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王妹よ、いばらの冠を抱け〜この初恋、諦めなくていいですか?〜  作者: 俤やえの
番 外 編 女王と大公と初夜のススメ【 全10話 】
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(2)大公と皇帝

(2)


 女官長の言葉通り、エレーヌとマクシムは二人きりの時間が取れなくなった。マクシム側も帝国との調整案件が数多あり、宮殿に上がることもできなくなった。覚悟していたこととはいえ、お互いの多忙さは想像を絶した。


「お前、まだ手出してなかったのか!?」


 皇帝のアパルトマンで、ヴェネディクトの叫びが木霊する。書斎で引き継ぎ事項をまとめていたら、モントルイユでの首尾を尋ねられたのである。


「当たり前でしょう。まだ結婚前ですよ」


 と返しながら、何やら数年前に似たようなことをクルトに言われたことを思い出す。ヴェネディクトは頭を抱えて唸った。


「お前、おま……、何のためにお兄様が一泊二日レイトアウトをお膳立てしたと……? くそ、二万ゲルト損した……」

「……兄上たちの賭け事にするのはやめてください」


 四人兄弟が集まると、下世話な話で盛り上がる。それは仕方ない。しかし、エレーヌに関わることを揶揄されるのは不快だったので、マクシムは冷え切った眼差しで長兄を睨みつけた。


「俺たちは決して不純な動機で賭けていたわけではないぞ」


 と最もらしく言うが、すでに金銭を賭けている時点で不純行為である。マクシムはため息をついて、書類を指した。


「兄上、誤字です」

「は?」

「この文法だと、カルタ語でニュアンスが違ってしまいます。書き直してください」

「……お前年々レオに似てくるな」


 少年のように口をとんがらせ、皇帝は羽根ペンを動かし続ける。マクシムはそっと凝り固まった眉間を揉んだ。

『聖教の騎士』と呼ばれるイシュルバート皇帝が、婚前交渉を唆すなどとんでもないことである。兄たちが浮かれる気持ちもわからないではないが、エレーヌの負担になることは避けたい。


「なぁマックス。ふと思ったんだが」

「何ですか」

「そもそも、お嬢さんはマックスが()()()ってわかってんのか?」

「はあ?」


 マクシムが引継書から顔を上げると、皇帝は完全に手を止めて、厳かに続ける。


「これはからかってるんじゃない。高尚な医学的見地から言っている。お前は『病がもとで、子どもができない』と、お嬢さんは理解している。その上で求婚した。ここまではいいな?」

「ええ、そうですが……」

「だが【行為】は可能だよな?」

「…………医者からその【機能】は無くなっていないと、診断されてますが……」

「ここははっきりしておこう。お前、朝は元気か?」

「……兄上」

「元気なんだな。……だがな、今の世の中で男性側が【不妊】だと言うと、大概の人間は【不能】と解釈するぞ」

「……」

「エルザは賢いが、ご両親は不仲だった。クロヴィスはお父上を反面教師に育ち、非常にストイックだった。覚えてるだろ? マリーとクロヴィスの結婚が完全に成立するまで、四年もかかってとんでもない騒ぎになった」


 聖教圏では【白い結婚】という概念がある。夫婦の営みを完遂しない限り、その結婚は成立せず、いつでも離婚できるのだ。上の姉たちが嫁いだ頃は、結婚の成立を衆目の場で行うことが普通だった。

 流石に姉のマリーがファンデールに嫁ぐ頃は略式となり、夫婦が寝床に入るまでを見届けるのみとなった。しかし、行為が完遂するまで、マリーが余所者扱いを受け続けたことは記憶している。


「あれは肝を冷やした。戦争一歩手前まで行ったんだぞ」


 姉と義兄が、真の夫婦にならなければ、同盟の効力がなくなってしまう。マクシムは怒り狂う母の姿と上のきょうだいの様子を思い出した。


「確か、母上が壁掛け(タペストリー)を引き裂いてらしたような」


 女帝は帝都テレジアの医師をかき集め、ファンデールへ向かわせた。医師団は「王太子殿下は健全なお身体であります」と報告し、ますます女帝は苛立った。マクシムは壁掛け(タペストリー)を破く母親の背中を見て背筋がぞっと凍えたことを思い出す。


「そうだ。俺は慌ててファンデールに飛んでいって、クロヴィスに直訴したんだよ。妹と夫婦にならないならマリーはこのまま連れて帰る! てな。ハッタリだけど」


 しかし、そのはったりが功を奏した。クロヴィスとマリーは心から思いを寄せ合っていたのだ。行為に踏み切れなかったのは、互いの年齢が若すぎることと、クロヴィスが父親から与えられた心的外傷で二の足を踏んでいたからだったのである。

 ヴェネディクトのはったりに、クロヴィスは「マリーは離さない」と食ってかかった。マリーも「おそばを離れません! アン兄さまなんて嫌い!」と泣いた。そして無事に結婚は成立し、リアーヌを授かったというわけだ。


「あの時の俺は、帝国劇場の主役ばりの名演技をかましたと思っている」

「そうですか。ではこれで」

「ばかやろう。本題はここからだ。男女のアレコレについて、エルザに聖典以上の知識がなかったらどうするんだ」


 聖典では「夫婦の営みは聖なる触れ合い。神に認められた者同士で天を知る」としか書かれていない。そして、エレーヌはもともとエルドラード王の後妻になる予定であった。

 あの男に嫁ぐ王女に、男女の身体の仕組みやら行為の実態を教える()()の女官がついていたかどうか、非常に怪しい。エレーヌの認識は聖典で止まっている可能性が高い。


「……そうだとしても、今はエレーヌを混乱させたくありません」


 ただでさえエレーヌは多忙を極めているのだ。彼女は戴冠式と結婚式の後も仕事が控えている。それに、十八歳になったばかりだ。軽い口付けでさえ頬を真っ赤に染める、初々しい乙女なのだ。

 マクシムは聖人君子ではないので、欲を抱く時もある。しかし、今は手を繋いだり唇を重ねたりするだけで十分だ。


「桃色炭酸水の青春を楽しんでるところ悪いが、お前は大人だ。現実を知れ」


 ヴェネディクトは桃心木マホガニーの机に分厚い書類の束を投げすてた。マクシムは瞬きをする。


「これは?」

「女王の元王配候補だ。全て招待されて、このルヴェルに集結している」


 ざわり、とマクシムの胸が騒ぐ。マクシムは動揺を静かな笑みに隠し、長兄を見上げた。


「知っていますよ。しかし、彼らの中に、俺と身分が並んでも、それより高い者はいないはずだ」


 大公ヘルツォークは君主に準じ、王太子より上の地位だ。加えて、名誉職ではあるが、マクシムは聖ゲルト騎士団総長の役職についている。

 マクシムに相対するものは、その背後に聖王庁と三人の兄たちを意識するだろう。

 皇帝ヴェネディクト、選帝大公国君主かつ帝国宰相レオポルト、商業大国ロンバルディア女公の婿・提督フェルディナント。マクシムを敵に回すということは、彼らに目をつけられることを意味する。マクシムは昔と違う。虎の威を借る狐と嘲られようが、エレーヌの隣に立つためなら、マクシムは手段を選ばない。


「強気な発言を聞いて安心したよ。引き下がるとか言ったらぶん殴ってた。この求婚者の中には何人か狂信的なやつが紛れ込んでる」


 エリザベートの即位は神秘のヴェールを纏って大陸中に伝わっている。魔法も奇跡も起こしてはいないのだが、即位を宣言した際の神々しさ、その後の彼女の功績を神の御加護の賜物と心酔する者はファンデール内にも多い。


「おかしがたい聖女像を勝手に作り出し、狂っちまう奴がいる。エルザから目を離すなよ。ついでにちゃんと説明もしろ」

「……わかっています」


 マクシムは皇帝がリストアップした人物を脳内に叩き込む。いずれも一歩間違えれば外交に損失を与える貴公子ばかり。すでに婚約は内外に発布され、結婚式の日取りも決まった。横槍を入れれば、身の破滅しか待っていない。


(それでも、過ちを起こす人間はいる)


 手が届かないと分かっていても、想わずにはいられない。その気持ちだけは、マクシムも分かる。


(だが、渡さない)


 エレーヌが夫に欲したのはマクシムだ。他の誰でもない自分が彼女を妻にする。誰にも、彼女に触れさせない。

 醜い独占欲を覆い隠すべく、マクシムは書類仕事に没頭した。

 マクシムは婚約者として、夜会や観劇でエレーヌのそばにいる事が許されている。女官長はそこまでは制限しなかった。彼女の配慮にほっと胸を撫で下ろす。


(……エレーヌと話したい)


 切ない思いをため息で逃し、マクシムは目の前の仕事を片付けた。

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