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(44)亡命貴族の処遇「公子、わたくしは去年新たな王位継承法を定めました」

( 44 )


 王都ルヴェルに、秋がやってきた。


 人々は家の玄関や窓に女王の印章である【三束の麦】を飾りつけ、じゃがいもの団子(クネル)をたっぷり作っている。

 朝市には色とりどりの野菜や果物が並び、売り子が威勢よく声を張る。子どもたちはお遣いもそこそこに、目抜き通りに並ぶ露店を冷やかしに行く。

 町の寄合である煉瓦造りの噴水では、女たちがスカートを捲って洗濯物を踏んでいた。


「いよいよ戴冠式だねえ。あの女王陛下も十八歳かあ」

「戦争も終わったし、大手を振って祝えるねえ」

「うちの旦那、久しぶりだからって酒ばっかり。困ったもんだ」

「あたしのとこもさ。ここぞとばかりに稼ごうってケツを叩いてやったよ」


 晴れ渡った空に、笑い声が響き渡る。かつて王都を脅かした狂気は、消え去っていた。


 橡樹(マロニエ)の葉が散る並木通りを、一人の少女が小走りにかけていく。お下げ髪はお転婆に揺れて、頬は桃色に染まっている。彼女は目的の貸本屋に着くと、勢いよく飛び込んだ。


「こんにちは! 先月の北部しんぶんをかしてくださいな!」

「……相変わらず早起きだねえ」

「ムッシュー、とっくに十時の鐘はなったわよ」


 東洋人の店主は欠伸をして、のろのろと新聞を机の上に出した。少女は首に下げた皮袋から銅貨二枚を取り出して、店主の手のひらに落とす。


「はい確かに。前見て走んなよー」

「はーい! またね!」


 少女は手を振って貸本屋を後にした。朝日の中をぐんぐん駆けていく姿は、風のようだ。


 謁見の間で、エレーヌは亡命貴族代表のトリアノン公子を迎えた。

 女王と公子は、従兄妹の間柄である。公子は女王の手を離さず、情熱的に弁を振るった。


「陛下、長らくおそばを離れまして申し訳ありません。か弱いあなたにとって、辛い日々であったでしょう」


 そばに控えた大法官と宮内伯は呆れ果てた目で公子を見ている。トリアノン公爵と嫡男は王族でありながら、真っ先に先代国王を見捨てて逃げた。だというのに、女王の戴冠が決まった途端、てのひらを返して帰国してきたのだ。


「お気遣いありがとう。けれど、公子が心配することはなにもありませんわ」


 エレーヌは微笑んでそっと手を離そうとした。しかし、公子は両手で細い指先を引き寄せる。近衛連隊長があからさまに顔を顰めた。


「エリザベート。これからは、私が支えとなって差し上げたいのです。マゼラン宰相が病死し、さぞ不安でしょう。どうか私を最も近くにおいてください。私と貴女の間に生まれる子ども達は、聖クロヴィスの加護をもってこの国を暗闇から救うでしょう」


 あまりにも稚拙な求婚だ。大法官達だけでなく、財務長官ローゼンベルク、政務顧問メルバーンといった外国から招聘した官僚たちが失笑する。エレーヌは微笑みを深めた。


「公子はいくつか誤解されているようですね。外国に長くいらしていたから仕方ないのかもしれませんが……。新しい宰相は、すでに決まっていますの。ミラボー卿、公子に自己紹介をして差し上げて」


 女王に促され、大法官の隣にいた壮年男性が歩み寄る。彼は法衣を見事にさばいて、堂々とお辞儀をした。


「ジョゼフ・ミラボーと申します。シェルファ僧院司教とアルザス地方代議員を勤めておりました」

「平民ではありませんか!」


 公子が不快感を露わに叫ぶ。大法官が進み出て、厳かにたしなめる、


「王国議会の選挙により、公平に選ばれた宰相ですぞ」

「平民に何が決められる。我が国の伝統を潰す気か、大法官!」

「公子、そこまでです。それ以上の発言は許しません」


 エレーヌは厳しい声色で制した。そして、冷ややかに公子を見つめる。


「公子、あなたは、この場にいる者に意見するほどの経験や実績があるのですか? 三年前、貴方はこの国を捨てた。先祖から託された責任を手放した」

「違います。私と父は、貴女を救おうと――」


 見苦しい言い訳だった。エレーヌは己と同じ青い瞳を見つめて、淡々と言葉を続ける。


「聖都で、トリアノン公爵は、ファンデール新王として保護を求めたそうですね。あなたは、王太子として各国の記者にこう発言した。――王妹エリザベートは、革命政府とねんごろになり、兄王を退けた簒奪者。正当な王位継承者は、父と自分である、と」

「な、……」


 エレーヌはやわらかく微笑みつづけている。公子は青ざめ、女王の手を振り解いた。 

 混乱の最中、異国で起きたことを、エレーヌが正確に把握しているとは思わなかったのだ。


「けれど、聖王猊下のもとにはエルドラードの特使が先に着いていた。オズワルド八世の親書には、北海聖教圏において、わたくしの即位を賛同すると書いてあった。猊下は、聖王領守護のカストーレ宰相大公に事実確認を求められた。その調査報告書はわたくしの元にも届いています。マゼランの鴉片流通にトリアノン公爵が深く関わっていたことも全て我が議会は把握していますわ。この書類をご覧なさい」


 大法官が公子に分厚い書類を押し付ける。それは、トリアノン家領地からの廃嫡要望書、王国議会によって作成されたトリアノン現公爵と嫡子を廃する承認書であった。


「エリザベート。冷静になってくれ。父はともかく、私を廃したら、ファンデール王家は絶えてしまう。君はシェルファローズの血を繋ぐ子どもを産まなくてはならない」


 公子は泡を食って、女王の足元に縋った。エレーヌは近衛連隊長に目配せをした。近衛連隊長は、女王のドレスの裾を掴んだ公子の手を引き剥がす。


「公子、わたくしは去年新たな王位継承法を定めました」


 エレーヌは優雅に足を滑らせ、玉座に腰を下ろす。宝冠に嵌め込まれたダイヤモンドが、朝日を弾いて瞬いた。


「王位継承者は、シェルファローズ家の血を引く者に限る。継承順位は、性別によらず、わたくしより後に生まれた者の中から、出生順で定める」


 新たな国づくりにおいて、エレーヌは議会設立と王位継承法改正を同時に進めた。専制政治からの脱却を図るためである。

 政治権限は段階的に議会に移譲していき、やがて国王は象徴となる。直系男子による世襲にこだわる必要はない。


「この法に基づき、王位継承者を三位まで定めました。王太子シャルロット、ダルタニャン小公女ジュリエット、トリアノン小公子ジェラルド。彼らがわたくしの後継者です」


 公子は恥辱に震え、拳で床を叩いた。ジェラルドは彼の継母から生まれた異母弟である。


「馬鹿な……!」

「現段階で、我が国は世継ぎ問題を抱えていません。わたくしは貴方に罪を償うことを要求します」


 エレーヌは扇を開いた。それを合図に、近衛兵が公子を拘束する。

 公子はわめき声を上げながら謁見の間を去っていった。静かになるのをまって、エレーヌは口を開いた。


「宰相、大法官。亡命貴族達にはこう伝えなさい。彼らが領民と領地に対し誠実な領主であったなら、元の地位に戻ってきて構わないと。……彼らの証言が官房書記の調査と合致すれば、戴冠式に参列することを許します」

「女王陛下の仰せのままに」


 エレーヌは宮内伯の手を取り、玉座から立ち上がった。

 謁見の間から小回廊に出ると、お仕着せ姿のマノンが裾をつまむ。


「陛下、キーシュ戦争終結の絵画が出来上がっております。どうぞ、ご確認を」

「まあ、もうできたの?」


 エレーヌはぱちぱちと瞬きをした。真紅の絨毯を進むと、小回廊の壁に巨大な絵画が現れる。そこには、一年前の風景が広がっていた。


 リクヴィルの会談後、エレーヌは皇帝ヴェネディクトとナドルヴィアとの停戦調停に挑んだ。調停の仲介国はレニラード神国とトルキア帝国、そしてエルドラード王国である。


 およそ一年にわたる調停を経て、去年の秋にキーシュ戦争は終わった。

 ファンデールとイシュルバートの兵士達は、続々と故郷に戻りつつある。

 エレーヌはそっと絵画に近づいた。絵画の中央には、女王と皇帝、ナドルヴィア国王の姿が描かれている。

 地面には倒れ伏す兵士や巻き込まれたキーシュの民。視線を上げると、天上では聖母が両手を広げ、死者の魂を抱きしめようとしている。


「……とても、良い絵だわ」


 彼らの存在を、忘れてはならない。

 エレーヌは、皇帝ヴェネディクトと連名で慰霊碑を建てる計画を進めている。形に残し、後世に語り継いでいくために。

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