一 ーー ただ、止めたい ーー (1)
一
一日の授業がようやく終えるチャイムが鳴った。
最後の授業が数学というのは、優弥にとっても手首を縛られたみたいに不愉快な時間でしかなかった。
数字の羅列はどんな子守歌よりも安心感よりも不快感が強く、それでいて効果がありそうで、頭が重たかった。
だからこそ、チャイムのおかげで開放感は半端ない。
小声でしか喋らない数学の教師は子守歌を助長するみたいで、開放感から安堵しかない。
固まった体を解したくて椅子に凭れたまま、腕を宙に上げて背伸びした。
クラスの誰もが開放感からざわめきが広がる。
今日、どこ行く?
部活、部活。
何か食べに行こ。
教室の至るところに沸く会話が心地よかった。
呪文みたいな子守歌よりもよほど気持ちが盛り上がりそうだ。
だからこそ、余計にあくびがもれそうになる。
周りを気にせず、大口開いてあくびをこぼし、教室を見渡してしまう。
すでに数人の生徒は足早に教室を後にしていた。
残った生徒も、いくつかのグループに分かれ、話で盛り上がっていた。
そんな生徒の隙間から、ふと藤村若菜の席を眺めてしまう。
若菜は一人の女子生徒と楽しげに何かを話していた。
昨日、言ったことは本気なのか?
結局、学校で聞けることはなかった。
内容が内容であったけれど、優弥にそれだけの度胸はない。
聞きづらくて口を噤んでしまっていた。
「優弥、お前今日どっか行くのか?」
首を回し、凝りを解していると、机のそばに来た一人の男子生徒が話してきた。
高梨 涼介
優弥の親友の一人。
高身長な人物。カバンを抱え、何かを企んでいるのか興奮気味に前のめりに話しかけてきた。
興味があることにはまっすぐに突き進むため、圧倒されてしまう。
今がまさにそうで、何か目的があるらしく、食い気味に声を弾ませていた。
優弥も慣れてはいても、少し萎縮してしまう。
「いや、これといって。お前は?」
「俺? これからバイト」
ーーん? はぁ、えっ?
だったら聞く必要あったか。
不穏なことを託されそうな空気に警戒しているなか、涼介の話に唖然とした。
「お前がバイト? マジで?」
つい耳を疑った。
「なんだよ、その言い方。ま、面倒だけど、ちょっとほしい物があってさ。それで」
「またスニーカー?」
欲には勝てないってことね。
正直に言って、涼介は何事にも積極的ではなかった。
極力、他力本願な部分があった。
学校の行事に対しても、「面倒だ」と消極的で、最小限の動きで済まそうとする奴。
だからこそ、身を乗り出そうになった。
考えられるのは趣味のためだろう。
涼介はスニーカーが好きで、通学にも曜日によって種類を変えるほどの数を持っているのだから、圧倒される。
「そう。ちょっとほしいのが重なってさ。面倒だけどな、本当は」
だったら、少しは我慢しろよ。
と、つい口を突いてしまいそうなのを、顎を擦りながら喉の奥に押し留めた。