(31)赤い雪「ぜいたく女、ざまあみろ!」
( 31 )
王都の騒ぎは、まるで嵐のようだった。特に女たちの様子がおかしい。
彼女たちは酒壜を持ち、太鼓を叩きながら戯れ歌を口ずさんだり、男を怒鳴りつけたりしながら中央広場を目指していく。
「……エレーヌ、顔を下げるんだ」
マクシムはエレーヌの外套を深くずらして視界を覆い、そのまま細い体を横抱きにした。エレーヌはふいに宙に浮かされたような心もとない感覚がして、思わずマクシムにしがみつく。
「ごめん。話を合わせて」
と、エレーヌの耳元でマクシムが囁く。エレーヌはマクシムのシャツを掴んで、微かに頷いた。
「そこの若いのも呑んできなよぉ」
と、酔っ払った中年の女がマクシムに絡む。
「……悪いが道を開けてくれ。妻が身重で、急いでいるんだ」
「ええっ!? そりゃ大変だ!」
たちまち中年の女が正気づいてエレーヌを覗き込む。エレーヌはどうしたらよいか分からず、肩を震わせた。
「可哀想に、真っ青じゃないか。妊娠ははじめてかい?」
と、尋ねられたので、エレーヌはこくこく頷く。
「だと思った! 大丈夫だよ。初産は用心しなきゃいけないけど、心配しすぎもよくない」
「産婆のあてはあるのかい」
と、太鼓の撥を持った初老の女が口を挟む。マクシムは頷く。
「ロルテーム先生のとこで見てもらうことになっている」
「ああ、あそこなら安心だ。ほら、あんたら道開けな! 身重の新妻がお通りだよ!」
「大丈夫だよ。王妃に天罰が下ったんだから!」
「安産間違いなしさ、おめでとう!」
「ぜいたく女、ざまあみろ!」
太鼓の女が撥を振るう。近くで騒いでいた女たちは、その拍子に合わせながら口々に王妃を罵倒する。そして、狂ったように笑い声を上げた。
身重の娘を労わりながら、王妃の死産を喜ぶ。その一貫性のなさにエレーヌは恐怖を覚えた。マクシムは足早に女達の寄り合いから離れ、路地裏に入った。
「エレーヌ、ごめん。苦しかっただろう。怪我は痛くない?」
付近に人の気配がいないことを確認してから、マクシムがエレーヌを下ろす。エレーヌは気力を振り絞って首を振り、青ざめた顔でマクシムを見上げた。
「……お兄さまは、この状況をご存じなのでしょうか……?」
「……おそらくね。彼女たちが、騒ぐだけで気を収めてくれればいいのだけれど」
マクシムはエレーヌの手を引いて、複雑に入り組んだ路地裏を進んでいく。
伝令官は、王子の死を報せたあと、王都の異様な騒ぎを伝えてきた。馬車や馬で帰るのは目立つ。必ず、身を窶して戻るようにと。
マクシムはクルトと話し合い、二手に別れることに決めた。マクシムはエレーヌと聖母の大聖堂から、クルトとマノンは凱旋門の方から宮殿を目指すことになっている。
「――諸君、議会を開こう! 第三身分による、この国のための議会を!」
目抜き通りでは、男たちが集会を開いていた。出店は全て薙ぎ倒され、商品は道に転がり踏み潰されている。
男達は入れ替わり立ち替わりテーブルの上で演説を行なっていた。盛んに怒号が飛び交い、一斉にマスケット銃を振り上げる。
暴力の気配が、膨らんでいく。彼らの衝動は留まるところを知らない。エレーヌは、不吉な予感に全身を震わせた。
ふと、視界に赤いものがちらつく。エレーヌは空を見上げた。そして、唇を震わせる。
「うそ……」
赤い雪だ。空から、赤い雪がゆるやかに舞い降りてきていた。マクシムも立ち止まり、呆然と手を伸ばす。
「十月にしては寒すぎると思ってたけれど……これは……」
「――お告げだ!」
人垣の向こうで、法衣を着た男が天を指差す。赤い雪を掌で受けとめ、そして叫んだ。
「王侯貴族が王都に軍を放つぞ! ルヴェルを平民の血で染めようとやってくる!」
マクシムは、悲鳴を押し殺すエレーヌの肩を抱き寄せて舌打ちした。
赤い雪自体は毎年降っている。冷害の影響で十月に雪がちらつくのも、十分考えられる。しかし、時機が悪すぎた。
「市民たちよ、武器を取れ! 悪政に抗え! 天は諸君に味方する!」
ルヴェル中が、狂気に包まれつつある。何かとてつもなく恐ろしいことが起きる。もう誰にも止められない。エレーヌはすがるようにマクシムの手を握った。




