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雨に疼く  作者: ひろゆき


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 八  5  ーー 柳田 優 ーー  (5)


 若菜の見舞いに行ってから、三日が経っていた。


 まだ優弥には事情を話していない。


 若菜が襲われかけていた。


 なんて話すべきではない、と涼介は当然自重していたけれど、気にはなっていた。

 しかし、優弥は今日学校を休んでいた。

 三時限目が終わった休憩時間。

 もう来ないだろう、と考え、微かに安堵してしまう。


「新川さん、可愛かったな」


 重たい荷物を背負っている気だるさに嫌気が差していると、突拍子のない声が飛んできて、唖然となってしまう。

 もちろん、無駄なことを言ってきたのは英人。


「はぁ? 何、言ってんだよ」


 何を誤解しているのか。

 呆れるしかない。

 優弥に連絡を入れるべきか考えているなか、隣の前の席の椅子に座った英人が茶化してきた。


「愛梨にチクるぞ」


 嫌味を込めて反撃すると、英人は唇を尖らせ、顔の前で大袈裟に手を振ってみせた。


「何、言ってるんだよ。僕は涼介の気持ちを代弁してあげてるんだよ」

「何、勝手なこと言ってんだよ」

「だってそうじゃん。普段、面倒くさがりの涼介があれだけ親身になって話しーー」


 得意げに話していた英人であるが、不意に止まり、眉をひそめて涼介と顔を合わせると、そのまま教室の入り口を眺めた。

 また、何をふざけてんだか。

 釣られて涼介も入り口に視線を向けた。


「ーーちっ」


 あからさまな嫌悪感を出す英人の舌打ち。

 同時に涼介も手にしていたスマホを乱暴に机にドンッと置いた。

 いくつかの集団に分かれて雑談している生徒の間を縫うように進み、自分の席に座った一人の男子生徒を二人は揃って目で追った。


「あのクズ……」


 憎らしさが声に漏れてしまう。


 野阪 渉。


 先日の傷は左の頬を隠すほど大きく、大きな絆創膏を貼っていた。

 ほかにも唇の端が瘡蓋になっていて、完全には癒えていないようだ。

 何人かの生徒が野阪の痛々しい様子に声をかけていた。

 執拗に聞かれてか、野阪は苦笑いでごまかしている。

 好奇心で近寄っていた生徒が離れていくのを確認し、二人は席を立つ。

 ざわめきが広がるなか、二人は静かに野阪の席へと向かった。

 野阪の席は窓際の最後尾の席。

 偶然にも若菜の後ろの席であった。


「なぁ野阪。お前、数学得意だったよな。ちょっと教えてほしいとこあんだけどさ」


 温厚な口振りで英人は声をかけ、空席の若菜の椅子に腰を下ろした。

 涼介は黙ったまま野阪の席の後ろに立ち、腕を組んで立った。

 顔を上げた野阪は英人の陽気な顔を見て、あからさまに頬を歪めた。

 半ば無視するように顔を逸らすと、鞄の荷物を机に仕舞っていた。

 教えてくれ、と懇願しても、手ぶらの英人を警戒し、机の上に筆箱を置いた。

 その瞬間、英人はその筆箱を黙って奪い、勝手に開くと物色しだした。

 一瞬、野阪の肩が強張った。

 ゆっくりと英人は周りを見渡した。

 誰も涼介らに注目する生徒はいない。

 ふぅ、と息を吐くと、それまでの温厚な目尻が吊り上がった。


「さすがに二、三日じゃ傷は治らなかったみたいだな」


 それまでと違い、感情を押し殺した低い声に、野阪は恐る恐る顔を上げた。

 英人には穏やかな表情が戻っていた。


逆にその姿が野阪の警戒心を強め、唇を強く噛んで睨んだ。

 後ろで黙ったままも、異様な殺気を放つ涼介の気配を察しながら。

 野阪の敵意を受けながらも英人は無視し、野阪の筆箱を探っていく。

 野阪は何も言わない。

 

「感謝してくれよな。病院の屋上で殴ってやったんだ。すぐに治療してもらえただろ」


 口角を上げて嫌味をぶつけるが、野阪は動じず机の上で手を組んでいた。


「それでさーー」


 そこで英人は一本のシャーペンを取り出すと、ふと間を置き、


「二度と学校に来るなって言ったよな、クズ」

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