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雨に疼く  作者: ひろゆき


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34/74

 五  2  ーー 恋人 ーー  (2)


 病院には様々な患者が訪れる。

 だからこそ、不意に感じてしまうときがある。

 自分は幸運なんじゃないか、と。

 幸い、これまで美樹は自殺に追い詰められるような人生ではなかった。

 もちろん、自慢できるほど順風満帆な人生でもない。

 不公平なんじゃないの、と憤慨するときも何度もあった。

 挫折だって幾度となく繰り返してきた。

 それでも自ら命を絶とうとまで追い詰められる、極限な立場にはならなかった。

 大概の人はそうなんじゃないの? と問いたくなる。


 だからこそ、高校二年。


 学園生活に恋愛とか、いろんなことで楽しみしかないんじゃないの?

 と聞きたい。

 たった十七歳の女の子が味わった絶望はなんなのか。

 若菜のカルテを眺めて考えてしまう。

 あの無垢な笑顔の裏側に何を隠しているのかを。


 それでも、神には感謝しなければいけないのか。


 若菜を助けてくれたのだから。

 藤村若菜はある小学校の屋上から飛び降り自殺をしたらしい。

 その際、体が木に当たり、衝撃が弱まったらしく、さらには地面が土となっていたため、命を取り留めた。

 正直、信じられないでいた。

 それでも時折見せる寂しげな横顔は、笑顔に戻ってほしいと願わずにはいられなかった。


「……谷口くん、か」




 昼間、若菜が催促をしていたのだろうか。

 午後六時を回ろうとしていたころ、ナースステーションの前を谷口優弥が通りすぎた。

 平静を装っていたけれど、好奇心が滲み出ていたのだろうか。

 ふと目が合うと、一瞬脅えたみたいに優弥は会釈したので、「こんにちは」と声をかけた。

 実際に優弥と話したことはなく、反射的ではあるが、今が初めてになった。


「藤村さんのお見舞い?」


 わかりきっているのに、つい聞いてしまうと、優弥は立ち止まり、気恥ずかしそうに「はい」と頷いた。

 カウンターに近寄ると、優弥は呼び止められ緊張しているのか、背筋を伸ばしていた。

 学校帰りなのか、制服姿。

 よく見ると、どこか気の小さそうで、おっとりとした顔をしていた。

 美樹に詰め寄られたと勘違いしたのか、オドオドしていて、それが逆に面白かった。

 それでも、献身的に通う姿が美樹にしても嬉しかった。


「がんばってね、ユウくん」


 きっと、二人の間での呼び名であろう。

 昼間に聞こえた名前を投げかけてしまう。

 なんだろ、若い二人を見てると、ちょっと茶化したくなったけれど、鼓舞したいのも本音。


 だから声をかけていた。


 突然呼ばれ、戸惑いもあったのだろう。優弥はしばらく戸惑ってから、「はい」と小さく答えた。

 やはり突然、名前を呼んだのはマズかったかもしれない。

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