(8)女友達
( 8 )
「ねえエレイン。わたしのお願いを聞いて欲しいの」
「はい、陛下」
「わたしと、お友達になってくれないかしら?」
「え?」
エレインがやっと顔を上げてくれたので、エレーヌは嬉しくなった。橙色の瞳を覗き込むようにして、微笑みかける。
エレインは十七歳で、夫となる男性はゲルト人。エレーヌと共通点が多い。エレーヌは同い年の友達がいないので、敬語なしで話す仲になりたい。
「わたしね、エレインともっと仲良くなりたいわ」
エレインがびっくりして瞬きをしていると、お茶と菓子が運ばれてくる。白磁の茶器と、黄李がぎっしり詰まったパイがテーブルに並べられ、エレインは瞳を丸くした。
「この果物は、黄李というの」
「これが、ミラベル……」
「ええそう。貴女の名前に似てるわね。わたし、これが大好物なの」
香りの良いお茶と、焼きたてのパイと、年頃の娘がふたり。
一気にエレインの緊張が解けたのを感じる。エレーヌは自らパイを切り分けた。エレインは品よくフォークを動かして口に運ぶ。
「おいしいです!」
「おかわりもあるわよ」
お茶とパイは、二人の距離をぐんぐん縮ませてくれた。
「エレインは、エルドラードではなんと呼ばれているの?」
「女子修道院に居た頃は、ベルと」
「可愛い響きだわ。なら、わたしもベルと呼んでいい?」
エレーヌはうきうきと尋ねた。エレイン――ベルは夏の花のように鮮やかに咲った。
「もちろんです。エレーヌさまは……エリーなんてどうでしょう?」
「嬉しい。ねえベル。敬語はよしてちょうだい」
エレーヌはたちまちその愛称が気に入った。気安く呼び合える友達ができたのは、生まれて初めてだ。ベルははにかみながら「エリー、分かったわ」と答えてくれた。
「……妹は、思い込みが激しくて、男の子を試さないではいられないの」
お茶のおかわりとともに、黄李のジャムを挟んだマカロンが運ばれてくる。化粧箱に包まれたマカロンをかじりながら、ベルがため息をはく。
「気になる男性がいる場合は、必ず悲劇のヒロインになりきって妄想するのよ。今朝、あの子はカルタータの王太子殿下に熱烈な恋文を書いていたわ」
「カルタータの王太子に?」
エレーヌは驚いて聞き返した。昨夜はマクシムに恋焦がれるまなざしを注いでいたのに。
「初恋に揺れて過ちを犯した自分を許して欲しい、とかなんとか言った内容だったわ。もちろん暖炉にくべて、母が紙とペンを取り上げたの」
要は、カルタータ王太子を試したくて、あのような行動に出たのだという。思わぬ事実を知り、エレーヌはぽかんと固まってしまった。ベルはこめかみを抑えて嘆息する。
「空想と現実の区別が本当についていないの。あの子、大公閣下が初恋だと言っているけれど、十歳の時に熱を上げてたのはアドヴァンス卿のご次男よ。引き裂かれた許嫁という設定で、毎日詩を書き送ってたんだから」
「そ、そうだったの……?」
エレーヌはてっきり、彼女がマクシムを忘れられず一途に追いかけてきたのだと思っていた。
ベル曰く、マクシムは本当にミルフェリアと挨拶以上の会話をしたことがないのだという。安堵とともに、昨夜マクシムを責めるような口を聞いてしまったことに罪悪感を覚えた。本当に、マクシムはミルフェリアと顔見知りだっただけなのである。
「大公閣下が父に招かれて、私と母は二人の会話を聞くだけ。ミルフェリアは下の妹たちと暖炉の方で人形遊びをしていたわ。今回こちらにきて、目をつけたらしいの」
「目をつけたって……」
「カルタータ王太子を試すために、うってつけだったんでしょうね。大公閣下とは叔父と甥だから……。嫁ぐまでにあの性格を何とかしないとって、家族会議が大荒れなの」
ベルの目元にはうっすら隈があった。エレーヌが濃いめの紅茶を注ぐと、美味しそうに飲み干した。かなり疲れているらしい。
確かに、このまま外国に嫁いでは、彼女のためにならないだろう。そういう意味では、十三歳であったことは、不幸中の幸いだったのかもしれない。王太子も同年齢だ。
カルタータ王妃のヘルミオーネは、二人が十八歳を過ぎたら結婚させたいと考えてるらしいので、まだ時間がある。
「女の子を育てるのって、大変ね」
「リアーヌ姫は大丈夫よ。あの子、とっても良い子よ」
「ありがとう。でも、王太子という立場があるから……」
「王太子といえば、エドワード! 昨夜、エドワードもご迷惑をかけたのよね。本当にごめんなさい。あの腰抜けへたれだけは、リアーヌ姫の夫候補から除外した方がいいわ。下の弟たちのほうがよほど良い子よ」
ずいぶんな言われようである。エレーヌは少し考えてからベルを見つめた。
「あの、エドワード王子が私を……、というのもお芝居だったのよね?」
「あの子がエリーの肖像画を自室に飾っているのは、本当なの。だから、お芝居ではないわ」
と返され、エレーヌは動揺した。ベルは片眉をあげて付け加える。
「はっきり告白することもできない男よ。エリーが気にする必要はないわ。エドワードはね、祖父にちやほやされて育ったの。王太子にあるまじきへたれ具合よ。大公閣下と同じ土俵にも立てないわ」
ふんっと鼻を鳴らし、ベルは三つ目のマカロンを頬張る。そして、考え込む様子のエレーヌをじっと見つめた。
「……もしかして、エドワードのことで大公閣下と喧嘩した?」
「け、喧嘩というか……」
ごくん、とベルがマカロンをのみこむ。そして、両手で口を覆った。その顔は真っ赤である。
「ま、まさか、嫉妬に狂った大公閣下に、荒々しく押し倒されてしまったとか……」
「さ、されてないわ! もう、ベルったら!」
「だってエリーが恥ずかしがるのだもの。わかった。熱烈なキスに溺れたのね?」
もしかしたら、ベルはエレーヌよりファラル語を使いこなしているかもしれない。母国語以外でぱっと詩的表現(しかも、美しく官能的な)を思いつく瞬発力のよさは、彼女の優秀さを物語っている。
「……そ、その……よく覚えてなくて」
「エリー、深いキスをするときは鼻で息をするのよ」
エレーヌはマカロンを危うく取り落とすところだった。どぎまぎしながらベルに尋ねる。
「……ベルはどうしてそんなに詳しいの?」
「経験はないけど、知識はファンデールの恋愛小説から学んだわ。エリーは読んだことないの?」
母国の小説だというのに、エレーヌは恋愛小説に明るくない。恥入りながら頷いた。
「あまり読んだことがないの……」
「ファンデールの恋愛小説は、他国より描写が濃厚なのよ。エルドラードでは、初夜を迎える令嬢の教本として流行ってるわ」
「の、のうこう……」
それは、女王として検閲を強化すべき案件なのではないだろうか。いや、芸術作品の過度な制限は反感を高める。エレーヌが混乱している間に、ベルはつらつらとお薦めの恋愛小説を上げていく。
「私、いつも三冊は持ち歩いてるの。よかったら読んでみて」
ベルは肩から下げられるタイプの革鞄を漁り、乙女好みの装丁が施された本をテーブルに咲く。エレーヌはおそるおそる手に取って題名を読んだ。
「カレンデュラは恋に花咲く……」
「初級編の本よ。悪役令嬢カレンデュラが主人公なの。彼女はいわれのない罪をでっちあげられ、王太子から一方的に婚約を破棄されるの。流罪となった彼女の前に異国の騎士が現れて――だめだわこれ以上はネタバレになっちゃう。ハッピーエンドだから安心してね」
初級編。悪役令嬢。婚約破棄。十代後半の少女達向けの恋愛描写。これらが昨今、少女文芸界におけるトレンドなのだという。
「私、同じものを五冊持ってるから、よかったら持っていって」




