(4)書簡〈1〉第一大公女クリスティーネ
( 4 )書簡〈 1 〉第一大公女クリスティーネ
私たちの坊やへ
ごきげんよう。この手紙は、王都に到着したら貴方に渡すようにとヴェネディクトに頼んであります。
ちょうど目の前を、上の空の坊やが通り過ぎていったわ。姉が未来の貴方へ手紙を書いてるなんて想像もつかないでしょうね。
ヴェネト平野から帰ってきてから、坊やの恋煩いはひどくなる一方。困ったものね。
キーシュ停戦の会談に紛れ込んでいたと、女王が知ったら驚くわよ、しかも、レニラード神国の歩兵に扮して!
マクシミリアン、貴方はいま「もし」と「あの時」に縛られているわ。女王に声をかけず帰ってきたこと、リクヴィルで女王に別れを告げたこと。いえ、そもそも女王を愛さなければよかったとまで思い詰めているかもしれない。
マクシミリアン。あなたが「もしあの時ああしていれば」ともがき苦しむような愛を知ったなら、それは本当に素晴らしいことよ。
覚えているかしら? 坊や、わたくしと、わたくしが愛した夫を。
継承戦争が終わった年、わたくしは近衛騎士と駆け落ちをした。お母さまの戴冠式の祝賀に紛れて、宮廷から出て行ったの。
ずいぶん周囲を困らせて、ヴェネディクトのとりなしでやっと結婚が叶って。わたくしも夫も、命をかけて愛し合ったわ。
けれど、夫はあっけなく逝ってしまった。わたくしは絶望のあまり病気になって、実家に戻ってきたの。
あなたは、九歳になったばかりだった。目を開けると、いつも貴方が窓辺で本を読んでいたのを覚えているわ。
この頃、わたくしは声が出なくなっていた。きょうだい達は、筆談用のノートを置いてくれたけれど、それに書くことは、稚拙な嘆きばかり。
「夫が早く亡くなったのはわたくしのせい」
「あの時結婚しなければよかった」
「そうすればこの愛が消えることはなかった」
嘆きを綴り続けて数日後、手紙が挟まっていたの。珍しくあなたが窓辺にいないから、わたくしはすぐに坊やからだとわかったわ。
坊や、わたくしに出してくれた手紙を覚えている? 姉さんは、今も大切に保管しています。その手紙の内容をもう一度伝えるわね。
かつて真実であったなら、姉上と義兄上の想いは、いまもこれからもずっと真実でありつづけると思います。
姉上は親しい者を捨てる勇気をもって愛を貫き、義兄上は荒海をも越える愛で包み返しました。それは、永遠に残り続けます。
僕も、そのような想いを持つ時が来たら、その愛をつかみとり、真実とする勇気を持ちたい。
姉上、いまは無理でもかまいません。いつか姉上が、再びあの日の勇気を取り戻すと、信じています。
わたくしね、てっきり他の弟妹たちがあれこれ言ってレオポルトあたりが下書きを書いたんだろうって思ったわ。
だって、声が出たのよ。九歳の男の子のお手紙に心が震えて、枯れていた喉から泣き声が出たの。
わたくしは、ヴェネディクトを呼びつけて「企みの発端はお前?」と尋ねたわ。
ヴェネディクトは「知らない、なにそれ」と返して、手紙を確認したの。そして「姉さん、いくらなんでも穿った見方をしすぎだよ。これはマックスが自分で書いたんだ。わからない?」って!
ああマクシミリアン。あの時は、わたくしよりあなたの方がずっと大人だったわ。
お父様が亡くなって、ますますお母さまから貴方への態度はひどくなった。
あなたは母親の背中を見ながら、次々と結婚していくきょうだい達を見送りながら、ずっと考えていたのでしょう。愛すること、愛されること。
同時に、自分がそういう感情を持つことを恐れていた。愛されない哀しみを、そのむなしさをあなたはよく知っていたから。
それでも、わたくしを慰めようと精一杯考え、言葉を尽くしてくれた。それはひどく勇気のいることだったでしょう。
マックス、いまは無理でも、いつか貴方は勇気をもつことができるはず。
なぜなら、貴方の天使が荒波をものともせず貴方の愛を掴み取ろうと努力しているから。
大丈夫よ。二人なら、必ず幸せになれるわ。お互いを信じる気持ちを忘れないで。
エリザベート陛下、貴女は我が家の天使よ。マックスを見つけてくれて、ありがとう。
いつか貴女とお茶ができる日を、楽しみにしています。どうかお体には気をつけて。
クリスティーネ




