表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/73

(31)赤い雪「ぜいたく女、ざまあみろ!」

( 31 )


 王都の騒ぎは、まるで嵐のようだった。特に女たちの様子がおかしい。

 彼女たちは酒壜を持ち、太鼓を叩きながら戯れ歌を口ずさんだり、男を怒鳴りつけたりしながら中央広場を目指していく。


「……エレーヌ、顔を下げるんだ」


 マクシムはエレーヌの外套を深くずらして視界を覆い、そのまま細い体を横抱きにした。エレーヌはふいに宙に浮かされたような心もとない感覚がして、思わずマクシムにしがみつく。


「ごめん。話を合わせて」


 と、エレーヌの耳元でマクシムが囁く。エレーヌはマクシムのシャツを掴んで、微かに頷いた。


「そこの若いのも呑んできなよぉ」


 と、酔っ払った中年の女がマクシムに絡む。


「……悪いが道を開けてくれ。妻が身重で、急いでいるんだ」

「ええっ!? そりゃ大変だ!」


 たちまち中年の女が正気づいてエレーヌを覗き込む。エレーヌはどうしたらよいか分からず、肩を震わせた。


「可哀想に、真っ青じゃないか。妊娠ははじめてかい?」


 と、尋ねられたので、エレーヌはこくこく頷く。


「だと思った! 大丈夫だよ。初産は用心しなきゃいけないけど、心配しすぎもよくない」

「産婆のあてはあるのかい」


 と、太鼓の撥を持った初老の女が口を挟む。マクシムは頷く。


「ロルテーム先生のとこで見てもらうことになっている」

「ああ、あそこなら安心だ。ほら、あんたら道開けな! 身重の新妻がお通りだよ!」

「大丈夫だよ。王妃に天罰が下ったんだから!」

「安産間違いなしさ、おめでとう!」

「ぜいたく女、ざまあみろ!」


 太鼓の女が撥を振るう。近くで騒いでいた女たちは、その拍子に合わせながら口々に王妃を罵倒する。そして、狂ったように笑い声を上げた。


 身重の娘を労わりながら、王妃の死産を喜ぶ。その一貫性のなさにエレーヌは恐怖を覚えた。マクシムは足早に女達の寄り合いから離れ、路地裏に入った。


「エレーヌ、ごめん。苦しかっただろう。怪我は痛くない?」


 付近に人の気配がいないことを確認してから、マクシムがエレーヌを下ろす。エレーヌは気力を振り絞って首を振り、青ざめた顔でマクシムを見上げた。


「……お兄さまは、この状況をご存じなのでしょうか……?」

「……おそらくね。彼女たちが、騒ぐだけで気を収めてくれればいいのだけれど」


 マクシムはエレーヌの手を引いて、複雑に入り組んだ路地裏を進んでいく。

 伝令官は、王子の死を報せたあと、王都の異様な騒ぎを伝えてきた。馬車や馬で帰るのは目立つ。必ず、身を窶して戻るようにと。


 マクシムはクルトと話し合い、二手に別れることに決めた。マクシムはエレーヌと聖母の大聖堂から、クルトとマノンは凱旋門の方から宮殿を目指すことになっている。


「――諸君、議会を開こう! 第三身分による、この国のための議会を!」


 目抜き通りでは、男たちが集会を開いていた。出店は全て薙ぎ倒され、商品は道に転がり踏み潰されている。

 男達は入れ替わり立ち替わりテーブルの上で演説を行なっていた。盛んに怒号が飛び交い、一斉にマスケット銃を振り上げる。


 暴力の気配が、膨らんでいく。彼らの衝動は留まるところを知らない。エレーヌは、不吉な予感に全身を震わせた。

 ふと、視界に赤いものがちらつく。エレーヌは空を見上げた。そして、唇を震わせる。


「うそ……」


 赤い雪だ。空から、赤い雪がゆるやかに舞い降りてきていた。マクシムも立ち止まり、呆然と手を伸ばす。


「十月にしては寒すぎると思ってたけれど……これは……」

「――お告げだ!」


 人垣の向こうで、法衣を着た男が天を指差す。赤い雪を掌で受けとめ、そして叫んだ。


「王侯貴族が王都に軍を放つぞ! ルヴェルを平民の血で染めようとやってくる!」


 マクシムは、悲鳴を押し殺すエレーヌの肩を抱き寄せて舌打ちした。

 赤い雪自体は毎年降っている。冷害の影響で十月に雪がちらつくのも、十分考えられる。しかし、時機が悪すぎた。


「市民たちよ、武器を取れ! 悪政に抗え! 天は諸君に味方する!」


 ルヴェル中が、狂気に包まれつつある。何かとてつもなく恐ろしいことが起きる。もう誰にも止められない。エレーヌはすがるようにマクシムの手を握った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ