(1)女王の考え
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「戴冠式に合わせて結婚式をしようと思っています」
モントルイユから帰って、エレーヌは正午の御前会議でこう発言した。マクシムは女王の隣に座り、執務室の面々を静かに見つめている。
二人の結婚については、国務諮問会議の承認が降り、王国議会にも周知された。ファンデール政府は、マクシミリアン大公を王配に迎えることで、ファンデール王国の食料生産体制の改善と前進を期待している。
では結婚式をどうするか、という話は決着がついていなかった。どういう形が良いか、エレーヌとマクシムはモントルイユで話し合い、決断を出した。
「……同時に? まとめて?」
と、言ったのは女官長のベルタン伯爵夫人である。その横でマノンがため息をつく。
「女官長、お気持ちは察します」
「女王陛下、恐れながら理由をお伺いしても?」
と、大法官が質問する。エレーヌは瞬きをした。
「一日にまとめれば、経費は戴冠式の予算内で収められます。幸い、戴冠式に合わせて周辺諸国の王侯貴族もいらっしゃってますから、再調整の手間は……。あっ、でもあなたたちの仕事は増えるのよね……やはり指輪の交換だけに省略を……」
「女王陛下、我々が言いたいのはそういうことではありませんよ」
と穏やかに口を挟むのはローゼンベルクだ。片眼鏡の奥の瞳が、マクシムに向く。
「大公閣下は同じお考えですか?」
「ああ、そなたらには負担をかけるが、なるべく簡素に……」
「省略! 簡素!」
女官長はそう叫んだっきり、長椅子にへたり込んだ。マノンが慌てて気付の香水を振り撒く。
「一生に一度の、しかもファンデール初の女王の結婚式ですよ? 盛大に祝わずにどうするんです。陛下の結婚式のドレスのために、モントルイユ商会とトリアノン商会はデザインを練っているんですよ」
と、ローゼンベルクが諭す。いつもは彼と反対の意見を言うメルバーンも頷く。
「けちんぼ長官が盛大に金を出すと言っているんです。陛下、ご再考を」
エレーヌは微笑んで首を振った。
「あなたたちの気持ちはとても嬉しいわ。商会にはあらためてわたくしから説明します。……出すお金は最低限にしましょう。豪勢にお祝いすれば良いというものではないはずよ。花嫁衣装はお母様のものを、結婚指輪は兄夫婦のものを使わせていただきます」
エレーヌの誕生日と戴冠式以外にも、連日の夜会や祝祭が催されている。もうすでに、莫大な費用がかかっているのだ。いくら大国の後見を得ているとはいえ、未だファンデールは出費を控え蓄財に勤しむべき状況である。
「それにね……」
エレーヌは言葉を切り、マクシムの袖を握る。その顔は真っ赤だ。
「わたくし、大公と離れたくないの。……婚約、だと、その……」
「エリザベート……」
マクシムがエレーヌの手に手を重ねる。その途端流れ出した二人の甘い雰囲気に、執務室内の大人達は色々と察するものがあったらしい。
「わかりましたわ」
長椅子に倒れ込んでいた女官長がゆらりと立ち上がる。その鬼気迫った様子に、男性陣は一歩引いた。
「このベルタン覚悟を決めましてよ。せめて、真心込めたお支度をさせていただきます」
「女官長、ありが」
「つきましては陛下、園遊会と夜会の開催数を減らしてください。ええ、結婚式のお支度とご説明すれば、諸侯も理解してくださいますわ。宰相」
「はい。問題ありません。皆様は女王陛下の求婚をご覧になってますから、きっと快く許してくださるでしょう」
うんうんと宰相が頷く。女官長はきらりと光る眼差しをマクシムに向けた
「大公閣下は、結婚式まではアパルトマンでお過ごしください」
「あ、ああ。もちろん、そのつもりだが」
「それと、当日までお二人きりのお時間はありません。そのおつもりで」
「え……」
エレーヌが悲しげに眉を顰める。彼女を幼い頃から知っている女官長は心を鬼にして貞淑を説いた。
「聖教のならいです。結婚式まで、お二人は大司教の同席のもと会うように。……そんな暇はないでしょうけれど。七日を切ってますからね」
「妃殿下のドレスも、手直しが必要です。すぐに衣装合わせをしましょう。モントルイユの針子はいつでも動けます」
「兎にも角にもまずはドレスです。女王陛下、参りましょう」
エレーヌはあっという間に攫われてしまった。マクシムと挨拶さえ交わすこともできなかった。呆然とするマクシムの肩を、ローゼンベルクが優しく叩く。
「若君、ここが正念場ですぞ」




