開けて中の便せんに目を通すとこう書かれていた。もちろん例の謎の言語で。
『お前と再会出来ずに死ぬことを許してほしい。どうやらジイちゃんにも寿命があったようだ。さて、ワシの秘書ちゃんから聞いたと思うがこの山小屋はお前に譲る。それと周辺の山もな。相続にかかる費用や税金なんかの金銭面に関しては一切心配する必要は無い。俺の息子たちにしっかり言い聞かせておるし問題があれば秘書ちゃんが息子たちを〆てくれる。で…だ。お前にはジイちゃんを継いでやってもらいたい事がある。これは本当に他人に知られてはならない極秘事項だ』
他人に知られちゃダメって、ジイちゃんまさか犯罪まがいの事に手を染めてたのか?それで此処がその拠点だったりとか。などと考えながらも読み進めた。
『なぁに、お前が心配するような違法な事じゃない。いつの間にかフリーター?なんてもんになっちまったっていうお前にとっては人生の転機だと思ってくれればいい。そしてここからは文章ではなく直接お前に話したい』
ジイちゃんの手紙はここで終わっていた。直接ったって死んだジイちゃんがどうやって俺に話すんだよ。やっぱり死ぬ直前はちょいと恍惚な感じだったんかな。なんて考えてるのが顔に出てたのか、秘書さんはクスリと笑って俺に言った。
「では、これから健吉様のご遺言を直接次郎様に聞いて頂きます。これは生前に健吉様が準備なさっていたもので、この場にいる私たちだけに見ることが許されています。次郎様、健吉様のお手紙を拝借できますか」
秘書さんに言われるままジイちゃんからの手紙を渡す。秘書さんはそれをテーブルの中央に置いて手をかざし何か短い言葉を囁いた。すると手紙が淡く光りだし何か文様なものが現れその上にジイちゃんの映像が映し出された。いや、平面ではなくて立体的だからホログラムというべきか。しかも全身が。テーブルの上に胡坐かいた格好で映し出されたジイちゃんを、椅子に座る俺は若干見上げるような格好で見ていた。すると映像のジイちゃんは徐に話しかけてきた。もちろん例の言語で。