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王妹よ、いばらの冠を抱け〜この初恋、諦めなくていいですか?〜  作者: 俤やえの
番 外 編 女王と大公と初夜のススメ【 全10話 】
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最終話 初めての夜

( 10 )

 

 戴冠式と結婚式は、つつがなく終わった。二つの式で異なる装いを魅せた女王エリザベートと、マクシミリアン大公と二人で臨んだ宣誓は、またたく間に西方大陸に広がった。

 女王は戴冠式では直線的なシルエットが美しいローブアンピール、結婚式では旧式クラシックスタイルの幾重にも広がる裾に最新のペチコートと合わせた、ふわりと甘いドレスを纏った。

 結婚式のドレスは西方大陸の乙女心をわし掴みにした。女王に続き、ミラべリス王女がこのドレスを花嫁衣装に取り入れ、日常着にもこの【クリノリンドレス】を作らせたという。これにより西大陸と新大陸ではドーム型のシルエットが爆発的に流行ることになる。


 自分の装いが未来の流行モードになるとは露知らず、エレーヌは美しく整えられた夫婦の部屋に入った。宮廷晩餐会も無事終わった。マクシムも、もうすぐここに訪れるはずだ。

 白と緑を基調とした、落ち着いた雰囲気に包まれて、エレーヌはやっと息をつくことができた。

 寝椅子ディヴァンに座ると、ぐったりとしてしまう。何せ、朝から立ちっぱなしだったのである。それに、誕生日から始まった祝賀期間もこれで一区切りがつく。あんなにも色々なことが起こったのにも関わらず、暦を確認すると、一ヶ月経っていないという事実に慄いてしまう。


(明日が安息日で助かったわ。明後日の午後は、ノアイユ侯爵夫妻とお茶会を……)


 最終日程について指折り確認していると、たちまち強い眠気が襲ってくる。慌てて頭を振った。ゆるく編んだ白金の髪がその動きに合わせてふわふわ踊る。


「……寝たらだめ」


 毛先を束ねるミモザのレースを結び直し、エレーヌは眉間に力を込めた。マクシムが帰ってきたら「おかえりなさい」と言いたい。きっともう少しで彼は来るはず。


「そうだわ。こういう時こそ、レニラード詩よ」


 どんな時も、レニラード詩を読むと力が湧いてきた。エレーヌは純白の夜着を翻し、部屋に備えられた本棚にぱたぱたと走り寄る。しかし、すぐに眉を下げる。レニラード詩集の【秋】が、一番上に収まっていたからだ。

 エレーヌはつま先だって、思い切り手を伸ばした。口をとんがらせて飛び跳ねる。届かない。悪戦苦闘を繰り返していると、背後からすっと腕が伸びて【秋】を抜き取った。


「……これ?」


 マクシムが微笑みながら【秋】を差し出す。エレーヌは両手で受け取って顔を真っ赤にした。


「マクシムさま、いつお戻りに……?」

「今さっき。エレーヌが飛び跳ねたあたりから」

「……黙ってみてらしたのね」


 マクシムはくすくす笑う。エレーヌは口をとんがらせてマクシムを睨んだが、柔らかく抱き寄せられて、たちまち機嫌が治ってしまう。

 近くの寝椅子に隣り合って座り、エレーヌはマクシムの背中に腕を回した。


「おかえりなさい。……あなた」

「うん。ただいま、奥さん」


 マクシムが腕に力を込めると、エレーヌは素直にすり寄ってくる。想いが通じ合い、婚約してからエレーヌが極端に恥ずかしがることは減った。

 代わりに、エレーヌは心から嬉しそうに笑いかけてくれることが多くなった。マクシムと目が合うこと、言葉を交わすこと、再び逢えたことが嬉しくて仕方ないのだと、花咲くような笑顔で伝えてくれる。

 とはいえ、マクシムが仕掛ける甘い口付けには、まだまだ慣れる様子を見せない。その初々しさを独り占めできるのは自分だけ。それは途方もない幸福であった。


「……エレーヌ?」


 腕の中の重みが増して、マクシムは視線を下ろす。エレーヌはあどけない寝顔を晒して眠っていた。一瞬気絶したのかと思い身構えたが、違うらしい。

 静かだが、健やかな寝息は、彼女が安心して眠りの世界に旅立ったことを伝えてくれる。胸元にしっかりレニラード詩集を抱えてる姿は、いじらしく愛らしい。


(……ずっと気を張り詰めてたんだ。無理もない)


 再会したエレーヌは、以前の無防備さはどこにもなかった。気高い挙措は威厳に満ちており、他国の君主に引けを取らない輝きを放っている。

 そんな彼女も、マクシムの腕の中ではただの『エレーヌ』に戻れるのである。マクシムは詩集をテーブルに置き、細い背中と膝裏に腕を通して、エレーヌを抱き上げた。

 天蓋付きの寝台に、そうっと横たえる。寝具を半ばめくったところで、控えめな叩扉音が聞こえた。マクシムはエレーヌの首元まで寝具を引き上げてから、扉に向かう。

 把手ノブを回し、扉を開けるとくまとうさぎのぬいぐるみを抱いたリアーヌが立っていた。両目に涙をいっぱい溜めて、唇を噛み締めている。


「……あの、あのね。お姉さまとお兄さまにおやすみなさいを言いにきたの」

「そっか。おいで、リアーヌ」


 マクシムは微笑んでリアーヌの頭を撫でた。中に招かれるとは思ってなかったらしく、リアーヌは目を丸くする。その拍子にころりと涙が転がったので、マクシムはハンカチでそれを拭ってやった。


「……いいの?」

「もちろんだよ。今夜は三人で寝よう。そうっとベッドに登るんだ。できるかな?」

「できるわ」


 リアーヌは抜き足差し足で天蓋付きの寝台に近づき、枕元にぬいぐるみ達をそうっと置いて、エレーヌの隣に潜り込んだ。手慣れた動作に、マクシムは笑いを堪える。


「ん……?」


 ふとエレーヌがまつ毛を震わせる。うっすらと目を開けて、リアーヌを見つけると、優しく微笑んで抱き寄せた。


「リアーヌ、今日はとても立派だったわ……」

「お姉さまも、とってもカッコよかった」


 エレーヌはリアーヌに腕を回して、ぎゅっと抱きしめる。そのまま、眠りの世界に帰ってしまう。

 リアーヌはエレーヌに抱きつき、頬擦りする。二人の様子があまりにも愛しくて、マクシムは胸が熱くなるのを感じた。


「お兄さま、はやく。お姉さまのうしろをまもって」


 と、リアーヌが急かす。マクシムはリアーヌを見習ってそうっと寝台に乗り上がり、横向きで眠るエレーヌの隣に寝転んだ。

 すると、リアーヌは厳かな口調で「ねんねするときは、だっこするものよ」と諭してくる。


「あのね、夜はマモノがくるの。でも、だっこしてれば、マモノがにげてくのよ。お姉さまはね、リアをだっこすると強くなれるっていってたの。リアもそう」


 マクシムは、自分がいなくなってからのエレーヌを思った。エレーヌはリアーヌを抱きしめて、何度も辛い夜を乗り越えたのだろう。

 リアーヌがいれば、もっと強くなれる。必ずファンデールを富ませてみせると自身に言い聞かせて眠るエレーヌの姿が浮かんだ。もう二度と、そんな夜は過ごさせない。

 マクシムはそっとエレーヌの頭の下に腕を差し入れた。

 エレーヌは深く眠っているものの、マクシムの温もりを察してすり寄ってくる。背後からすっぽり覆うように抱き寄せると、エレーヌは安堵したように顔を綻ばせた。リアーヌも気づいて、ぎゅっとエレーヌに抱きつく。


(……俺の守るべき家族は、ここにある)


 マクシムは腕枕とは逆の手を伸ばして、リアーヌの頭を撫でた。リアーヌの目が眠気でとろんと重くなる。


「おやすみ。エレーヌ、リアーヌ」


 エレーヌの頬に口付けて、うとうとするリアーヌの額をふんわり撫でる。マクシムは腕の中の重みが増すのを感じながら、緩やかに瞼を下ろした。

 マクシムとエレーヌが身を結び、真実の夫婦となったのは、この夜から七日後のことであった。

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