序 ーー 藤村 若菜 ーー (2)
手にしていた商品を眺める若菜に、体が向くとすでに歩き出していた。
目当ての風邪薬が視界の隅を横切っても目にくれず、ゆっくりと歩いていた。
なんだろう、無音のなかを忍ぶように進んでしまう。
見つかっちゃいけない気がした。
次第に床を蹴る音が強くなり、スニーカーの足音がしてるはずなのに、気にならない。
若菜も同様なのか、何を買うべきか悩んでいるらしく、近づく優弥に気づいていない。
もっと自然に近づき、気軽に話しかければよかったのかもしれない。
けれど、上手くいかない。
まるで遠縁の親戚に久しぶりに会うような、そんな緊張感が体を支配しており、喉が乾燥していった。
距離は次第に縮まり、若菜のそばにいた。
棚に挟まれた細い通路。
若菜と背中合わせになる形で反対側の棚を呆然と眺めた。
まだ若菜は優弥に気づいていない。
眺めた棚は、歯ブラシと歯磨き粉の棚になっていた。
家で使っている物はあるのか、と適当に一つ手に取り、商品を眺めた。
成分表が載っているのだけれど、まったく頭に入ってこない。
意識は完全に背中の若菜に向いていた。
二人の間には、一人通れるぐらいの隙間があったのだけれど、ほかに客は近くにいなかった。
ふと振り返り、小さな若菜の背中を眺めた。
どこか若菜は背中を丸めているようにも見える。
すると、左肩にかけられていたトートバッグのチャックが開かれていた。
どこか不自然に。
じっと様子を伺っていると、若菜は肩の取っ手をずらし、より不自然にトートバッグの口を開かせた。
視線が若菜の握るリップクリームを捉えると、また息を呑むのと同時に若菜は顔を上げた。
すると忙しなく左右に揺れ、黒髪も揺れた。
ーーまさか…… な。
内心、重苦しい結論が脳裏を巡ると、それまで自分を覆っていた膜が剥がれ、店内のダサい曲が脳裏に届いた。
ざわめきが現実に引き戻されたとき、咄嗟に視線を戻した。
歯磨き粉と歯ブラシとを眺めていると、瞬きを執拗にしてしまう。
一度強く瞬きをすると、口が自然と開いた。
「……そのリップ、いくら?」
歯磨き粉を握りながら、見当違いの商品の値段を聞いていた。
背中合わせの若菜に。
返事なかった。
聴きたくもない店内の曲がサビを終えたところで、優弥は一息つき、後ろに振り向いた。
すると、優弥の声に気づいたのか、こちらに振り向いた若菜と目が合った。
メガネ越しにも大きな目がより大きく見開いている。
驚きは幼さののせいか、隠れんぼをしていた子供が思いのほか早く見つかり、唖然としている様子に見えた。
「……谷口くん……?」
突然、声をかけられ驚いたところに、その人物が同じクラスの同級生だと知ると、メガネのブリッジを直し、急に眉をひそめた。
一瞬、若菜の目が泳ぎ、唇を強く噛むのと同時に、眼光が鋭くなった。
どこか訝しげに優弥を睨んでいた。
威嚇するような禍々しさに、優弥も怯まず足に力を込めると、若菜と正面から向き合った。
負けじとこちらも真剣に目尻を吊り上げる。
すると、若菜は萎縮したみたいに右手に握ったリップに力を込めた。
「それ、いくら?」
表情を崩さず、顎で促した。
「知らないわよ、そんなの」