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曳山祭り  作者: さかた けん
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哀惜(二)

 病院に着いて膨大な書類にサインをした。控室で一時間ほど待たされたが、ようやく看護師がやって来て、内科の診察室の前の長椅子で待っているように私に告げた。


 診察室のなかに入ると、医師が安楽椅子に腰掛けながらレントゲン写真を深刻そうに眺めていた。それから医師は、レントゲン写真を私に見せながら説明しはじめた。レントゲンの写真は肺全体が真っ白だった。


「レントゲンとCTを撮りましたがかなりひどい状態ですね。一応抗生剤で対応しますが助からないかもしれません」

「そうですか」

危篤きとく状態になった時の処置について伺いますが、緊急マッサージは行いますか?」

「いえ、結構です」

「人工呼吸器は装着しますか?」

「しません」

「たぶん、もう食事は出来ないと思いますが」

胃瘻いろうにしてください」


 と私は躊躇ちゅうちょなく答えた。母親の今の状態では、経口けいこうから食事は出来ないだろうと思っていたからだった。


 医師の説明を受けて診察室から出て来た私を、看護師が母親の病室に案内してくれた。


 病室のなかで、母親が酸素マスクを装着されて死んだように目をつむっている。私がベッドの横の丸椅子に腰掛けた時、母親が突然口を大きく開けだした。


―お腹がすいているのか。とろみ状の食べ物を口のなかに入れてくれとおねだりしているのか―


 私は、母親の耳元に口を近づけてささやくように言った。


「ごめんね、もう口から何も食べられないんだよ」


 私の言ったことが理解出来たのかわからないが、母親の口は、少しずつ少しずつ閉じていった。


 病室は四人部屋だった。カーテンが敷かれているため、他の患者の様子はうかがい知れなかったが、母親と同じ年老いた認知症患者だとわかる。汚れたおむつの匂い。たんを絡ませながら聞こえてくる鈍い呼吸の音。意味のわからない言葉を発している老婆の声。


 私は長い間、茫然ぼうぜんと母親のしわだらけの顔を見つめていた。そうこうしているうちに、相談員が病室に入って来て、話があるので談話室まで来るようにと私に告げた。


 森閑しんかんとした談話室のなかで相談員と会話をした。要件は介護療養型病院への転院の話であった。救急病院は絶えず患者が運び込まれて来るので、在宅介護が出来そうもない患者を介護療養型病院に転院させるのである。


「お母さまは胃瘻にしているから、もう家には戻れません。介護療養型病院を紹介しますので、そちらに移っていただけますか」

「どこの病院ですか?」

「介護療養型病院は来年廃止される予定なので、もうこの区にはないんです。少し遠くなりますが、足立区の介護療養型病院を紹介しますので、そちらに移っていただきたいです」


 と相談員は事務作業を淡々とこなすように言った。

読んでいただきありがとうございます。

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