(6)大公の嫉妬
( 6 )
座長の挨拶は幕間に予定している。開演前ではない。彼らしからぬ嘘に、エレーヌは戸惑っていた。
マクシムは怒っている。けれど、そこまで怒る理由が、エレーヌにはわからない。それに。
(……ミルフェリア王女のこと、わたしに教えてくれなかった)
エレーヌはかっとなって繋いだ手を振り解いた。マクシムが弾かれたように振り返る。
「エレーヌ」
「……どうして、ミルフェリア王女と知り合いだと教えてくれなかったんですか?」
「知り合いといっても、留学時代にオズワルド陛下と会うついでに挨拶を交わしていただけだよ」
「だって、お兄さまって」
「ごめん。王女は小さな子供だったから、俺は姪をあやすぐらいにしか考えてなかったんだ。実際、彼女は年端も行かない子どもだったし」
三年前だと、ミルフェリアは十歳だ。エレーヌは固い声で返した。
「……十歳の女の子は、もう子どもじゃありませんわ」
「エレーヌ」
このまま近くにいたら、昂った感情をぶつけてしまう。とてもではないが、マクシムと冷静に話せる状況ではない。エレーヌは涙を堪えて踵を返した。
「……ごめんなさい。わたし、一度下に……」
「――ッだめだ!」
マクシムはエレーヌを閉じ込めるように、両腕を肩と腰に回して引き寄せる。背後から強く抱き寄せられ、エレーヌの心臓が跳ね上がる。
「えっ、マクシムさま……あ、あの……」
「……ごめん。君が口を聞きたくないというなら、呼吸ごと止める。だから、俺から離れないで」
「い、息はしてください」
そんなことをしたら、死んでしまう。マクシムの鬼気迫った様子だと本当に実行しかねない。
エレーヌは怒っていたことも忘れて、マクシムを見上げた。深緑の瞳が、苦しげに揺れる。
「さっき、王太子の誘いを受けるつもりだったよね」
「え? それは……」
「わかってる。君の立場では断れない。……でも、だめだ」
「エドワード王太子は……」
エレーヌが王太子を呼んだとたん、マクシムがエレーヌの可憐な唇を塞ぐ。
「俺以外の男を、呼ばないで」
吐息まじりに言って、再びマクシムが唇を重ねてくる。エレーヌは目を見開いた。
モントルイユでも経験したことのない強引な口付けは、エレーヌからたやすく呼吸を奪ってしまう。
愛しい少女が息苦しさに首を振っても、マクシムは深く唇を絡ませる。エレーヌは、降りてくる熱を応えることしか知らない。
夢中で唇を重ねあわせていると、階下から人の声が近づいてきた。エレーヌは息も絶え絶えに恋人の胸を押すが、びくともしない。
ようやく唇が離れた時、エレーヌはくったりとマクシムの腕に寄りかかってしまう。
マクシムはエレーヌを腕に抱いたまま、王室桟敷席に繋がる緞帳に手をかけた。
緞帳は二重構造になっており、廊下と桟敷席の間に狭い空間がある。薄闇の中、ひそやかに口付けを交わし合う。
「ん……っ」
噛みつかれるようなキスは、初めてだった。エレーヌが息を求めて口を開くと、それを妨げるようにマクシムが唇を絡めてくる。エレーヌは立っていられなくて、マクシムの背中に縋り付いた。腰と背中を抱き寄せられ、爪先立ちになってしまう。
「まっ、て……」
「待たない」
降り止まない雨のように、口付けが降りてくる。深く探るような口付けに翻弄され、なすすべもない。やがて、エレーヌの全身から力が抜け、マクシムにもたれかかる。
「……エレーヌ、聞いて」
額に、こめかみに、頬に、口づけが降りる。
「俺の全てを、君は欲した。あの瞬間から、俺は君だけのものだ。――エレーヌ」
口紅が剥がれた唇を指でなぞられ、熱い口付けで塞がれる。
「…………君が、愛しくてたまらない。エレーヌなしではもう生きていけない」
「マクシムさま……、んっ」
「息をさせて。苦しいんだ」
緩く巻いた髪をマクシムの指が絡めとると、白い首筋が露わになる。マクシムは吸い寄せられるようにして、そこに唇を落とす。肌に走る熱に、エレーヌは肩を震わせた。
かくんと膝が折れ、たちまち逞しい腕に囚われる。耳元で、熱く囁かれる。
「もう一度命じて。エレーヌ。俺の全てが欲しいと」
「マクシムさま……だめ、人が……んっ、」
「君がもう一度命じるまで離さない」
命じろと恋いながら、マクシムは口付けを止めない。エレーヌが声を出そうとすれば、甘噛みをしかけてくる。
(マクシムさま、いじわるだわ)
甘くとろける意識の中、エレーヌは恋人がただ優しく穏やかな人ではないことを知った。




