序 ーー 藤村 若菜 ーー
新たな物語を始めようと思います。
序
頭痛なんてまったくない。
むしろ、今日は数学の小テストの勘が当たり、なかば上機嫌。
意識はスッキリしていた。
それでも谷口優弥は学校の帰り、ドラッグストアに立ち寄らなければいけなかった。
頭痛薬を買うために。
めんどくさいな、まったく……。
なんでこんなこんなことになってしまったのか。
六月が近づき、梅雨の入り口に差しかかろうとしているせいか、小雨が降っていた。
傘を持っていなかったので、足早に帰るべきか躊躇している最中に立ち寄ろうとしていた。
二つ年上の姉から連絡があったのだ。
家に常備していた風邪薬がないから買ってこいっ。
まったく横暴な要望である。
優弥の脇腹を殴ってきそうな要望への返事は勿論、
ーー嫌だっ。
と、返信したかったけれど、その隙を与えないほどに、言葉のジャブが続けられた。
小雨に髪を濡らしながらも、足を止めてしまう。
口を歪ませるしかない。
逆らえる雰囲気がスマホからも漂っていた。
まったく……。
しかも、あの種類はダメだ。
あの薬は苦い。
あれも効果ないっ。
注文が多すぎる。
自分で買えよ、と言い返せない間にそんな言葉が顔を殴られてしまう。
それはあたかも、優弥が薬を買うこと決定としていて、断るタイミングを完全に奪われてしまっていた。
きっと「自分で買えよ」と言えば、
「バイトで忙しい」
「病人を動かすな」
と強く反論され、打ち負けてしまうのは明白……。
連絡があった時点で優弥は積んでいた。
「……バカか」
情けない弱々しい声がこぼれた。
スマホに向かってぼやくしかできないほど、弱かった。
逆らう勇気も何もない自分の無力さに苛立ち、頭を掻き毟っていた。
従うしかないのか、やっぱ。
重い足が渋々歩を進めていた。
そんな優弥を嘲笑うみたいに小雨が続くのだから、より憎らしい。
午後六時すぎ。
駅前のドラッグストアは帰宅前の人が立ち寄っているのか、客の数は多かった。
今年も猛暑になるだろうと言われるせいか、店内の冷房が気持ちよく、面倒くささに押し潰されそうな心情を冷めさせてくれた。
小雨で濡れていたのも、どこか心地いい。
足取りも軽くなってる。
姉に逆らえない自分も情けないが、向かう場所は決まっていた。
風邪薬の売り場に。
広い店内を回り、嫌々風邪薬売り場を見つけると、大きくうなだれてしまった。
深い溜め息が止まらない。
家にあった風邪薬を買えば、文句ないだろ。
自然と眉をひそめて棚を眺めていたときである。
あれ?
棚に手を伸ばそうとすると、斜め先の通路の棚に視線が止まる。
一人の女の子の姿に。
白いカッターシャツに紺色のブレザー。胸元には赤いネクタイ。
今、優弥も着ている学校の制服。
見慣れた姿を見つけた。
あいつって……。
「……藤村?」
真剣な眼差しを商品を眺めている、小柄な姿はどこか鬼気迫るものがあった。
藤村 若菜
彼女は優弥と同じクラスの女の子。
背はさほど高くなく、幼さの残る子で、丸顔でメガネをかけているせいか、より子供っぽく見えていた。
ふと瞬きををしてしまう。
学校では窓際の席。
頬杖を突きながら外の空を眺めている姿は、陽に照らされ、普段とは違う大人びた横顔になっており、何度かドキッとしたことも事実である。
それでも、やはり印象は薄い子だった。
肩までの黒髪を右手でなで、じっと商品を眺める姿に、なぜか引き込まれてじっと眺めていた。
何、やってんだ、藤村?
肩までの黒髪を右手で撫でながら、じっと商品を眺める姿に、ゆっくりと息を呑んだ。
なぜか引き込まれ、じっと眺めてしまう。
店内では店舗オリジナルの曲なのか、直球すぎるほどに店名を連呼するアップテンポな曲が慌ただしく流れていた。
それでも優弥の耳には届いておらず、藤村をじっと眺めていた。
ポスターを眺めているみたいな錯覚を覚えるほどに。
若菜は左肩にかけていたトートバッグを握り、力を握るのが見えると、右手で商品の一つを手に取った。
遠くなのではっきりしないけど、リップクリームみたいだ。
若菜はリップクリームをじっと眺めていた。
今後、この二人がどのようになっていくのか。
少しでも興味が沸いていただければ、幸いです。
今後もよろしくお願いします。