五 4 ーー 恋人 ーー (4)
無邪気な姿には安心する。
けど……。
それだけど……。
「僕にもくれよ」
「はぁ? 何言ってんのよ。これは夜中に置いておくの」
買ったプリンは三つ。
一応、優弥も自分に一つは貰えるだろうと高をくくっていたのだけど、紙袋を抱きかかえて拒絶する若菜に、眉をひそめた。
若菜を学校のイメージから、買い被っていたらしい。
やはり、嫌な女だ。
それでも諦められない。
雑に右手を差し出し、一個だけでも、と要求した。
若菜もしばらく拒否し、顔をプイッと背けてしまう。
それでも負けずに手を出していた。
ややあって、根負けしたのか、若菜はフンッと鼻を鳴らすと、ようやく「わかったわよ」と、折れてくれた。
まったく。誰が買ってきたんだ、という文句はすっと胸の奥にしまっておいた。
ようやくプリンに辿り着き、生クリームの滑らかさに満足することができた。
目の前ではすでに食べ終えた若菜。満足げに伸びをしていた。
スプーンくわえたとき、ふと若菜は天井を眺めた。
一瞬、以前に見た寂しい横顔に緊張が走り、背筋を伸ばした。
時折、耳が聞こえなくなったり、目が霞むと言っていた。
何度かここに訪れることで気づいたことがあった。
若菜がそうした症状が起きそうになる寸前、ふと宙を呆然と眺める仕草があることに。
だからこそ、息を呑んでしまう。
「……別に無理しなくていいよ」
か細い声が届き、天井を眺めながらもちゃんと話してくれることに安堵し、
「ーー何が?」
「だって、そろそろ中間でしょ。大丈夫なの?」
六月も半ば。
若菜が指摘したのは、中間テストのことらしい。
咄嗟に優弥は察し、頬を歪める。
「別に。どうせ、半分は諦めてるよ。何かあれば、涼介らに頼るし」
実際、テスト勉強なんて皆無でしかなかった。
だが、優弥は毅然と胸を張った。
「人に頼ること前提で何威張ってるのよ」
「まぁね。それに……」
涼介は優弥、英人のなかで一番優秀であった。
面倒だと言いつつも、手を貸してくれる。
それは知れ渡っているため、若菜にたしなわれ、鼻で笑いながらま、優弥は若菜を見据えた。
「それに、藤村との約束も残ってるしな」
真面目な口調で言うと、緩んでいた若菜の頬が強張り、唇を噛んだ。
ーー約束。
若菜が万引きの衝動に駆られたとき、連絡を受けて優弥は向かう。
それを五回続ける。
実際はまだ三回残っていた。
「その約束、守らないといけないかな…… ユウくん……」
ーーえっ? と耳を疑った。
初めてだった。
若菜が自分を「ユウくん」と呼んだのが。
まだ信じられず、聞き間違いなのか、と若菜の顔を伺ってしまう。
愛梨が「ユウ」と呼んでいたのが影響していたのか……。
多少ではあるけれど、胸が騒いでいく。
それでも聞き直すことはできなかった。
本人も気まずいのか、脅えた様子で両手をギュッと握っていた。
ただ、真剣な眼差しをずっと送られてしまう。
中途半端な反応はできない、と気持ちを鎮めた。
今は流しておくべきか……。
「できればな。そうしてくれれば、僕も気兼ねなくこうして来られるからね」
「何それ? 病院に来るのに、何か理由がほしいの?」
数秒前の言葉と表情は幻だったのか。
噓みたいにおどけた様子に戻っていた。
「でも、病院だったら何もできないから安心でしょ」
「まぁね。でも、気持ちが落ち着かないときがあれば、連絡くれよ」
どこかで若菜との繋がりを断ちたくはなかった。
自然と言うと、若菜も「うん」と屈託なく頷いてくれた。




