五 2 ーー 恋人 ーー (2)
病院には様々な患者が訪れる。
だからこそ、不意に感じてしまうときがある。
自分は幸運なんじゃないか、と。
幸い、これまで美樹は自殺に追い詰められるような人生ではなかった。
もちろん、自慢できるほど順風満帆な人生でもない。
不公平なんじゃないの、と憤慨するときも何度もあった。
挫折だって幾度となく繰り返してきた。
それでも自ら命を絶とうとまで追い詰められる、極限な立場にはならなかった。
大概の人はそうなんじゃないの? と問いたくなる。
だからこそ、高校二年。
学園生活に恋愛とか、いろんなことで楽しみしかないんじゃないの?
と聞きたい。
たった十七歳の女の子が味わった絶望はなんなのか。
若菜のカルテを眺めて考えてしまう。
あの無垢な笑顔の裏側に何を隠しているのかを。
それでも、神には感謝しなければいけないのか。
若菜を助けてくれたのだから。
藤村若菜はある小学校の屋上から飛び降り自殺をしたらしい。
その際、体が木に当たり、衝撃が弱まったらしく、さらには地面が土となっていたため、命を取り留めた。
正直、信じられないでいた。
それでも時折見せる寂しげな横顔は、笑顔に戻ってほしいと願わずにはいられなかった。
「……谷口くん、か」
昼間、若菜が催促をしていたのだろうか。
午後六時を回ろうとしていたころ、ナースステーションの前を谷口優弥が通りすぎた。
平静を装っていたけれど、好奇心が滲み出ていたのだろうか。
ふと目が合うと、一瞬脅えたみたいに優弥は会釈したので、「こんにちは」と声をかけた。
実際に優弥と話したことはなく、反射的ではあるが、今が初めてになった。
「藤村さんのお見舞い?」
わかりきっているのに、つい聞いてしまうと、優弥は立ち止まり、気恥ずかしそうに「はい」と頷いた。
カウンターに近寄ると、優弥は呼び止められ緊張しているのか、背筋を伸ばしていた。
学校帰りなのか、制服姿。
よく見ると、どこか気の小さそうで、おっとりとした顔をしていた。
美樹に詰め寄られたと勘違いしたのか、オドオドしていて、それが逆に面白かった。
それでも、献身的に通う姿が美樹にしても嬉しかった。
「がんばってね、ユウくん」
きっと、二人の間での呼び名であろう。
昼間に聞こえた名前を投げかけてしまう。
なんだろ、若い二人を見てると、ちょっと茶化したくなったけれど、鼓舞したいのも本音。
だから声をかけていた。
突然呼ばれ、戸惑いもあったのだろう。優弥はしばらく戸惑ってから、「はい」と小さく答えた。
やはり突然、名前を呼んだのはマズかったかもしれない。




