異世界に来てみました。
此処は物凄く切り立った山の頂きに建つ何の変哲もない山小屋。そしてそんな山小屋の前に立つ俺。
「凄ぇ~。此処はもう異世界なの?」
見た事もない絶景に驚嘆しつつも質問する俺。
《 そうです。此処がマスター、大賢者ケンキチ様がお生れになった世界です 》
俺の質問にそう答えてくれたのは俺の中にインストールされたという【俺専用音声&画像支援アプリ:中吉】だ。どんな物かというと、俺にしか聞こえない音声や俺にしか見えないウインドウでの支援をしてくれる優れモノだ。とは言えまだ具体的に使った訳ではないので何とも言えないが。
《(ンンッ)ジロー… 》
「あ、ハイハイ。俺が考えてる事が分かるんだっけ。失礼」
アプリなのに咳払いが聞こえてきそうなタイミングで俺の名を呼び、言葉を続ける。
《 それで、予定通り最寄りの町へ向かいますか?》
先ほどの咳払いっぽい言い方とは違い、今度は機械的な口調だ。何なんだコイツ。
「そうだな、折角ならジイちゃんが生まれた世界がどんなのか早く見てみたいよ」
《 わかりました。それでは車を呼び出します 》
「へえ、車なんだ。それもジイちゃんがつくったんだよね。どんなのだろ」
俺はまるで子供みたいにワクワクしてそう答えた。
俺の名前は【甲斐田次郎】長男なのに次郎と名付けられただけでもアレなのに弟は三郎ではないという数奇な運命の元に生まれた現在28歳のフリーター1年生だ。苦労して大学を卒業したものの就職した会社がブラックだったり倒産したりして気が付けばフリーターというありがちな人生を送っていたハズなのだが…
《 ジロー、車の準備が整いました。乗車して下さい 》
「了解!ってスゲーなコレ!豪華なキャンピングカーみたいじゃん!」
山小屋の横にある倉庫みたいな所から出て来た車はすんげー格好いい。それに誰もいない所から音もなく滑るように出て来た。自動運転とかリモート運転てヤツかな。
《 実際、あちらの世界の複数のキャンピングカーをモデルにしています。そして、こちらの世界で生き抜けるだけの機能を有していますのでご安心ください 》
俺の感嘆の声に自慢げに答える中吉の声。「生き抜ける」というワードに不穏さを感じないでもないが、ここは聞こえないふりをしておこう。でも1つ疑問がある。これは何をどうこうではなく、具体的で物理的な問題だ。四方が崖のこんなに切り立った場所からどうやって麓に降りるつもりなのか。もしかしてこの車飛べたりするのか?異世界だけに。
などと考えていたら、どこからともなく子供の頃夏休みの午前中に再放送をしていた特撮ヒーローものの劇中音楽みたいなのが聞こえてきた。
♪~ワンダバ ダバダバ ワンダバ ダバダバ~♪
「は?え?何?」
などと戸惑っているといきなり車が下降を始めた。どうやらエレベーターとかダムウエーターみたいな設備のようだ。そして件のワンダバはまだ続いている。
数十秒程経ってようやく下降が止まったら今度はこれまたどこかで聞いたようなアナウンスが聞こえてきた。
「Force Gate Open.Force Gate Open」
「ジイちゃん…何やってんの」
俺は呆れてそう独り言ちた。
その間にも前方のゲートはゆっくりと開いてゆき、数秒後には完全に開ききった。開いた先に見えたのは鬱蒼とした森だった。そして俺の異世界での生活がスタートした瞬間だった。