(12)書簡〈8〉ファンデール王妃 アンヌマリー
( 12 )書簡〈 8 〉ファンデール王妃 アンヌマリー
親愛なるおにいさま陛下
お腹の王子の名前ですけれど、陛下とも相談した結果【ブノワ】にすることにしました。アン兄さまのヴェネディクトをファラル語にしたものよ。お兄さまのような名君に育ちますように。
筆記机に座ったら、レオ兄さまを思い出しました。先日のお手紙でレオ兄様は「ゲルト語を忘れていないだろうね?」と心配してきたのです。マリーが忘れていない証に、今日はゲルト語でお手紙を書いてみます!
お姉さま、お兄さまがた。
大変ですわ。これからお伝えすることは、きょうだい達だけの秘密にしてくださいませね。決して宮廷内で騒ぎ立てないで。
わたくしたちの坊やが、ついに恋をしましたの!
先に言っておきますが、相手は野菜ではなくてよ。天使のように愛らしく、そして賢い人間の女の子です。それが誰かは明かせませんが、いかに彼女が善良で親切か、わたくしがよく知っています。
その子は、ファンデールで一番先にわたくしに親切にしてくれました。
彼女の真心に、わたくしがどれだけ救われてきたか!マックスの凍った心がとけて、惹かれるのも当然ですわ。
……でも、二人の仲を取り持つことはできませんの。
カロリーネ姉さまあたりは、もう察してらっしゃるかも。
彼女には、婚約者がいますの。それも、親子ほど年の離れた、小太りの冴えない男です。(久しぶりにゲルト語を使ったら、下品な表現になりました。お許し遊ばせ)
わたくしは王妃として、この婚約に物もうせる立場ではありません。
けれど一人の大人として、彼女を守ることはできます。それについては陛下とも見解が一致しています。
そう、彼女が嫁ぐにはまだ時間があるのです。そして、相手はみるからに不健康そうな中年。水やワインをがぶがぶ飲んでましたから、飲水の病に罹ってることは明白。お母さまも最期はああだったから、そう長くはないと踏んでますの。(不敬にあたるので、マリーがこんなことを言ったと陛下にばらさないでくださいね! 特にフェル兄さま!)
対して、わたくしたちの坊や。
彼は思慮深く、輝くような若者です! 何より、太っていません。
姉の贔屓目ながら、マックスは見目麗しく、穏やかで優しい青年です。わたくしの陛下を除いて、ファンデール貴族の中にこれほど清々しい貴公子はいませんわ。
しかも、マックスには独身時代のお兄様方のような困った癖もありません。これはクリスティーネお姉様とカロリーネお姉さまのご教育の賜物ですわね。
フェル兄さまが残念がってる様子が、手に取るようにわかりますわ。悪い遊びをそそのかしても無駄ですわよ。
ルヴェルの誘惑など、あの子にはまるで見えていないのですから。
マックスの天使は、彼の土いじりにも理解があるのです。それから、レニラード詩ーーそう、あの淡々と風景を謳う牧歌的すぎる文学も好きなのです。あいかわらずわたくしは、目次で眠ってしまってよ。 (他の本は適度に読んでいます。ほんとよ)
庭園で会話をしている様子など、まるで一対の器のよう。
陛下は流石に気付いてますが、何も言いません。マックスを信頼し、彼女を慈しんでらっしゃるからです。マックスは絶対に紳士的な距離を崩しませんからね。わたくしはもどかしくてたまりませんの。
あの子ときたら!
エスコート以外、絶ッ対に彼女に触れようとなさいませんの!
アン兄さま。顔を覆われましたね? レオ兄さまも、ため息をつかれたはず。わたくしにはちゃあんと分かりましてよ。フェル兄さまは舌打ちの癖は直ったのかしら?
マックスのお行儀と分別のよさは筋金入りですわ。彼の奥手ぶりは、新婚時代の夫を思い出します。じれったいったらありゃしない!
ふふふ、なんだかきょうだい全員でやきもきする光景が浮かんじゃった。
嫁いで十年が過ぎるけれど、わたくしの中ではきょうだい達の姿は嫁ぐ日のまま変わってません。
そろそろ女官長が迎えに来る時間。じつは朝から陣痛っぽいものが始まってるの。間隔が狭くなってきたから、いよいよ今夜から産室にこもらなくてはいけません。
王室のしきたりだから仕方ないけれど、くらーい部屋でじっとしていると、心細くて仕方がなくなるのよね。
……ねえ、おにいさま、おねえさま方。
マリーのわがままを聞いてくださらないかしら?
わたくしの愛する陛下に力を貸していただきたいのです。
マリーが産室から出てくる頃には、きっときょうだい達から承諾のお手紙が来ているでしょう。
わたくしたちの坊やと、未来の義妹に、乾杯!
いってまいります!
アンヌマリー




