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(36)いばらの冠「わたくし、王妹エリザベートは、国事詔書に基づき王位継承を宣言します」

( 36 )


 大回廊に大司教の祈りの声が響く。

 エレーヌは絨毯に座り込んだまま、近衛兵が二人の遺体を運んでゆくのを見送った。

 マクシムは近衛兵たちと協力して、大回廊の扉に詰めかけていた民衆たちを、大階段の最下段まで退かせた。

 呆然と手の中の玉璽を見つめるエレーヌに、大法官が進み出る。


「王妹殿下、彼らは陛下に会談の場を要求しました。そして、宰相マゼランを出せとも」

「……宰相は、もう」

「いかにも。陛下は、民衆に事実をお伝えしました。……けれど、彼らは正常な判断力を失い、血気に逸り」


 女たちは「王妃が殺せと命じたに違いない」と叫んで鎌を振り上げた。男たちは興奮のままに銃を振り回し、数人が弾みで引き金に指をかけ、あの惨事を引き起こしたのだという。

 エレーヌは怒りのあまり失神しそうだった。


(お兄さまは、嘘をついていないのに。嘘ばかり言って民を煽ったのは、宰相なのに)


 そして、義姉はお産で弱りきった身体に銃弾を受けた。兄は妻を庇い、二発目と三発目を受けた。

 真実を重んじた側が、命を奪われた。

 彼らは、国王と王妃を殺した。エレーヌから兄と義姉を、リアーヌから両親を奪った。


(許せない。許したくない)


 憤りに震えるエレーヌの手に、硬い手のひらが重なる。びくりとエレーヌが顔を上げると、苦渋に満ちたマクシムの顔があった。


「……エレーヌ、義兄上と姉上を殺した奴らの息の根を止めるのは簡単だ。けれど、今彼らを刺激したら、再び武器を向けてくるだろう。対話の機会は永遠に失われる」

「大公閣下のおっしゃる通りです。……はからずも陛下の死により、彼らは戦意を納め自身を顧みる時間を得たのです」


 と言ったのは、大司教だ。エレーヌは玉璽を両手で握りしめた。

 今は、兄が命をかけて作った時間なのだ。


 エレーヌがどう乗り越えるかで、この国の行く末が決まる。――決まってしまう。


 玉璽に額を押し当て、エレーヌは深く息を吸った。


「……王位継承の国事詔書と、サリカ法廃案はどうなっていますか?」

「小生が持っております。……陛下は、この二つに署名をしてから会談の場に立ちました」


 エレーヌは大法官から羊皮紙を受け取った。あとは、国務諮問会議で投票を行うだけだ。


「現在、国務諮問会議のメンバーは、半分以上が欠けております」

「――役割を放棄した者に、投票権はありません」


 エレーヌは血溜まりから立ち上がった。

 大法官、大司教、宮内伯、そしてマクシムを見つめた。マクシムは静かに頷く。エレーヌは周囲を見渡した。

 回廊の傍に控えるのは近衛連隊長と騎兵隊長、王宮の兵士たち。そして、エレーヌの側には女官長と数人の侍女たちがいる。彼らは国王夫妻を慕って危険な場所に残ってくれた。


 その忠節に応え、彼らを生きて家族の元へ戻さなくては。エレーヌは口を開いた。


「今この瞬間から、あなた方はファンデール国務諮問会議のメンバーです」 


 エレーヌは玉璽を握りしめて背筋を伸ばした。ドレスの下の足はがくがくと震えていた。

 

「わたくし、王妹エリザベートは、国事詔書に基づき王位継承を宣言します」


 一度、言葉を切る。ゆっくりとこの場にいる者たちに聞こえるよう、胸を張って声を響かせた。


「賛成の者は挙手を、反対の者はこの場を去りなさい」


 エレーヌの言葉に、大回廊が静まり返った。やがて、大法官と大司教が挙手をする。宮内伯、女官長もそれに続く。近衛連隊長や騎兵隊長は唇を引き締め高々と手を挙げた。マクシムも静かに片手を挙げる。

 兵士と女官は、挙手ではなく拍手で賛同を伝えた。エレーヌは血に染まった絨毯の上で、ごくりと唾を飲んだ。


(もう後には引けない)


 エレーヌに国務諮問会議の構成員を決める権限はない。本来の国務諮問会議のメンバーが戻れば、この継承には正当性がないと詰るだろう。

 後世で、エレーヌはファンデールの王統を軽んじた王妹として、非難されるかもしれない。それでも。


(お兄さまが与えてくださった好機を、逃したくない。彼らの話を聞く者は、王でなくてはならない)


 不十分は承知している。それでもエレーヌは血に濡れたいばらの冠に手を伸ばした。


「陛下。宰相について、一つ策があります」


 と発言したのはマクシムだ。エレーヌは最低限の身なりを整え、大回廊の奥に位置する小回廊に居た。


 エレーヌの目の前では、急拵えで会談の場が整えられ始めている。長卓は女官によって磨き上げられ、飾り(がね)の椅子を従僕が丁寧に並べていく。

 エレーヌは窓辺に座り、大法官と大司教が女王の両脇を固めている。彼らは不審げな顔つきでマクシムを見た。


「大公閣下、策とは……」

「会談の開始時間を八時にしてください」


 大法官が懐中時計を見た。時計の針は、七時四十分をさしている。


「宰相を呼び戻します」

「まさか」

「彼はもうとっくに王都にいないはず」


 狼狽える臣下たちを、エレーヌは手で制した。そして、マクシムを見つめる。深緑の瞳は、静かで落ち着いている。エレーヌは頷いた。


「……大公を信じましょう。近衛連隊長、代表四名に伝えて。騎兵隊長、引き続き衛兵たちが早まらぬよう諌めてください」

「かしこまりました」


 迷うな。狼狽えるな。臣下が不安になる。エレーヌは動揺を微笑みの陰に隠した。

 兄のように泰然と、そして義姉のように優雅に。二人の御影(みかげ)を必死になぞる。

 マクシムは全力で応えると言ってくれた。ならば、エレーヌも全力で信じるだけだ。

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