(11)閑話休題 女王と大公
( 11 )
「……まったく」
フェルディナントの手紙を読み終え、マクシムは苦笑する。そして、傍らのエレーヌを見つめた。
青い瞳は涙で潤み、ぱたぱたと雫が手紙に落ちる。マクシムはエレーヌを柔らかく抱き寄せた。
「エレーヌ、困らせた……?」
エレーヌはマクシムの腕の中で頭を振り、広い背中に腕を回す。
「ちがいます。嬉しいです。こんなにたくさん祝福いただけるなんて……思ってもみなくて……」
兄夫婦が亡くなり、エレーヌの家族はリアーヌだけになったと思い込んでいた。けれど、マクシムと想いが通じ、たくさんのきょうだいから手紙をもらって、いつの間にか家族が増えていたことを実感した。
「俺も嬉しいよ」
涙を親指の腹で優しく拭われて、エレーヌはくすぐったさに肩をすくめる。頬を包むマクシムの手に手のひらを重ねて、エレーヌは気になったことを尋ねた。
「マクシムさま、キーシュにいらしてたって……?」
「……うん。君を、守れたらと思って……。とにかく、ひと目だけでも会いたかった」
濡れる頬に口づけをうけて、エレーヌがまた新たな涙をこぼす。唇を噛んで上目遣いでマクシムを睨んだ。
「ずるい……」
「ごめん。エレーヌがあまりにも綺麗になっていて、そばにいったら君をさらってしまいそうで」
マクシムの語尾がどんどん小さくなっていく。エレーヌはふるふると頭を振り、マクシムの頬に触れる。
「わたしも、会いたかったのに。ひどいわ」
「エレーヌ、怒ってる? ……本当に、ごめんね」
謝罪とともに額に口づけが落ちてくる。エレーヌは流されそうになりながら、ヘルミオーネの手紙を思い出し、眉に力を込めた。
会いたくてたまらなかったのは、エレーヌも同じなのだから。
「怒ってます。わたし……本当に、あなたに会いたかったの……」
エレーヌはマクシムを見上げた。青い瞳は焦がれてやまない心で揺れていた。
「毎日、貴方の夢を見ていたんですよ。目覚めるたびに、悲しくて……」
「エレーヌ……」
愛しい少女が、これ以上涙をこぼすまいと唇を噛み締めようとするので、マクシムはその動きを指先でとめた。花色の口紅が、マクシムの人差し指を淡く染める。
「意気地なしでごめん。エレーヌ、こんな俺だけど、どうか……」
細い顎に手をかけると、エレーヌがゆっくりと長いまつ毛を伏せる。零れ落ちた涙を唇で吸い取り、マクシムはエレーヌの腰を引き寄せ、顔を傾け――
「にーに、女王さま、なにしてるの?」
「あれはなぁ、ケッコンシキしてるんだ!」
あどけない声が元気いっぱいに響き、エレーヌとマクシムは硬直した。声の先を見ると、四阿の柱の裏から、好奇心に満ちたまなざしが四つのぞいていた。エルドラード第四王子と第五王子である。
「アーノルド! コンラッド! なにやってるの!」
慌てた様子のエレインが走り寄ってきて、二人の弟をさっと両脇に抱える。細身の体で五歳と三歳の男児を軽々と運ぶ姿に、エレーヌは驚いた。
「やだーっおいら神父さんやるーっ」
「にーにがやるならぼくも!」
「おだまり! お許しあそばせ、おほほ」
エレインは暴れる弟たちを一喝で黙らせ、ハイヒールを履いているとは思えない俊敏な動きで庭に戻っていく。
エレーヌとマクシムの視線が林檎の木に向かうと、オズワルドと皇太子がさっと目をそらし、リアーヌを抱き上げたヴェネディクトは白い歯をみせて爽やかに笑い返してくる。
何よりもいたたまれないのは、リアーヌの輝く瞳だった。
エレーヌとマクシムは慌てて身体を離し、行儀よく長椅子に座り直す。
「つ、次のお手紙を読まないと」
「そ、そうだね。これで八通目だ」
渡された封筒は十通だ。八通目と九通目は開封した跡が残っていた。封筒自体、他のものより色褪せてしまっている。
マクシムが封筒を裏返し、目を見開く。傍らで覗き込んでいたエレーヌは息を呑んだ。
そこには【アンヌマリー】と美しいファラル語で署名されていた。
日付は、あの恐ろしい秋の夜より、四日前だった。




