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雨に疼く  作者: ひろゆき


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36/74

 五  4  ーー 恋人 ーー  (4)


 無邪気な姿には安心する。

 けど……。

 それだけど……。


「僕にもくれよ」

「はぁ? 何言ってんのよ。これは夜中に置いておくの」


 買ったプリンは三つ。


 一応、優弥も自分に一つは貰えるだろうと高をくくっていたのだけど、紙袋を抱きかかえて拒絶する若菜に、眉をひそめた。


 若菜を学校のイメージから、買い被っていたらしい。

 やはり、嫌な女だ。


 それでも諦められない。

 雑に右手を差し出し、一個だけでも、と要求した。

 若菜もしばらく拒否し、顔をプイッと背けてしまう。

 それでも負けずに手を出していた。

 ややあって、根負けしたのか、若菜はフンッと鼻を鳴らすと、ようやく「わかったわよ」と、折れてくれた。

 まったく。誰が買ってきたんだ、という文句はすっと胸の奥にしまっておいた。


 ようやくプリンに辿り着き、生クリームの滑らかさに満足することができた。

 目の前ではすでに食べ終えた若菜。満足げに伸びをしていた。


 スプーンくわえたとき、ふと若菜は天井を眺めた。


 一瞬、以前に見た寂しい横顔に緊張が走り、背筋を伸ばした。

 時折、耳が聞こえなくなったり、目が霞むと言っていた。

 何度かここに訪れることで気づいたことがあった。

 若菜がそうした症状が起きそうになる寸前、ふと宙を呆然と眺める仕草があることに。

 だからこそ、息を呑んでしまう。


「……別に無理しなくていいよ」


 か細い声が届き、天井を眺めながらもちゃんと話してくれることに安堵し、


「ーー何が?」

「だって、そろそろ中間でしょ。大丈夫なの?」


 六月も半ば。

 若菜が指摘したのは、中間テストのことらしい。

 咄嗟に優弥は察し、頬を歪める。


「別に。どうせ、半分は諦めてるよ。何かあれば、涼介らに頼るし」


 実際、テスト勉強なんて皆無でしかなかった。

 だが、優弥は毅然と胸を張った。


「人に頼ること前提で何威張ってるのよ」

「まぁね。それに……」


 涼介は優弥、英人のなかで一番優秀であった。

 面倒だと言いつつも、手を貸してくれる。

 それは知れ渡っているため、若菜にたしなわれ、鼻で笑いながらま、優弥は若菜を見据えた。


「それに、藤村との約束も残ってるしな」


 真面目な口調で言うと、緩んでいた若菜の頬が強張り、唇を噛んだ。

 

 ーー約束。


 若菜が万引きの衝動に駆られたとき、連絡を受けて優弥は向かう。


 それを五回続ける。


 実際はまだ三回残っていた。


「その約束、守らないといけないかな…… ユウくん……」


 ーーえっ? と耳を疑った。


 初めてだった。


 若菜が自分を「ユウくん」と呼んだのが。

 まだ信じられず、聞き間違いなのか、と若菜の顔を伺ってしまう。


 愛梨が「ユウ」と呼んでいたのが影響していたのか……。


 多少ではあるけれど、胸が騒いでいく。

 それでも聞き直すことはできなかった。

 本人も気まずいのか、脅えた様子で両手をギュッと握っていた。

 ただ、真剣な眼差しをずっと送られてしまう。

 中途半端な反応はできない、と気持ちを鎮めた。


 今は流しておくべきか……。


「できればな。そうしてくれれば、僕も気兼ねなくこうして来られるからね」

「何それ? 病院に来るのに、何か理由がほしいの?」


 数秒前の言葉と表情は幻だったのか。

 噓みたいにおどけた様子に戻っていた。


「でも、病院だったら何もできないから安心でしょ」

「まぁね。でも、気持ちが落ち着かないときがあれば、連絡くれよ」


 どこかで若菜との繋がりを断ちたくはなかった。

 自然と言うと、若菜も「うん」と屈託なく頷いてくれた。

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