五 6 ーー 恋人 ーー (6)
翌日。
朝に伝えられた決定に、美樹は残念で仕方がなかった。
医師による判断で、藤村若菜の入院が長引くことが決まったのである。
原因は突発的な難聴と、視力の低下が治らないこと、若菜の微熱が続いたことに、様子を看ることになった。
胸が痛んだ。
その旨を午前中、担当医とともに伝えに病室に向かった。
その際、母親も同席してもらい。
医師は深刻に受け止める必要はない、と強調し、安心させることに努めた。
熱心な説明によって、母親は安堵した様子だった。
若菜は本人は、医師から目を逸らし、上の空で外を眺めていた。
受け入れるのが容易ではないのかもしれない。
けれど、どこか他人事のように受け止めているみたいで、平然とする姿が逆に美樹を心配に陥れていた。
午後。
若菜の体温は37.2度。
依然として微熱は続いていた。
カルテに記入していると、若菜はベッドに座り、退屈そうに窓の外を眺めていた。
梅雨に入っていたが、今日は快晴となっている。
「もうちょっと我慢してね。退院は」
若菜を察し、声をかけるけど、若菜は「はい?」とこちらに振り向き、不安を一切見せず首を傾げた。
話の意図が伝わらなかったのかな。
「こう微熱が続くとちょっと心配なのよね」
奇跡的に外傷はなかったけれど、美樹が補足すると、「あぁ」と納得したように若菜は何度か頷いた。
「別に気にしてませんよ」
「ーーそう?」
「はい。だってその分、学校サボれるじゃないですか」
悪びれる様子もなく、無邪気に言い放つ若菜。
「あなたねぇ」
と、美樹は呆れてしまうと、「ははっ」と屈託ない笑顔を献上されてしまう。
変に気を痛むよりはいいかな、と自分を納得させるしかなかった。
これだけ冗談を言えるようになったのも、回復している傾向なのかな、と美樹は顔を上げた。
「ユウくんと遊ばないわよ」
入院生活を楽しんでいるような態度に、ちょっと嫌味を放ちながらカルテに記入漏れがないかを目で追った。
「それって、谷口くんですか? 彼とはそんなんじゃないですよ」
美樹の嫌味に、若菜は苦笑いをこぼしながら否定する。
ふとペンを持つ手が止まった。
ユウくんじゃないんだ?
なんで?
と、聞こうとするのも喉の奥に留めておいた。
そこまで聞くべきではないか、と。
そのとき、ふとテレビラックに置かれていたピンクのボールペンを見つけた。
それを見て、口では冗談を吐きつつも、ちゃんと勉強はしているんだ、と感心した。
そして、少しは元気になったんだろうと納得し、病室を出ようとしたときである。
「……雨がやめばいいのに……」
廊下に出ようとしたとき、急に弱々しい声が聞こえた。
ーーえっ? と振り返ると、まるで美樹の存在すら忘れて入るみたいに、若菜はすっと窓の外を眺めていた。
ちょうど、廊下をお見舞いに来た家族連れの子供が母親に話しかけていた。
そんなざわめきに紛れた空耳だったのか、と首を傾げてしまう。
若菜はまだ外を眺めたままで、美樹には気にも留めない様子。
一瞬のうちに別人に変わったみたいな雰囲気に息を呑んでしまう。
……どうしたんだろう。
話しかけるのもどこか気が引け、ちょっとしたモヤモヤを残しながらも、病室を後にした。




