(最終話)最後の贈り物
( 15 )
エレーヌは手紙を胸に抱いて、マクシムの腕の中で涙を流した。マクシムも目を潤ませ、子どものように泣きじゃくるエレーヌを抱きしめる。
二人が手紙を読み終わったことを察したのだろう、寄り添う二人のもとに、リアーヌがぱたぱたと走り寄ってくる。
「おねえさま! おにいさま!」
「リアーヌ」
エレーヌとマクシムは同時に腕を伸ばし、リアーヌを抱き寄せる。リアーヌは二人に抱きついて頬擦りをした。
マクシムがリアーヌを膝にのせ、エレーヌは姪の額に口づけて抱きしめる。
「リアーヌ、お手紙をありがとう」
「すごく嬉しいよ」
「えへへ、びっくりした? あのね、もう一つプレゼントがあるのよ!」
リアーヌは二人のほっぺにキスをすると、膝からぴょんと降りた。そして、可愛らしく胸を張る。
「えへん。ただいまこれより、王太子シャルロットは、女王のしごとを代行することをせんげんします! きげんはあさっての朝までです!」
「こちらを、王太子殿下」
いつの間にかそばに来たヴェネディクトが片膝を突き、丸めた羊皮紙をリアーヌに差し出す。リアーヌは両手を使って羊皮紙を広げた。そこには「王太子が女王の仕事を一日代行する」と宰相の字で書かれ、国務諮問会議メンバー全員がそれを承諾したことが記されていた。メンバー全員の署名と国璽も押された公文書であった。
「いつの間に……」
エレーヌは羊皮紙を受け取り、躊躇した。マクシムも迷うようなそぶりを見せる。リアーヌはふんぞり返ったまま二人を見つめている。
ヴェネディクトがリアーヌの頭を撫でながらこう言った。
「明日はカルタータの王太子と、エルドラード第二王女の顔合わせだろう? 正礼拝の日だから夜会はないし、シャルロットに任せてみてはどうだ? いずれシャルロットは一人で公務をこなす。その練習だと思えばいい」
「わからないことは、ちゃんと宰相と大法官に聞くわ!」
と、リアーヌは自信満々に答える。エレイン王女がリアーヌの隣に寄り添うように立った。
「妹の縁談ですもの。もちろん、わたくしたちもお手伝いしますわ」
「カルタータ王太子は僕の従弟なんです。任せてください」
と皇太子が続ける。未来の皇太子夫妻が積極的に立候補したのでオズワルドは苦笑をこぼす。
「私の出番はなさそうだな。二人の娘を奪われる父親の苦悩に浸るとするよ」
「このおやすみが、リアたちからのプレゼントよ!」
と、リアーヌが結ぶ。エレーヌとマクシムは目を合わせて、微笑みを交わして頷いた。
エレーヌは立ち上がり、ドレスの隠しから華奢な銀の鎖を出した。人差し指にはめていた女王の印章を抜き取り、鎖を通す。
「女王エリザベートの名において、王太子シャルロットによる国事代行を承認します」
「つつしんでお受けします」
元気に応えるリアーヌの胸元で、印章がきらりと光る。マクシムは二人の姿に目頭が熱くなった。
「じゃ、二人ともさっさと行ってこい」
「へ?」
「クルトとランバル嬢が南瓜の馬車の前で待ちくたびれてるぞ」
「え、かぼちゃ?」
ヴェネディクトは余韻などものともせず、二人の背をぐいぐい押す。エレーヌとマクシムは目を白黒させながら四阿から出た。その手を第四王子と第五王子が引っ張る。
「あっちだよ!」
「かぼちゃの馬車、おいら知ってる!」
林檎の木を通り過ぎ、秋薔薇の生垣を進むと、王族専用の馬車寄せが現れる。そこには、ブーゲンビリアやダリアなど、秋の花々で飾られた四頭立ての馬車があった。馭者台には大人の頭ほどの大きな南瓜が二つと、黄李の詰まった籠が置かれている。
「陛下!」
「若、やっときた!」
馬車を回り込んで現れたのは、黒衣のローブと角帽姿のマノンとクルト。イルヴォンヌ大学の卒業生だけが纏える式服である。二人とも、学業修了の徽章を胸につけている。
「クルト……医学部を卒業できたのか」
「若が帰って来んのに留年はまずいでしょうよ」
「……そうか。おめでとう」
マクシムとクルトは照れくさげに言葉を交わし、マノンとエレーヌは固く抱擁をする。
「マノン、それは首席バッジよね? すごいわ」
マノンはファンデール女性で初めてイルヴォンヌ大学短期課程に進んだ。女官業の傍ら修了試験で首席を取ったとなれば、明日の一面は彼女の話題一色となるだろう。
「陛下のおかげです。これからもどうかよろしくお願いしますね」
「さ、どんちゃん騒ぎは後々! 早くしねーと祭りが終わっちまう」
クルトが手を打ち鳴らし、マノンがエレーヌから身体を離す。エレーヌはマクシムと見つめあってから小首を傾げた。
「……お祭り?」
「どこへ行くんだ?」
マノンとクルトは顔を見合わせて、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「それはもちろん」
「モントルイユでしょ!」




