六 9 ーー 拒絶 ーー (9)
出遅れた英人がふと呟き、聞き覚えのある名前に涼介の手が止まる。
反射的に動いていたけど、改めて男を見ると、男は涼介らと同じ制服姿であった。
野坂 渉。
英人らとクラスメートの男子生徒。
普段は大人しく目立たない奴なのに、目の前の野坂は仰々しい目で睨んできた。
「お前、何やってんだよっ」
我に返った涼介はまた引き離そうと、手に力を入れると、今度は野坂は体を反らし、舌打ちをした。
悪びれる素振りもなく、野坂は若菜の口を押さえていた左手を大きく振り払い、無理矢理涼介の腕を振り払おうとする。
それでも首元を掴んでいると、
「放せよ。降りてやるからよ」
と涼介を睨んだまま、上体を起こした。
野坂の悪びれない姿に、英人は静かに病室の扉を閉めた。
涼介は野坂を見張るように睨み続けた。
せっかく用意していた花束も飛び込んだ勢いで床に落ちていた。
野坂は敵意を放つ涼介を挑発したいのか、不気味に口角を上げて嘲笑い、ベッドから降りた。
まるで埃を払うようにシャツを払い、乱暴に歩を進めると、涼介と英人の間に立った。
英人は野坂が逃げないように、扉の前に塞がって立つ。
涼介も若菜を隠すように立ち、腕を伸ばして若菜を庇った。
負けじと野坂も涼介を睨んでくる
また舌打ちをする野坂。
「ーーお前らも客か?」
不敵に野坂は言い放つ。
「ーー客?」
不快な言い方に、英人と涼介は顔を合わした。
「あぁ、そうだよ。だったら俺が先だぞ。俺がーー」
どこか勝ち誇っていた野坂は突然声を失う。
刹那、英人が野坂との距離を詰め、右腕を掴む。
そのまま背中に回り、後ろ手に押さえ、自分の左腕を首元に回して首を絞めた。
左手で英人の腕を掴み、抗う野坂だが、英人はさらに右腕を押さえ、強く締めあげる。
息が詰まり、頬を紅潮させる野阪。
足をばたつかせ、限界なのか英人の腕を叩くけれど、英人は容赦なく絞め続ける。
息苦しさから野坂は口を大きく開き、空気を吸い込もうとするが叶わず、瞳孔が開き、目が血走っていく。
異様な冷や汗が額に浮かんでいく。
「どういう意味だ、それ?」
もう限界だと目を見開く野坂を無視し、英人は恫喝する。
次第に野坂の目が充血していき、脅えの色が濃くなっていく。
それを見逃さず、涼介が近づくと、冷血に感情を押し殺し、目が合った瞬間、野坂の左脇に左拳をめり込ませた。
グッと声にならない声を洩らす野坂に、英人は容赦なくまた強く首を絞め、苦しめた。
痛みに頬を歪める野坂の髪を、今度は涼介が掴み、英人の絞める方向とは逆に引っ張り、より首を絞める。
「詳しく聞かせてもらおうか。全部」
歪む野坂に顔を近づけ、抑揚のない低い声で詰めた。
「逃げようなんて考えるなよ。大人しくついて来い」
後ろから耳元で英人も続ける。
返事はない。
返事をさせないまま野坂は表情を引きつらせて唸り声をもらした。
声がもれた瞬間、またしても脇に一撃喰らわす。
「拒否する資格はないからな」
腕を引く間際にフウッと息を吐くと、
「……藤村さん」
状況を掴めないで呆然とし、ベッドの上で掛け布団をかぶり、身を守る若菜。
そこに英人が優しく声をかける。
野阪に向けた声とはまったく違う、柔らかで明るい口調で。
「怖がらせてごめんね。せっかくの花も台無しにしちゃってさ」
さっきの花も野阪に無惨にも踏み散らかされていた。




