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雨に疼く  作者: ひろゆき
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 序  ーー 藤村 若菜 ーー  (3)


 思いのほかぞんざいに答える若菜。

 面倒そうに視線を逸らすと、乱暴にリップクリームを棚に戻し、優弥に目を合わさないまま、逃げるように走り出した。 

 おいっ、と声をかける隙もなく、その場を去ろうとする若菜。

 通路を慌てて走る後ろ姿を、じっと目で追っていると、遠く棚を曲がった。

 完全に若菜の姿は消え、ほかの客の姿が行き交っていた。

 若菜が消えた角の方角を眺めていると、彼女が見ていた棚でカタンッと音がした。

 彼女が戻したリップクリームが床に落ちて転がっている。

 慌てていたので、ちゃんと戻らず落ちてしまったらしい。

 リップクリームを拾うと、ピーチの香りと書かれた変哲もない商品。

 別にこれといって高価な品物ではなく、平凡な商品に首を傾げた。


 まさか、本当に?


「……万引きって何考えてんだ、あいつ」


 異様な雰囲気を察したのは、若葉を見つけたときから。

 どこか誰に対しても「話しかけないで」とした、鋭い棘のマントを羽織っている物々しさがあった。


 若葉は普段から単調で冷たい雰囲気を醸し出していた。

 何かを聞いても、


「別に」


 と短絡的な返事しかなく、どこか素っ気ない。

 まるで人を拒むみたいに。

 そのせいでメガネ越しに目を細めるのが怖い、と陰口を叩く者もいた。


 棚の前にいた若菜はそんな雰囲気をより強く醸し出しているようだった。


 それでも、優弥は普通にそばに近寄っていた。

 正直なところ、優弥は若菜に対してそんな怖さを抱いてはいなかったから。

 自分から話しかけることは何度かあった。

 もちろん、態度が素っ気ないのは変わらない。

 それでも決して怪訝に思うことはなかったから。


 愛憎はなくても、明確な返事をしてくれるし、噓をつくわけじゃない。

 人をぞんざいに扱いはしていない。

 睨むのは、視力が悪いからだろうかな、と。


 ただ、リップクリームを眺めている様子は、どこか違った。

 どうしても放っておけず、そばに駆け寄り、決定的なことをしようとした瞬間、たまらず声をかけていた。

 それでも、


 ーー 盗むな。


 それでも直接には言えず、回りくどい言い方になっていた。

 

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