五 3 ーー 恋人 ーー (3)
咄嗟的に会釈をした。
これまで何度か作業している姿を見たことはあった看護師。
話す機会なんて当然なく、ナースステーションを通りかかったとき、ふと目が合うと優弥は頭を下げた。
浜崎美樹。
と胸の名札に記されていた。
背丈は優弥より少し低く、色白で見た目からして細いな、と思える女性であった。
目がアーモンドのようなつり目で、じっと見詰められると、萎縮しそうであったけれど、実際にそう感じたことはない。
左目の下に泣きぼくろがあるのが特徴で、いつも長い髪を後ろで縛っていた。
若葉とは違う、凜とした雰囲気があり、だからこそ突然声をかけられ、驚いてしまった。
それでも、どこか若葉との関係を茶化すような、英人に似た空気も否めなかった。
ただ、美樹が去り際に自分のことを「ユウくん」と呼ばれたことに多少の違和感も否めない。
それだけ気さくな人物なのだろうか。
そんなことを抱きながら若菜の病室へ向かった。
「ったく。暇なんだね」
病室に入るなり、ベッドに座り込んでいた若菜は挨拶代わりに嫌味をぶつけてきた。
「悪かったな」
頬を殴るような嫌味を、苦笑しながら軽く受け流せるようにはなっていた。
涼介らに勧められ初めて来たときには緊張しかなかったが、幾分、今は平静でいられた。
何より、若菜の雰囲気も明るくなったと、優弥自身感じていた。
「んなこと言うなら、頼まれていたプリン、やんねえぞ」
言いながら、ベッドに備えつけられたテーブルに、小さな紙袋を置いた。
すると、若菜の目が綻んだ。
実は、前回の帰り際、「普通、お見舞いなら、何かあるんじゃないの?」と言われたのだ。
確かに、それまで何もお土産を持参したことはなかったのだけれど、ちょっとイラつき、「どんな物だよ」と聞き直すと、「プリン」とリクエストされた。
お土産を催促するだけ、大丈夫なのかな、と安心した。
けれど、難題でもあった。
リクエストされたのは、有名な洋菓子店のプリン。
デパートの地下で販売されている、北海道の生クリームを使用したプリンだったので。
「嫌なら、持って帰るぞ」
と、テーブルの上の紙袋を動かすと、
「何考えてんのよ。病人の前でそんなことをするのは、毒を飲ますようなものよ」
と、宙に浮かぶ紙袋を掴み、強引に自分の胸元に引き寄せた。
「ありがと」
…………。
これまで、学校では若菜に近寄りがたい雰囲気があった。
話しかけても、単調的な返事に収まるだけだった。
でも、病室ではそんなことはなく、無垢な反応を見ていると、優弥の気分も晴れてくれた。




